第7話

 そもそも私が生まれなければ、こんなことにはならなかったとおもう。

 シロくんは普通にカンノウ家で探宮者になり、本当は小器用で要領がいいせいかくなので、順風満帆な人生を送ったにちがいない。

 まちがっても、信頼していた父親に、存在を否定されて、崖から捨てられるなんてトラウマを抱えることはなかっただろう。

 私の責任はすごく重い。

 でも、その責任を果たすための力は、不幸か幸いか、この身に備わっている。墜とされたシロくんを、迷宮を抜けて、地上まで運んだこともあるからね。

 ……。

 できることなら、シロくんには幸せになってもらいたい。私がめちゃくちゃにしてしまった彼の人生を取り返せるなら、私は何でもする。

 そのためなら、死をいとわない覚悟もあるつもりだ。

 まあ、私って死ねるのかわかんないけど。

嵐の前夜にて

 掃討作戦前日。

 僕はカザネの研究所にメンテナンスをしてもらいにきた。

「カザネ」

 この体は、頑丈だし強力だが、他人にメンテナンスしてもらわないといけないというのが難点だ。

「やっほ〜ヤシロン。準備はできてるよ」

「今日も万全で頼む」

「まっかせな〜。ところであの娘はどうなった感じかな?」

「一応、明日の作戦は薬でフラッシュバックを抑えて臨むつもりだってさ」

「それは上々?」

「及第点だろ」

「だよね。一朝一夕で治るなら苦労はないかぁ。心ってのはなんぎだなぁ。ところでヤシロン。今回の作戦でミナセちゃんがダメだったら、ほんとうに婿入りするのかい?」

「どっからききつけた」

「秘密だよ。どうなんだい?」

「別に、たいしたことじゃない。僕はジンクウ家の中ではとびっきりの異端児だし、もともと同派閥のジンクウとシシドウに縁が繋がったって、たいした影響はないだろ? それに、結局は僕がどうしたいかに、問題が戻ってくるんだ。今悩む必要なんか、どこにあるんだ?」

「君のそいうところが好きだね。非常に非常識で」

「カザネに非常識とか言われたくない」

「ところで、ヤシロン。もしも君の本当の力が、世間に知られたら。君はどうする?」

「なんだよ藪から棒に。ていうか、なんだよ本当の力って。僕はただの探求者で、どこぞのスーパーヒーローでも、おとぎ話の英雄でも、なんでもない」

「今更、誤魔化さなくていいさ。というか、無駄さ。私は君のことなら何でも知っている。脳みその皺の数から、足先の神経の網目まで。そして君が本当はカンノウ家の跡取りで、世にも珍しい神憑りだということも」

「……」

「そんな顔しないでおくれよ。ちょっと考えればわかるだろう、ねぇヤシロン。この私がだよ。自分の趣味以外はほんと、死ぬほどどーでも良い自己中な龍神の中でも最たるこの私が、ただの少年にここまでの情熱と時間と技術を注ぎこむ訳がないじゃないか」

「嘘だ」

「本当さね。知っているから質問したのさ。そして、心の底から心配だから、今打ち明けた」

「なんでだ」

「君がお人好しなせいだね」

「ちがう、なんで知ってる?」

「簡単な話さ。探求者の出生と人生は、超絶暇な龍神が、そのことごとくを記録しているんだよ。君が私のところに押しかけてきたとき、私は世界中の出生記録を総ざらいしてね。そしたら簡単に見つけられたよ? 死んだことになってたけどさ」

「なんで、僕に協力してる? いや、龍神のやることに理由なんかないのは知ってる。けど、なんでだよ」

「何度も言わせないでおくれよ。私の趣味が君なのさ」

「どうしてそうなる? 僕らはまだ出会って一年しか経ってない」

「そうだね。まぁ、理由なんかないさ。出会った瞬間、びびっときた。ただそれだけ。要は一目惚れしたんだよ」

「でもお前、最初に僕が頼みに言ったとき、研究室から蹴り飛ばして追い出したじゃないか。あれは何だったんだ」

「それはほら、こう見えても私は女の子だから」

「はぁ? そんな理由で納得できるわけ。というか、女の子って歳じゃなばばばばばば!」

「あ、ごめ〜ん。手元が狂っちゃった。ヤシロンが変なこと言うから」

「なんだ今の」

「ちょっと、回路がショートしちゃった。てへ? ……それで話を戻すけどねヤシロン。私が言いたいのは、これまでもヒヤヒヤさせられることは何度かあったけど、今回の勝負がとりわけ心配だってことだよ。例えば、揺れる吊り橋の上で子供が喧嘩をしていたとして、自分が親の立場だったら危なっかしくて見てられないだろう? 私はいまそんな気持ちなのさ。わかってくれる?」

「理屈はわかった。でも、僕らは子供じゃないし、なにより探宮者だ。自分の命の責任は自らとるのが鉄則だろ。だから、いくら馬鹿げたことでも、やると決めた事の責任は自分にある」

「違うんだよヤシロン。そういうことじゃないんだ。君は生まれ直したこの数年で、多くの関係を築いてきただろう? もし君が馬鹿なことで死んだら、止められなかった事を後悔する人が、大勢いる。その人達が負う悲しみや後悔の責任を、君が取ることはできない。というか、君が万が一死んじゃったら、今後数百年私は何をして生きていけばいいのかわからないのに、君はそんなこと知ったことじゃないと言うんだ。だから、心配なのさ」

「じゃあ、僕が頓死しないように、今は作業に集中してくれよ」

「ほんとにわかってくれてるのかい? なら、最初の質問の答えを聞かせてくれよ。もし君の本当の力が、世間の知られるところになったら、その時君はどうする?」

「今度は、全力で抵抗するさ。いざとなったらどこかに身を隠す。いちいち答えなくても、当たり前だろこんなの」

「ねえヤシロ。言葉にするのは簡単だよ。でも私はそれじゃ安心できないのさ。だから約束してほしい。本当に危機的状況になったら、君の命を第一優先で、助かるために努力すると誓約して」

「そんな大げさな」

「私は大真面目だよ」

「わかった。これが終わったら、誓約するから。今は作業に集中してくれ!」

「もう終わってる。それじゃあ、成約の儀式を始めよう」

「めちゃくちゃだな」

「そこにひざまずいて」

「はぁ、ほんとにやるのかよ」

「汝、龍たる我、カスケード=ザイオンリンク=ネフスケール=ランタイムと契約することを望むか」

「なにそれ」

「契約することを望むか?」

「いや、そっちが要求——」

「の、ぞ、む、か」

「の、望む」

「では、約束を再び確認し、同意の意を示せ。一つ、汝の身体および精神が危機的状況に陥った場合、汝は自身の生存を最優先として行動すること」

「同意する」

「二つ、汝の築いた、またこれから築く関係性において、双方向的に害となる選択を、常に回避すること」

「……同意する」

「三つ、汝は——」

「まだあるのか」

「——我をひとりぼっちにしないこと」

「同意する。なぁ、これって全部」

「黙って……よろしい。では、契りを交わし成約とする」

「むぐ、なにしゅんだ——っ!」

「これで、契約成立さね」

「僕の知ってる成約の儀式とは、随分違ったな! ちぎりは普通、指先とかを傷つけて」

「怒ることないだろ。それは私のファーストキスなんだから」

「一回目だろうが、なかろうが。うれしくなんかないからな! 勘違いすんな!」

「ひどいなぁ。女の子にむかって」

「いや、だから女の子って歳じゃ、あばばばば」


 大祭の朝だ。

 私は目を開けれないで居た。

 タオルケットにくるまって、ハリネズミみたいに丸まったまま、ベッドから動けない。

 意識はゆっくりと浮き沈みを繰り返して、時の流れに揺蕩うまま、過ぎていくだけのようなきがした。

 もしかして、おばあちゃんになるまでずっとこのままなのか?

 それもいいかもしれない。私は貝になりたい。

 そう思っていたら、ハンマーで叩き潰された。

 飛び起きる。

 何だ、夢か

 時計を視た。

「ひゃあ?」

 変な悲鳴が出た。


 学院の校庭に集まった僕たちは、ミナセの到着を待っていた。

「遅くないか?」

「遅いなぁ。ヤシロ、ちょっと見てきてぇや」

「え、アイツが居るのって確か女子寮だろ。あそこ男子禁制なんだけど」

「じゃあ、寮の前まででええよ」

「なんで、僕一人で行かせようとすんだよ」

「結局昨日まで、シシドウをこき使ってたのはお前やし? それに、何かあったときどっちかがここに残っとったほうがええやろ」

「わかったよ。行ってくればいいんだろ」

 とうわけで、やってきました男子禁制。

 寮監ももちろん探宮者なので、非常に武闘派だ。

 そんな場所に本当は近づきたくないけれど、大祭は事前に登録されたチームでの参加が義務なので、致し方ない。

「おじゃましまっ!」

 ……。

 一歩領域内にふみこんで、気がついたらでんぐり返しの格好で、天上を視ていた。

「誰かと思ったら、ジンクウの坊やじゃないか。こんなところで何をしている」

「どうも寮長さん。そういうのは普通に声をかけて、普通に質問してくださいよ。組み伏せてからじゃなくて」

「ここは女子寮だぞ。男子が侵入したらまず捕縛する。話はそれからきく。おかしな所などない」

 そんなんだから婚期を逃すんですよ。

「おまえ、なにか失礼な事を考えているな」

「いいえ、とんでもないです。それより、いいですか。ぼくは正面玄関から入ってきました。裏からこそこそと侵入されたならわかりますけどね。僕みたいな普通の客にこんなことしたら、まずいでしょ!」

「ほう、普通の客だと? いいかジンクウの坊や。普通の客とは、事前にアポイントメントを取って、目的を明らかにしてから、約束の時間にやってくる者のことだ。いきなりおしかけてきて、さらにそれが男子学生ともなれば、性欲に支配された獣だと断定するのが、妥当だ。それで、今日は一体何を盗みに来た? それとも……」

「あんたの認識は大いに間違ってるよ! 僕はただ、集合時間を過ぎても来ない、シシドウ=ミナセを呼びに来ただけだ。昨日遅くまでバイトしてたから、寝坊してるとかだと思ってな! だから放してくれ!」

「ふむ、良いだろう。ここで少し待て」

「ちょ、なんで縛る? なにもするつもりは無いって!」

「騒ぐな。いま、シシドウを呼び出す。大人しくしていろ」

「縛る必要あるの?」

「ある」

「なんだって」

「私の趣味だ」

「あんたが一番アブノーマルじゃないか! そんなんだから婚期をのがすんだよ!」

 あ、言っちゃった。これは死んだかも。

「ほう、よく言った。ならばお前を婿に捕ってやろうか」

「ごめんなさい。嘘です。勘弁してください」

「あーあー、シシドウ=ミナセ、居るなら今すぐロビーに来なさい。彼氏が待ってるぞ」

「ヤシロくん、ごめんなさい!」

「助けてくれミナセ! ここの寮長は変態だ!」

「こら、人聞きの悪いことをいうな」

「え、え?」

 

 校庭に戻った僕らは信じられないものをみた。

「タガネさん、ごめんなさい! 私こんな時に寝坊しちゃって」

「おお、ええよええよ。悪いのはこいつやからな」

「はいはい、わかったよ。僕がわるかった。だから、先を急ぐぞ」

「いや、そう急がなくてもええで、だってほら」

 リホ達が、僕らを待っていた。あのリホ達が。

「まったく、待ちくたびれましたわ! 一体何をやっていたのかしら」

「なんでまだ居るんだ?」

「あら、せっかく待っていてあげたのにその言い草。感謝しなさいよ、ヤシロ」

「別に、待ってなくても良かったのに。どうせ僕らが勝つ」

「お前達、そこで何してる! そろったのならさっさと出陣しろ! 他の班はもう持ち場につく頃だぞ」

「行くわよ。詳しい話は道中で」

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