夕焼け空と吸血鬼

西園寺 亜裕太

第1話

大学を出るとすっかり空は赤く染まっていた。講義を終えた帰り道の夕焼けは不気味なくらい赤かった。


妖艶な赤色に誘われたのであろうか怪しい男が目の前に一人。その男が人間ではないことはすぐにわかった。その姿はこの平凡な路地裏とは明らかに異質だった。


「青年はこの俺と対峙して怖くはないのか……?」

赤い空の下、僕のことを青年と呼ぶ男の声は低く、渋い。ゆったりとしている話し方も相まってか耳に心地良かった。本来なら目の前の男の言葉通り怖がるべきなのだろうが、恐怖を感じることはできなかった。


「いや、多分本当なら怖がらないといけない存在ってことはわかるんですよ。だってあなた吸血鬼ですよね?」

「その通りだ……よくわかったな……」


黒いマントをして目鼻立ちのはっきりとしたかっこいい顔、そしてどんな肉でも堪能できそうな鋭い牙を持つ目の前の人物が吸血鬼であることは想像がついた。あまりにも僕の知っている吸血鬼の特徴と一致しすぎていて、逆に吸血鬼ではないのではないかと疑いたくなるくらいにステレオタイプな吸血鬼の見た目をしていた。


本来遭遇する筈のない無い、不気味さと美しさを両立する妖しい存在を目の前にしたら本当は怖がらないといけないのだろう。それは重々承知しているつもりである。


「本当に怖がりたいんですよ。なのになんでそんなゆるっとした格好で道に寝そべってるんですか?そっちが気になって怖がるべきものも怖がれないんですよ」


吸血鬼は肘枕の態勢で道の真ん中で横になっているのだ。これでは休日にとくに見たい番組もないのに適当なテレビ番組をつけてゴロゴロしている父親にしか見えない。


「吸血鬼は夜にならないと活動できないんだ……。だからまだ、まともには動けない……」

「なら今も夜とは言えないですし、外に出ない方が良いんじゃないんですか?」


空が赤みを帯びてきているとはいえ依然夜と言える時間ではない。吸血鬼が太陽の光を苦手とするなら夕日によって作り出されている赤みを帯びた空だって危ないのではないだろうか。


「ギリ大丈夫だ……赤は血の色だからな……」

吸血鬼はクックック、と笑う。寝転がったままの体勢で笑っていると、テレビに好きなお笑い芸人が出てきたから嬉しくてつい笑ってしまった人みたいに見えてしまう。もうただのイケメンの休日風景である。


「いいか、昼間の太陽、あれはもう鬱陶しいくらいにギラギラして存在感をアピールしている……。あんなもの浴びたら生きて家には帰れない……。多分太陽の奴はお遊戯会で木の役を割り当てられても勝手に舞台の中央にやってきてセリフをしゃべっているに違いない……」

「そうでしょうね」

太陽がお遊戯会をやる下りの意味はよく分からなかったが、特に知りたいとも思わなかったので流しておいた。


「日の沈み切った後の夜は太陽みたいに自己主張の強いやつは空にはいない。心の澄んだ少女のようにお淑やかな月が輝くのみだ……。彼女は夜空の主役になれるのに星々にも活躍の場を分けてあげられる優しい子だ……」

「そうですね」

お淑やかな少女の下りはよくわからなかったが。


「今のこの時間帯はどちらにも当てはまらないちょうど昼と夜の間だから俺も自分の体がどうなるかはわからなかったんだ……。どうなるか気になってしかたなかったから本来の外出予定を早めて試しに外に出てみた……。その結果命に危険はなさそうだが非常に気だるくなってここでくつろがせてもらっているのだ……」


つまり吸血鬼はただ好奇心だけで命懸けのチャレンジをしたのか。もし夕日が太陽と同じくらい有害だったらどうするつもりだったのだろうか……。この吸血鬼の行動は、初めて納豆を食べた人類くらいの危険な賭けだったのではないだろうか。


「人間でいうところの月曜日の起床時くらい起きあがる気になれないのだ……。ここが家ならこのまま夜になるまで眠っていただろう……」

吸血鬼の大チャレンジは結局非常に世俗的な話に帰結した。なんとも人間的な吸血鬼に思わず心を許してしまっている自分がいる。こちらも吸血鬼の生態に興味が湧いてきたのでこのまま夜を迎えるのを見守りたくなってきた頃だった。


吸血鬼は口惜しそうにすでに青黒くなりつつある空を眺め、口元からフッと息を漏らした。


「しかしそれにしても青年よ、命拾いしたな……。出会ったのが完全な夜ならば血を頂きたかったのだがな……。どんな味がするのか試しに味わってみたかったよ……」


クックック、と不気味に笑う吸血鬼の言葉を最後まで聞く前にその場を後にして大通りへと向かって駆けていた。日が完全に暮れ、真っ暗な夜になるまでの時間はもうあと数分しかなさそうだ。好奇心に殺される前に早く逃げよう。

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夕焼け空と吸血鬼 西園寺 亜裕太 @ayuta-saionji

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