第4話
やりたいと言う気持ちだけで、人はどこまで動けるのだろう?
知れば知るほど、先が見えない事に立ち止まる人は多い…いっそのこと何も知らない人こそ動けるのか…
朝から、多那瀬と小春はカフェの話を続けていた。
グラスの氷は、とうに溶けてグラスに付いていた結露の水滴すら乾きはじめていた。
朝に比べて、店内は蒸し暑くなっていた…
「窓開けますね。」
さすがに暑さの限界がきた小春は、店内奥と横の窓を開けた。それでも風通りが悪いと、店先の戸を開けて暖簾をかけた。
暖簾が揺れ、店内に涼しい風が入ってくる。
「涼しい…」
多那瀬は、思わず声が出た。根を詰めて話し合っていたので、時間や暑さを感じることを忘れていた。
こうして涼しい風にあたり、辺りを見回すと時間の経過を感じる…と共に、お腹の音が鳴った。
時計を見ると12時を過ぎて、13時にかかろうとしていた。
「お腹すきましたね。」
戸を開けて戻ってきた小春が言う。
「そうですね、もうこんな時間なのかぁ…」
多那瀬は、空腹の音が聞こえなかったか気になりそわそわした。
「お昼ご飯はいかがですか?簡単に出来るものしかありませんが。」
小春の言葉に、甘える事にした。家は近いが帰っても直ぐに食べられる物はないし…もう少し、店の話も進めたいと思ったからだ。
「お願いします。」
多那瀬の言葉に、小春は「はい」と応え、カウンター奥のキッチンに消えていった。
多那瀬が作業を続けていると、奥から香ばしくいい香るがしてきた。小麦の良い香り…あと、チーズやハムの焼ける匂いも…
「お待たせしました。ホットサンドです。」
両手に皿を持ち、小春が席に帰ってきた。湯気が上がり良い匂いがする。
「こんなモノしかありませんが、どーぞ。コーヒーも淹れますね…先に食べていて下さい。」
多那瀬が書類をしまうのを確認し、小春は皿を置いき、カウンターへと戻って行った。
熱々のホットサンドを見て、再び多那瀬のお腹が鳴った…待っていようとも思ったが、お腹は正直。待てずに、先に頂く事にした。
「いただきます。」
熱々のホットサンドを気を付けて持ち、多那瀬は口へと運んだ…サックという音がたつ。中からチーズが伸びた…
「ん!んひひ…(あちち…)」
頬張ったまま声が出る。熱いが…美味しい。はふぅはふぅとしながら多那瀬は食べ進めた。
「コーヒーもどーぞ。」
小春は、マグカップにコーヒーを入れて戻ってきた。多那瀬が食べている事を確認し、小春も頂く事にした。
「いただきます。」
手を合わせて挨拶をし、小春が食べようとした時…
「ごめんください…」
店先で声がしたのだ。
「はーい!」
小春は慌てて、店先へとかけよると、初老の女性が居た。
「こちら、お店やっていますか?いつも良い香りがして…今日、見かけたら、暖簾が掛かっていたからつい…」
初老の女性が店内を眺める。小春は、急なお客に戸惑っていた。それに気付いた多那瀬は席を立つ。
「すみません、まだ準備中なんです。」
爽やかな営業スマイルを見せ、多那瀬は店先に歩みを進めた。
「いま、オープンに向けての話をしていて…」
営業スマイルの中にも、申し訳なさそうな表情を見せると…
「そうなの?早とちりして、ごめんなさいね。」
初老の女性は申し訳なさそうな顔を見せるが…
「ここ…節さんが居た時のままね…」
と初老の女性は話を始めた。
節(せつ)とは、小春の祖母の名前だそうで…節が居たころは、節の焼いたお菓子を囲み近所の人が集まる憩いの場だったと言う。
「空き家になって、皆寂しがったわ。でも最近、懐かしいお菓子の焼ける香りがしてて釣られて来てしまったの。ごめんなさいね。」
そう言うと、初老の女性は帰って行った。
帰り際に多那瀬は女性に「カフェを開くので、その時はよろしくお願いします。」と言うと、女性は「皆にも伝えておくわ。」と嬉しそうな顔で帰っていったのだった。
「ごちそうさまでした。」
昼食後、コーヒーをゆったり飲んでいると、多那瀬はぽつりと言葉を漏らした…
「小春さん、どんなお店にしたいですか?」
多那瀬の言葉に、小春は首をかしげる。
「どんな?ですか?」
唐突な質問だったであろう…多那瀬は、先程来た女性の話を聞いて、少し考えていた事を話し始めた。
多那瀬は、若い女性をターゲットに考えて隠れ家的カフェをイメージしていたと言う。しかし、先程来た女性の様に近所の人の憩いの場になるカフェの方が、小春やこの家には合っていると多那瀬は思ったのだ。
「…しかし、一番重要なのは、小春さんがどんなお店をやりたいか?だと思いまして…」
その言葉に、小春は少し店内を見渡して考えていた。
「私は…小さい頃に此処で見た光景を、また見たいなぁ~と思います。」
懐かしそうに、目を細めて小春は言う。
「まだ一人でやる不安もありますし…慣れてきたら徐々にですがね。」
と、はにかみながらつけたした。
多那瀬は、行動力のある小春を凄いと思っていたが…不安がないわけではないのだと知り…何処か身近な存在に感じた。
「先ずは、ご近所の方から好かれるカフェを目指しましょうか?」
数日後…注文していたアイアン看板が出来、取り付けが行われた。
「看板が設置されるだけで、お店ぽくなりますね。」
小春は嬉しそうに看板を見上げる。
「本当に、あのロゴマークで良かったのですか?」
多那瀬は、心配そうに聞くが…こうして看板が形になると、意外に良かった気にもなっていた。
「可愛いと思いますよ。それに…こうして看板がついたのも、この子が多那瀬さんを連れて来てくれたおかげですから。」
そう言う小春の足元には、あのオッドアイの黒猫が居た。
「なぁ~」
と小春の足に顔を擦り付けている。
「まさか、小春さんの猫だったんですね。」
それもそうかと多那瀬は納得した。
関係もない猫が、偶然にも同じ所へ案内してくれるはずもない…
「正確には、祖母の猫なんですがね…祖母が施設入所して、行方知れずになっていたのですが…多那瀬さんが来た、あの夜に何事もなかった様に帰って来たんですよ。」
小春は、不思議な事もあるんですねと笑ていた。
多那瀬はもう一度、看板を見上げる。
猫がアイスボックスクッキーを持った黒い鉄製のアイアン看板…まぁ~悪くはないか…と多那瀬は、そっと心の中で思った。
「それにしても、多那瀬さんは何でも出来て凄いですね。」
小春は、多那瀬に尊敬の眼差しを向ける。
「絵が、好きなだけですよ…」
多那瀬は、恥ずかしそうに顔をそらした。
「絵も凄いですが、それ以外にも知識豊富で助けられました。」
小春は、間違いないとばかりにつよく言うと…
「むかし、すこし…」
と多那瀬はくちごもり…
「行動した、小春さんの方が凄いですよ。」
多那瀬は、小春に負けじと、自信を持って言った。
知識あるばかりで行動できずに、日常に埋もれていた…何気なく、周りに流されて、何となく仕事をこなしてきた。
面白そう、それだけで行動できる事が楽しくて、日常が少しずつ色付いていく…
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