第2話
酔って歩いた記憶を辿るが…曖昧な記憶を辿るが、辿り着けない…
猫に化かされたのか?それとも、猫だけが行ける場所なのか?
「はぁ~」
大きくため息をもらし、会社のディスクにうなだれる。
「先輩、どうしたんすか?大きい溜息をなんかついて。」
毎度の事、昼飯をたかりに来た後輩に声をかけられる。
「当てましょうか?あの店に辿り着けなっか。」
後輩は、ドヤ顔で言うが…ここ三日間、私が言っていた事なので驚きはしない。
「まぁ、酔って行ったお店の記憶なんて、そんなものですよ。俺なんてしょっちゅうですし。」
後輩のしょっちゅうと言うのは、酔ってハシゴする女の子の居るお店の事だ。そんなのと一緒にされたくはないが…思い出せないのなら同じレベルにされても文句は言えない。
「また良いお店が見つかりますよ。」
と後輩は言うが…どんなお店でもいい訳ではない。あの気持ちが優しくなるような素朴な焼き菓子が食べたいのだ…そして、あの懐かしく落ち着く空間…
「はぁ~」
再び大きくため息をつく…なぜ自分は、そんな良いお店の場合を覚えていないのかと…
「忘れてしまった事は仕方ないでしょう。」
そう言いながら、うなだれる私を連れて、後輩は昼飯はどこにするかとオフィスを出るのだった。
仕事は真面目にこなす。
しかし、仕事が終わると溜息が出てしまうのだった…
「先輩、ここ三日間は定時上がりで帰ってたのに、今日は残業ですか?」
後輩が不思議そうに、私のパソコンを覗き込む。
「…なに検索してるんすか?」
ないわぁ~と口に出しそうな呆れた顔で後輩は言った。
検索履歴を開くと…レトロ喫茶、古民家カフェ、美味しい焼き菓子の店…等と、どこの女子と言われそうな単語が並ぶのだった。
「仕事は、終わってる。これ以外に、いい言葉はないか?」
いたって私は、真面目だった。
「いや…女の子は好きだけど、女の子ではないので、わからないっす。」
後輩は、当たり前とこたえる。
「すまない、知ってる。」
「ですよね。なら、聞かないで下さいよ。」
「これ以上、思いつかなくて…つい…」
そんなくだらない会話の後、パソコンの電源を切った。
背伸びをして、席を立ち帰る事にした。
「明日は休みですし、飲みにいきませんか?」
後輩は、軽いノリで誘ってくるが…
「今日は、帰るよ。」
私は、気分がのらなかった。
「今週は、ずっとそんな感じですね。休日までひきずらないで下さいよ。」
軽いノリで、飲みに誘う後輩だが、気を遣ってくれたのだろう。
「あぁ、週明けには、切り替えて来るよ。じゃっ、お疲れ。」
そう言い、私は帰路についた。
電車の中で、今日は真っ直ぐ帰るべきかと考えていた。
三日間も探して見つからないなら、これ以上探しても見つからないのではとも思っていた。
最寄駅で下車して、改札を出る。
「晩飯どうするかなぁ~」
真っ直ぐ進めば、商店街。どこかしらにお惣菜屋があるだろう…しかし、ここ最近はすぐそこの路地へと曲がっていた。
猫に誘われて進んだ道だ。
「また、猫に逢えたらなぁ~」
ため息交じりに言葉にしてみても、猫が現れるわけでもない事はわかっていた。
仕方がない、商店街に向かおう。そう決めて、足を進めようとした時だった。
「なぁ~」
聞き覚えのある声がしたのだ。
辺りを見回すと、路地の前に黒い猫が座っていた。
「この前の猫ですか?」
猫に聞くのもおかしいが、言葉にしてしまった。
猫は、お構いなしに毛づくろいをしている。そっと近づくと、私に気付いたのか猫と目が合った。
「へぇ~」
思わず声が出るほど、猫の瞳は綺麗なオッドアイをしていた。エメラルドグリーンの瞳と、金色の瞳どちらもハッキリとした色で綺麗だった。
猫は、すり寄って来て、私の匂いを嗅いでいた。気が済むまで嗅いだのか、私に背を向けて歩き出す。
「あっ…」
猫は、路地の奥へと歩き始めたのだった。もしかしたら…そんな思いがよぎり、私は猫を追った。
奥へ、奥へと進むが、此処は間違いなく三日間探して通った道だった。ここまではあっているのに、何故辿り着けなかったのか考えながら進んでいると…少し広い道に出た。
しかし、そこには店はなく、民家が建ち並ぶだけの場所だった。
「やっぱりない…」
気持ちが折れそうになる。
「なぁ~」
猫の後を追ってみたものの、あの店へ辿り着く事は出来なっかた。
民家の前に寝転がる猫を見て、そっとしゃがみ込み猫を撫でていると…
「あのぉ…家にようですか?」
と、背後から声をかけられた。
「すっ、すみません。猫が可愛くて…」
私は、驚き振り返ると、見覚えのある小柄な女性が立っていた。
「あれ?焼き菓子の…」
私の言葉に少し不思議そうな顔をする女性だったが、まじまじと私の顔を見て。
「あっ、この前の」
と思い出した様に声を出した。
「そうです。また来たいなぁ~と思っていたのですが、あの日は酔ってて記憶も曖昧で、お店が見つけられなかったんです。」
恥ずかしそうに私が言うと…
「数日、店を閉めてたんです。すみません。」
と彼女は、申し訳なさそうな顔をした。
立ち話もなんですから…と彼女は、お店へと入れてくれた。
「お休みの日に、すみません。」
私は、辿り着けた嬉しさで、お店に入ってしまったが…少し考えて、これは不躾だったのではないかと心配になった。
「いいえ、探してくれてたなんて嬉しいです。」
彼女は、この前と同じ席を私にすすめてくれた。
「もう少し、待ってて下さい。」
彼女は、買い物から帰ってきたところだたのであろう、持っていた紙袋の中の物を奥へしまっていた。
一瞬、出直そうかと思ったが、席に座ってしまったのに今更か…とも思った。
店内を見渡すと、やっぱり夢ではなかったのだと嬉しくなった。帰る時は、場所をしっかり覚えて帰ろうとも思った。
「お待たせしました。」
彼女は、マグカップを両手に持って現れた。カップを一つ私の前に置くと
「今日は、カモミールティーです。」
と笑顔を見せてくれた。
「此処、看板出してないのでわかりずらかったですよね。」
彼女は、申し訳なさそうに言う。
「いいえ、お休みだったと知らずに…すみません。」
私の言葉に彼女は…
「此処を始めた日の、最初のお客様なんです。」
彼女は、それからお店の事を話してくれた。
民家の中に、紛れ込んでわからないこの店は、元々は他の民家と同じ民家だったのだ。
此処に住んでした祖母が施設に入所する事が決まり、家を売りに出す話が出た時に、丁度カフェを開こうと物件を探していた彼女が、此処でカフェを開くと決めたのだった。
「この家に来れなくなるのが、寂しくて…」
彼女はそう言うと家の柱を見た、成長を刻んだ跡が見える。
元々準備をしていたとはいえ、この民家の中だ…商店街から道もずれて、人通りも少ない。
開店初日で惨敗…落ち込み、閉店作業をしている所に私が現れたのだという。
「凄い記憶に残るほど、嬉しかったです。」
彼女は、私を真っ直ぐな瞳で見た。
「さっき見かけた時、眼鏡をしていて誰かわかりませんでしたがね。」
とも付け足し、笑った。
「先日は、気分が良くて、つい…」
私は、先日の浮かれた自分が恥ずかしくなって、笑った。
それから、彼女とこれからのお店の事を語った。
人生の中に、ひとつくらい物語があっても良いと思う。
夢の話をするように、周りから見たら非現実的な事と笑われたとしても…それを叶えたいと思う強い気持ちがあるのなら、それを現実してしまおう。
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