第6話

「よーし、今期最初の探索訓練を始めるからな。最近はいろいろとあって迷宮内の環境が不安定だ。くれぐれも気を抜くんじゃないぞ。それじゃあ、班をくめー」

『シロくん、ほかの子達のところに、仲間に入れてってお願いしに行かないの?』

 どうせ、断られるなら、待っておいた方が疲れなくてすむ。

『こういう所だけ臆病なのよね。普段はずけずけ言うくせに』

 臆病なんかじゃない、学習したんだ。

『あ、ミナセちゃんが余ってるじゃない。誘ってみたら? いつも通りだと結局一人になっちゃうもの。彼女なら遅れは取らないでしょ?』

「えー、まあ、そうだな。おーいミナセ!」

「ごめんなさい」

「まだ何も言ってないぞ」

「今日は見学なの」

「怪我は治ったんじゃないのか?」

「正直すこししんどくて、万が一があるといけないから」

「なんだヤシロ、お前また余りか? しかたない、どこかヤシロを入れてやってもいい班はあるか?」

「はい、わたくしの班で引き取りますわ」

「リホたちか、まあいつも通りだな」

「まったく、世話の焼ける義叔父ですわね、ヤシロ?」

「今年もよろしく」

『リホちゃんって、ほんと、シロくんのこと大好きだよね』

 この恩着せがましい感じからどうフィルターしたらそうなるんだ。

 目が腐っているのじゃないのか?

『だって、全身から構ってオーラが出てるよ。ていうかひどくない? さすがの私も傷つくよ』

 虚仮威しの優越感しか僕には見えないんだよなぁ。

「ええ、よろしくしてあげますわ! 分家の面倒を見るのも、本家の勤めだからね!」


 リホ達につきあって、第5層での訓練探索を行って帰ってきたところで、彼女はまだそこに居た。

「よ、ミナセ、具合はどうだ?」

「べつに、今のところは良くも悪くもないけど。それ以上近づかないでくれると助かるわ」

「なんでだよ、ひどいな」

「だれが、好き好んで血みどろ姿の人間に近寄りたいと思う?」

『あ、たしかに。言われてみれば、そう見えるね』

「いや、これはトマトショッカーの果汁だから。トマトくさいのは認めるけど」

「それって十階層の壊神でしょ。まだ立ち入りを許可されてないのに、何をしているの君は? そういえば、他の班員はどうしたの?」

「あ? ああ。リホ達な……もうすぐ追いついてくるんじゃないか?」

「ちょっと、まちなさいよぉ! 勝手にうろうろするなって、何度言えばわかるのかしら!」

「ヤシロくん、あなたやっぱりおかしいわよ」

「ん? 実力が?」

『ちがうよ』

「頭が狂ってるわ。あんなことがあったのに、どうして平気な顔で探索なんてできるの? 怪物だらけのあの場所で」

「いや、僕らの遭遇したあれが特別ヤバかっただけだろ。十階層までなら、なんてことはないじゃないか。さんざん歩き慣れた道だし。壊神も雑魚ばっかりだ。中等部にあがりたての子供じゃないんだから」

「——変態ね。正直に言うけど、これ以上アナタと関わり合いになりたくない。金輪際、近づかないでくれる? さようなら」

「あ、おい!」

「ふん、自業自得ですわ、ヤシロ! これに懲りて、もっとひとの身になって考えるようになさい! そして、わたくしを労りなさい!」

「トマトくさいから、さっさとシャワー浴びた方が良いぞ、リホ」

間話——崩れた道の途中で

「うう……あつい、いた、いや——イヤ! っはぁはぁ……夢……」

「ううう、うるさいょ」

「あ、ごめんなさい」

「ツヤ姉さん、ウルのいびきの方が煩いわ」

「そっちはもう慣れちゃったのよ、イサ」

「ほんと、ごめんなさい」

「お、シシドウやないか。こんなところでなに油売っとるんや?」

「クロモリ先輩、お元気そうですね」

「おかげさまでなぁ。ほら、脚もこの通り、今まで以上に動くようになって、龍神様とヤシロ様々ってかんじやな。はははっ」

「それはよかった。それじゃわたし、用があるので」

「まぁまぁ、まちぃや。逃げんでもええやろ? 気になってたんやけど、その包帯。まだ傷跡が残っとるんか?」

「いえ、これは、何でもないですから」

「そうなんか、ならまぁええけど。でも大変やったなぁ」

「わたしなんか、全然じゃないですか。クロモリ先輩の方がよっぽどですよ」

「ははっ、たしかに。まさかこっから先が蒸発するなんて、夢にも見んかったわぁ」

「そんな大けがして、辛い思いもいっぱいしたのに。なんでクロモリさんは戦えるんですか?」

「そら、あれや。ずばり、責任やな」

 タガネは家族の為だと、言い切った。

「ちょっと長くなるけど、俺とシグレのなれそめから話した方がわかりやすいかもな」

「それなら、場所をうつしませんか?」

「ええよ」

 二人は人気のない食堂の一角に腰を落ち着けた。

「さて、どっから話そうかな。

 そやな——このしゃべりでわかると思うけど、俺はこことは別の都市で生まれ育ったんや。

 二十年くらい前やから、まだ公社もなんもない時代やった。

 俺はごろつきでな。ぶっちゃけると師匠から破門されて、都市から都市を渡り歩き、傭兵をやってたんや。

 あんまり大声じゃ言えんけど、当然、後ろ暗い仕事も受けたりしとった。

 そんで、ある他都市のお偉いさんから依頼を受けて鷹森にきたやけど。

 当時は傭兵団とかもあったからな、知り合いの団員のコネで交流会みたいな、まあ宴会に出席したんや。

 そこで——」

「奥さんと出会って一目惚れ、とかですか」

「いや、残念やけど。たかが傭兵の人生にそんな生やさしい展開はおこらへんで。

 その時、俺が受けていた依頼は、当時依頼主の対抗派閥筆頭だったクロモリ家の長女を処分することだったんや。

 俺は宴席でシグレに近づいた。

 当時の俺は若かったから、一晩良い思いをしてから依頼をこなせばええって、甘く考え取ったりもしたな。

 シグレは当時からずっといい女やからな、一回情が移ってしもたら、結局はどうにも落とし前のつけようがなくて。

 基本的にヘタレやねん、俺

 気がついたらアイツを孕ませてて、めっちゃ好きにもなってて、どうしようもなくて、逃げだしたわ。

 それから、しばらくは都市を渡りながら、日陰でどうにか親子三人食いつないできたんやけどな。

 公社ができて、傭兵で稼ぐのが流行らんくなってきて、にっちもさっちもいかんようになってしまってん。

 だから、恥を忍んで、というか殺されても文句いえんのやけど、鷹森に帰ってきてな。

 クロモリ本家にどうにか婿入りさせてもらえるように頼み込んだんや。

 それで、なんとか籍だけは入れさせてもらって、爪弾き者やけど、こうして学生やっとるわけやね。

 今日になるまで、いろいろ目を瞑ってもらったりしとるし、シグレと子供らの面子もある。

 だから責任。とらなあかんねん、俺は」

「大変、なんですね」

「大変や、でもこんなんでも幸せやと思っとる」

「タガネさん、ぜんぜんヘタレなんかじゃないですよ。私の方がよっぽど……」

 逆に、どうして悩んでいるのかと訊かれて、事情を話す。

「まあ、きいてる限りやと、普通に心の怪我やね」

「心の、怪我、ですか?」

「めっちゃ痛い思いしたから、そういうのを二度と経験したくなくて、吐き気とか目眩とか、体調が悪くなって、原因に近づかんぞーって体がなるやつ。探宮者ならしょっちゅうあるやつや。習ったやろ?」

「ああ、心的外傷後ストレス障害、とか。怪我なら、いつか治るんですよね?」

「せやな、でも思うんやけど。君は、直したいとおもうんか?」

「は?」

「いやー、なんかなぁ。どうにもシシドウを見とると、原因は別の所にあるんじゃないかと思てな? 俺は医者じゃないから、話半分に聴いて欲しいんやけど、君のは、似非なんやないかなぁ、と」

「つまり、私が、あの、???」

「なんかな、単純に君、探宮者になりたくないんとちゃう?」

「え、いえ私は、一人っ子だから」

「家を継ぐ義務があるっていうんやろ?」

「そうですよ。だから、これも克服しないと」

「真面目やなぁ。なんというか、さすが? まあ、本当にイヤなら、俺みたいな婿をとって、家のことはそいつに任せて自分の好きなことをすればええんちゃうん?」

「そんな……」

「せやまぁ、ヤシロとかええんやない?」

「やですよあんなのバカとなんて?」

「だれがバカだって?」

「わはは! タイミングいいなぁ、ヤシロ! いやー、じつは、かくかくしかじかでな」

「な、なんで話しちゃうんですか?」

「別に、秘密にしようなんて約束しとらんやろ? それに、俺妻子持ちやし、若い女の子との秘密なんか持たんほうが身のためなんや」

「見損ないました! 相談なんかしなきゃよかった!」

「なあ、ミナセ」

「な、なんですか」

「逃げるならうってつけの場所知ってるけど、いく?」

 ミナセは目を丸くするして、僕の発言に耳を疑っていた。

 まあ、とりあえずまかせてみなさいって。

冴えたやり方なんて千変万化

 一門の継承や創設には、学生の卒業時点で公社の認可を取らないといけない。

「これを、着るんですか?」

「制服だから、しかたないね」

「いや、でも」

「いいかミナセ。僕やおっさんが、何回死に目にあってもへこたれないのは、明確な目的があるからだ。

 おっさんは家族を養う為だし。ぼくは一流の探求者になって見返したいやつがいる。

 そういうのがなくて、そもそも探宮者になることに納得していないから拒否するという、ミナセの感情と行動は至極真っ当だ。

 でも、別に他にやりたいこともないのに、なんとなく親の敷いた線路からはずれたがるのは、すごくきつい。周囲から反対されるし、妨害もうける。

 なら、どうすれば良いか。答えは簡単だ。自分が本当にやりたいことを見つければいい。

 そのためには、まずはいろいろなことを体験してみなくちゃ、始まらない」

「それは、そうですけど。これはちょっと、飲食店の制服にしては、きわどくないですか」

『そうかな? 可愛いよ?』

「うわ、とおもってもまずはやって見るべし。この世はやらないとわからない事ばかりだ。そして、制服はギンさん(店主)の趣味だから、しかたない。とりあえず我慢しよう」

『ねぇどうかな、シロくん?』

 はいはい、とてもお似合いですよ。

『もうちょっと本気で誉めても良いじゃない』

「さあ、仕事の時間だ」

「恥ずかしすぎます。……いらっしゃいませ。何名様ですか?」

 バックヤードの入り口に吊された暖簾の隙間から、僕とギンさんはミナセの働きぶりをかんさつしていた。

「照れ混じりの接客が、男心をダイレクトアタックか」

「いやぁ、あんな別嬪さんなら、ずっとうちで働いてもらいたいね。客入もいつもの二割増しな感じがするわ!」

「オーダー入りましたぁ〜。……ちょっと、店主さんはいいとして、ヤシロくん。あなたは働いてください!」

「やだぁ、真面目だし、可愛いし、仕事覚えもよくてそつがない。ミナセちゃん、今後ともぜひうちで働いてくれないかしら?」

「え、え〜と」

「だめだよミナセ、まだほかにもバイトの予約をいれてあるから。全部こなしてから考えなきゃ。明日はキンさんの洋服店だろ、次がドウさんの美容室で……」

「ちょ、ちょっと待って、私はあとどれだけのバイト先を連れ回されるの」

「気をつけぇ、シシドウ。ヤシロは、この街のありとあらゆる仕事場に顔が利くで。嫌なときは本気で拒否せんと、バイトの輪廻に巻き込まれるからなぁ」

「ははは、実体験を伴った感想は重みが違うね」

『大丈夫なのタガネさん、なんか最近痩せてきてない?』

 そうかな? 元が太すぎたんだよ、きっと。

「気をつけます」

 半信半疑にアルバイトをするミナセはなんだかんだ街民の老若男女に大人気となった。

「うふふ、このままうちの正社員になってくれないかしら彼女。ねぇ、ヤシロ?」

「それはない!」

「なんでよ、良いでしょう別に、ヘルモンじゃないし!」

「時間は有限だろーが! たしかにミナセは美少女だし、まじめだから接客業はかなりむいてるけどな! あいつはそれいがいにもいろいろ触れてみなきゃだめなんだ!」

 ——てな、問答もなんどか繰り返しつつ、月日は穏やかに過ぎていく。

 ミナセがバイトになれた頃、リホ達が店にやってきた。

「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」

「あら、こんなところで何をしているの、委員長さん?」

「見ての通り、ウェイトレスですが、なにか?」

「へー。そういえば貴女。この間の探索を見学してましたね。それなのに、こんなところで労働に勤しんでいるなんて。もうすこし自分の本文をわきまえたらいかがかしら」

「……すみませんが、おっしゃる意味がわかりません、お客様。ご注文をどうぞ」

「ちょっと、シシドウさん。リホさんが親切心で忠告してあげたのに、なにその態度!」

「はいはい、そこまで。他の客に迷惑だから、あんまり大声ではしゃぐなよ取り巻きども」

「何だとゴラ!」

「言ったそばから、怒鳴るなよ。その頭にちゃんと脳みそ詰まってんのか?」

『いや、今のはシロくんが挑発したからだとおもうけど』

「てめぇ! よそ者のくせに生意気な!」

「ラウグ、座りなさい。こんなのでも後家様さまの身内です。騒ぎ立てると、ジンクウ家の面子に関わります」

 プライドだけは一人前なんだよなぁ、リホは。

「それで、ヤシロ。委員長さんをそそのかして、いったい何をしでかすつもり?」

「人聞きが悪い言い方するな。これはミナセに必要なことだから、それを手伝ってるだけだ」

『そうだけど、半分以上リホちゃんの言ってることは正解だよね』

 うるさい、そんなことはないんだよ。

『自覚的じゃん』

「シシドウさん。こいつと関わるのはやめなさい」

「ご忠告どうも。でも、いつどこで誰とつきあうかは、心配しなくても結構です。私は貴女の子供じゃありませんから」

「あら、わたし貴女きらわれるようなことしたかしら、覚えがないのだけど」

「単純に、貴女よりヤシロくんの信用度の方が高いだけですよ」

「そう、心外ね。でも、悪いことは言わないわ。こんな何の得もない、金を稼ぐためだけの仕事を続けてると、そこのバカみたいなるわよ」

「なら、証明してください」

「なんですって?」

「今回の事で、ヤシロくんは私のためにいろいろと働いてくれました。それに比べたら、貴女の言葉なんて木の葉よりも軽いものです。だからそうですね、来週の祭りで私たちよりも多くの壊神を討伐して、やっぱり真面目にやらないと探求者としては成長できないということを証明してください」

「はぁ? 何で私がそんなことを——」

「自分の言葉一つ証明できない貴女が、ジンクウ家の顔を語るのですか? わらえますね」

 ちょっとまってミナセさん?

「——っ! 良いでしょう、たかだかシシドウの分際で、生意気を言ったこと、後悔させてあげます! 勝負の日取りは、来週の大祭で。討伐数が多かった方の勝ち、でいいですね?」

「では、そういうことで改めて、ご注文はいかがになさいますか?」

「気分を害しました。注文は結構。いきますよ」

「あ、はい、リホ様!」

「え、ほんとに出るんですか? ここのクリームシチューすごく期待してきたんですけど!」

「おい、この仮は十倍返しにしてやるからな、ヤシロ! 覚えてろ!」

「いや、僕何もしてないだろ」

「うるせー! お前のせいで食いそびれたんだからな! 大っ嫌いだ!」

 客を逃したので、あとでギンさんに誤りにいかないと、と思っていたら。

 バイトおわりに、店の仲間たちからすごく応援されました。

「ごめんなさい、店主さん。営業妨害しちゃいました。この分は今日の日当から差し引いてください」

「やねー、そんなことするわけないじゃない! むしろ、この場にいる私たち全員! 応援するわ」

「そうですよ! 日頃守ってもらってる手前、おおっぴらには言えないですけど、私たち街民を馬鹿にしてる探宮者には辟易してたんです! この際がつんとやっちゃってください!」

「いいのか、ミナセ。戦うのが怖いんだろ?」

「はい。想像するのもいやです。でも、きっとこのままじゃ済まないんですよね。 いずれ……。ヒスイさん、応援ついでにちょっと訊いてもらいたいことが」

「お、なんだいなんだい? おねぇさん、ミナセちゃんの相談には張り切っちゃうぞぉ!」

「じつは——かれこれ——しかじか——というわけなんですが」

「なるほどね、じゃあこういうのはどうかな(ごにょごにょこそこそ)」

『シロくん。女の子の秘密の会話を盗み聞きするのは、かっこ悪いよ』

「してねーよ」

「あ、——続きは今夜ネットでいいですか?」

「いいよ〜。じゃあ、アドレス交換しよ」

「さ、仕事に戻りましょう。ヤシロくんもサボってないで、仕事してください」

「なあ、何コソコソ話してたんだよ」

「ヤシロくんには教えられません」

『うわー青春だよ。何だろねシロくん! わくわくするわ!』

 まったくしねぇ。なんだか、面戸くさそうな気配がする。ていうか、僕とおっさん、じみーに巻き込まれたな。

『それはどんまい!』

責任の所在

——今晩は、ヤシロくん。申し訳ないのですが、明日とあさってのバイト、お断りしてもらえませんか?

——ちょっと大事な急用ができてしまって……

 というわけで、せっかく組んだバイトのシフトをキャンセルしたのが一昨日。

 ——急で申し訳ないのですが、あしたの昼過ぎに、この地図の場所に来てほしいのですが、だいじょうぶですか?

 さらに呼び出された。

 なんぞやと来てみたら、そこは彼女の実家でした。

「どうぞ、かけてくださいヤシロくん」

 ソファーを進められ、すわる。

 座った後に、あれ、これ座って良かったのか? なんかまずくないか? と不安がこみ上げてきた。

「ミナセ、今日僕は、どんな用事で呼び出されたんだ?」

『訊くだけ無駄じゃないかな』

 間髪ないな。

「どうも初めましてヤシロくん。ミナセの父です」

「母です」

「お〜い、まて」

「今日は私たちから、大事な話があるわ、お父さん、お母さん」

「ちょっと待つんだミナセさん」

「これを見て」

『ほらね』

「あらやだ」

「本当なのか?」

「ここに書いてある通り、現状。私は探求者として一切の役に立たない状態です。来週の大祭までに、リハビリでこの病状が回復しない場合、再び実戦に臨むには十数年の長期リハビリを覚悟しないといけないと、病院の先生に診断されました」

「つまり」

「ダメだったときは。このヤシロくんに婿入りしてもらいたいと思っているので、安心してください」

「ちょ!」

『モテモテだねぇシロくん。これは帰ったらカエデちゃんになんて言われるか』

 今その話はやめろ。

「なるほど、言いたいことはわかった。リハビリには、どんな訓練が必要なんだ? 父さんが全力で協力しよう」

「いえ、父さんは公務で忙しいでしょうし、結構です。普通に病院で治療を受けますからご心配なく」

「心配しないはずないだろ!」

「あなた、怒鳴ってますよ」

「ふー、ふー。すまない。少々取り乱した。本当に、私にできることはないのか?」

「ないですね。むしろ、父さんよりも、同じ経験をした彼の方が、治療には有力らしいです」

 やめろ。それ以上、お父さんを煽るんじゃない!

『一体何が、ミナセちゃんを駆り立てるのかしら?』

 そんなの僕が知りたいわ!

「あら、お茶がすっかり冷めてるわ。ヤシロくん、おかわりはいる?」

 そうだ。早急に尿意を催して、一刻も早くこの場を離脱しよう。

『さすがのシロくんでも、ここでいいえとは言えないんだ』

「わかったわ。ミナセ、手伝ってくれるかしら」

「え、でも」

「いいから」

 うおおお?

「………………」

「ヤシロくん」

「はい!」

「ミナセとは、そういう関係であると考えて間違いないのか」

 そ、そういう関係ってあれだよな!

『完全に恋人だね』

 どうしてこうなった? 否定できないじゃないか! ミナセがああ言ったのに、ここで否定したら完全に僕がミナセをもてあそんでるみたいになるじゃん!

「どうなんだ」

『無策で今日を迎えたことを後悔しながら、現実を受け入れようシロくん。いいじゃない、ミナセちゃん、美人だし。世界は広いから、監禁からはじまる恋もきっとあるよ』

「どうなんだ」

「も——」

「答えなさい」

「もう、そんなではないですね!」

『お?』

「なんだと?」

「僕とミナセは既にシ線を共に越えたので、そういう生ぬるい関係ではないです!」

「シ線……一線のさらに向こうだと?」

「はい!」

『二人とも馬鹿になってるね』

 なにが?

『シロくん。たぶんミナセちゃんのお父さんに、ミナセちゃんとアブノーマルな関係だと勘違いされてるよ。よくて、とても深い愛情で繋がってますって宣言しやがった、ぽっと出でいけ好かない野郎かな?』

 なにその想像力こわいんだけど!

「あら、どうしたの二人とも」

「いや、何でもない。彼とすこし重要な話をしていただけだ」

「それは、重要なのかしら、そうじゃないのかしら。まあいいです」

「いや、良くはないのだが」

「あなた、ここはミナセの考えを尊重して。私たちは二人を見守りましょう」

「な、なんだと?」

「結局、来週の祭りまでは事の可否はわかりませんし。ヤシロくんを婿にもらうかどうかなんて、それから話せば良いことじゃないですか」

『ミナセちゃん、ちょっと目元が腫れてるね』

 え、あ本当だ。

「……わかった。いいだろう。ミナセ、頑張りなさい。それとヤシロくん、くれぐれも、わかっているね?」

「——! もちろんです。お父さん!」

『シロくん余計! ひと言余計!』

 わずかな沈黙が流れた。背中には冷や汗が流れた。

「あら、もうこんな時間。食事を一緒にどうかしら。私も夫も、もっとあなたのことを知りたいのだけど?」

「すみません。この後は先約があって」

「あら、そうなの。じゃあ、近いうちにぜひ」

「それじゃ、僕はこれで」

「ヤシロくんを通りまで送っていきます」

 シシドウ邸を後にして、表通りまでの竹林道中。

 僕は満を持して尋ねた。

「さて、ミナセ。いったいどうしてこうなった」

「話さなきゃだめですか」

「だめだ。許さない。話さなきゃ週七でシフトいれるぞ。それも、この街で一番キツくて誰もやりたがらないやつだ」

 本気である。

 世の中には自分の想像を遙かに超えて辛く厳しい仕事がごろごろあるからな。

「それはいやです。というか、いつからヤシロくんはわたしのマネージャーになったんですか? そんな予定入れられても、普通に拒否しますよ」

「安心してくれ、その時は拉致する」

「え。正直ひきました」

「お前の今回のやらかし具合も相当だからな? なんだ、戦えなくなったら僕を婿入りさせるって? どうしてそうなるんだ?」

「仕方ないですね。お話します。すればいいんでしょう、もう」

「僕が強要したみたいな言い方は、心外だ」

「ヤシロくんは、探求者のお家事情についてどれほど、真剣に考えたことがありますか?」

「そういうのを考えるのって、もっと後のことだろ」

「いいえ。わたしは、あの壊神に殺されかけて、退院してから今日まで。ずっと心の内でくすぶっていた心配事が、それだったんです。

 シシドウの跡継ぎって私しか居ないのですよ。分家は父の代で絶えてしまったらしいですし。

 母は街民出身なので、弟は作れないんです。だから必然的に、家を繋げる為には私が婿をとる事になります」

「とてもそうは見えなかったんだけど」

「授かり婚だったので、父は母に頭が上がらないんです」

「真面目そうな顔して」

「私も学園を卒業して、適切な年齢になってからお婿さんをさがすのならべつに苦慮しませんでした。普通の事ですから。でも、いま戦えなくなったら、この年で子育てのことを考えないといけなくなります」

「いや、さすがにそれはないだろ。ミナセはかなり大事にされてるみたいだったじゃないか」

「両親はそうでも、きっと公社からの圧力がありますよ。シシドウも、ヤシロくんのところほどのお家柄じゃないですけど、そこそこですから。ブランドほしさの押し入り婿がきっと数十人は現れます」

「とりあえず門下生は第一候補にはいるわけか」

「はい。父の部下……わたしにとって親戚の叔父さん的なポジションだった人たちが、求婚してくるんですよ? それを躱したら、どこの馬の骨ともしれない男どもがぞろぞろと経ってくるわけです。ちょっとあり得ないですね。そこで、ヤシロくんです」

「つまり、僕は案山子だと」

「それだけじゃないです。ヤシロくんの、一緒にバイトさえしてればなんでも許してくれそうなところ。好きですよ」

「なんじゃそりゃ。ぜんぜんうれしくないな」

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