甘く香る古民家カフェ

菓夢衣 千

第1話

絵に描いたような星空なんて存在しないと思っていた。

しかし、眼鏡をはずし見上げる空には絵に描いたような星が散りばめられていた。

星型と言える星は、目の悪い人が描いたのであろうか?点にしか見えていなかった星は、今は少しだけ星型をした星に見える。



「先輩、お昼休憩ですよ。ご飯行きましょう?」

お昼ご飯を奢って貰おうと、いつものように声をかけてくる後輩

「今日は遠慮するよ。ご飯持ってきたから。」

「えっ?どうしたんですか?今日、雨でも降ります?」

そう、独身30男が昼ご飯を持参するなんて、晴れた空から急に雨が降ってもおかいくない程に珍しい事だ。

だがしかし、こうしてちゃんとあるのだと、紙袋を机の上にのせて見せる。

「昨日、貰った物があって…それを食べようかと…」

「誰から貰ったんですか?」

後輩は勘繰りニヤニヤと視線を向けるが…

「解らない…」

私の一言に、後輩はどんびいた顔をした。

「ちょっと!そんな得体の知れない物を食べないで下さいよ。」

慌てた後輩に、紙袋を取り上げられた。

「いや、怪しい物ではないと思うんだよ。記憶が曖昧なだけで、喫茶店?で頂いたと思うんだ…」

とにかく、紙袋を返してもらい話を続けた…



昨夜、久しぶりに会った同期と食事に行き、同期の出世が決まったという話で楽しい祝いの飲みとなった。

同期と分かれ、電車に揺られて最寄駅でおり歩き始めた帰り道、優しい風にあたりながらゆっくり歩く、堅苦しい眼鏡をはずし見上げた空は絵に描いたような星が散らばっていた。

何の変哲もない会社員としての日常の中に、時々こんな気持ちいい時間が訪れるんだと何か満たされた気持ちで歩いていると…

「なぁ~」

と足元で声がした。目線をおとすと一匹の黒猫が足にするよってきた。

そっと撫でようと手を伸ばすが、すっと逃げられてしまった。しかし、猫は遠くへ逃げるわけでもなくこちらを見ているのだ、ついて来いと言わんばかりに視線を感じる。

こんな気持ちのいい夜に、少しばかり好奇心が出てもおかしくはない。むしろ何か起こることを期待していたのかもしれない。

猫は逃げる様子もなく、こちらの歩みを確認するかの様に何度も振り返りながら進んでいくのだ。

細い路地は薄暗く、都心とは思えないほどだったが、目が慣れてくると辺りの様子はなんとなくわかった。

路地を抜けると、明るく照らされる一軒家が見えた。

一般の一軒家と言うよりも、古民家を利用したお店の様な雰囲気を出している。気付けば猫の姿はなかった。謎の黒猫に導かれて訪れた古民家…興味がそそられるが、ここは何屋さんなのであろう?古民家カフェだとして、三十路の男一人で来ていい場所なのだろうか?色々と考えを巡らせていると…扉が開いた。

「こんばんは、お客さんかしら?」

小柄な女性が首傾げに、店先にいた私に視線を向ける。

「素敵なお店だと思って近づいてみたのですが…男一人で入っていいものか考えてしまい…喫茶店ですか?」

私が、あたふたしていると…

「ちょうどお茶を淹れるところだったので、よろしかったらどうぞ。」

彼女は扉を大きく開き、私に勧めてくれた。

「失礼します。」

軽く会釈して店内へと入ると外見同様にレトロな雰囲気がそこにはあった。

彼女は、店先の電気を消し店内に戻ると「どうぞ」と奥の席に案内してくれた。

席に着き、辺りを見回す…振り子時計に、今でも使えるか不明な黒電話、その他にも田舎の祖母の家にありそうな家具等があった。

「珍しいものでもありましたか?」

彼女はお盆を持って、こちらへと歩いてきた。

「祖母の家に来たような懐かしい感じだなと思って…こういう雰囲気、好きです。」

「ありがとうございます。私の祖母の家をリノベーションしたんです。残しておきたくて。」

そう言いながら、お盆をテーブルに置き彼女は向かいの席に着いた。

お盆にのせられたマグカップを一つ、私の前に置いてくれた。

「ダージリンです。あと…よろしければ、焼き菓子もどうぞ。」

そう言い出されたお皿には、パウンドケーキとクッキーが三枚のせてあった。

「いただきます。」

私は、マグカップを手に取り口元へ運ぶと…ダージリンの良い香りがする…すっと深呼吸をして、口にすると酔っているせいか、とてもやさしく喉をとおっていった。

「美味しい…」

思わず声に出た。

「よかった。スリランカから届いたばかりの紅茶で、今日は試飲の為に淹れたんです。」

彼女は嬉しそうに笑顔を見せると、カップを手に取り香りを楽しんだ後に、そっとカップに口を付けた。幸せと言わんばかりの顔をして、うっとりとカップを眺めていた。

そんな彼女に、ぼんやりと見とれてしまった…こうして人と過ごす時間もいいものだと思っていると…

「ごめんなさい、私ったら紅茶にひたってしまって。焼き菓子も食べて下さい。」

と、彼女は少し顔を赤らめて、焼き菓子をすすめてくれた。私は、彼女を見過ぎてた事に気付き恥ずかしくなった。

「い、いただきます。」

私は、慌ててクッキーを手に取り口へ入れた。香ばしいナッツの香りとサクサクの食感に、優しさを感じた。

「好きです。」

私が思わず口にした言葉に、「ひゃぁっ!」と彼女は赤面し驚きの声をあげた。

「あっ…その、このクッキーが好きな味だなって。」

私も、思わず出た言葉だったとはいえ…さすがに驚き、補足言葉を伝えた。

「あっ、あぁ…ありがとうございます。」

彼女は、まだ赤面していたが…そういう事かと納得した。

この驚きで、私は少し酔いがさめた。もう一度、紅茶を飲み、次はパウンドケーキを頂いてみる…やっぱり優しく、心が温かくなるような気がした。

「美味しいです。気持ちが穏やかになるような気がします。」

私が彼女に、そう伝えると…

「あの…ご迷惑でなければ、ショーケースの中の焼き菓子を持っていてもらえませんか?一人では食べきれないので…」

その言葉に、私は遠慮なく焼き菓子を頂いてきたのだ。


「それから、少し彼女と話をして帰ってきたはずなのだが…記憶が曖昧なんだよ。」

そう記憶を辿りつつ私は昨夜の出来事を話していたのだが…

「先輩、このマフィン美味しいです。」

後輩が、私が気付かないうちに紙袋を開き焼き菓子を頬張っていたのだ。

「こら、返せ。」

私は、慌てて紙袋を取り返すと、中を確認した。マフィンを一つ食べられたが、まだ一人で食べるには少し多い気もしたので、後輩に分ける事にした。

マフィンを一つ取り出し、口にすると…やっぱり美味しかった。酔っていたからではなく、こんなパソコンの並んだオフィスの自分の席に居ようと穏やかな気持ちになった。


また…あの場所に行こう。

仕事を定時で終わらせて、昨夜より間違いなくも早い時間に最寄駅へついた。

この時間なら、あのお店も営業時間であろう…足取りを弾ませ、昨夜の記憶を辿る。




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