第4話

 蜘蛛の腹は丸い。

 この怪物が、生物ではなく戦車なら、その中には何が詰まっている?

 答え。

 機関銃。

 飾り気のない四角い箱から、親指ほどのバレルが生えた、凶器。

 あれが、僕の命を刈る鎌だ。

 それは背に開いた穴から、伸縮式の台座に据えられて現れた。

 僕は既に、照準されている。

 彼我の差は、1メートルもない。距離が近すぎて、どう避けようと僕は銃弾をくらうだろう。

「やぁあああああああああああああああ!」

 だから、上げた腕を全力で振り下ろした。

 魂源刀は装甲を貫き、駆動系神経をブチブチと断線させる。

 背後から『ジジッ……』と音になった殺気がつたわってきた。

 両側四本ずつある脚の一本が壊れても、この怪物はたいした影響はないだろう。

 だが、多少のがたつきは現れる。

 巨体が数センチだけ、沈み込む。僕はそれに合わせて思いっきりしゃがんだ。

 機械には設計上の限界が必ずある。

 安定した場所で完璧な照準が可能であっても、イレギュラーな状態で十全な性能を発揮できるとは限らない。この怪物がどれほどの深淵から這い上がってきたとしても、人間が生み出した、不完全な機械をまねしている限り、想定を超えることは出来ない。

 ぼくはそう踏んでいた。

 しかし、殺気は心臓を追いかけてきた。

 脚を一本壊した程度では、どうともないと。

 なるほど、詰みか。

 変な汗が出る。

「もーこれだから、男の子は!」

 リンジュが何かのアクションを起こそうとする気配を感じた。その時。

「飛び降りて!」

「うぉおおおおおおおおおおお!」

 高らかな呼び声と雄叫びが聞こえた。そして、怪物の巨体が派手にスピンする。

 飛び降りろといわれたが、そんなのはむりだった。

 普通に振り落とされたわ。

 なんとか受け身だけはとって、着地した先には髪の短くなったミナセがいた。

「生きてたのか!?」

 一気呵成にあの金属塊を吹き飛ばしたのは、タガネだ。

 すっかり、死んだと思っていた二人だが、存外ピンピンしていた。

「よかった! これで一安心じゃない!」

 おい、どういう意味だ。

 ていうか、いまこれはどうなっているんだ!?

 二人の生存よりも、今のリンジュの声が聞こえているのではという心配が内心を占めていた。ていうか、今更だが。どうして、今日まで頭の中にしか聞こえなかったのが、耳で聞こえるようになったんだ!?

「わたしの日ごろの行いがいいからでしょ」

 そんなわけあるかよ。ろくなことしないだろうが。

「失礼な! じゃあ、そのろくでもない事ってのを聞かせてもらいましょうか?」

 いまは、それどころじゃない!

「ちょっと、さっきから誰と話しているのっ。せっかく助けてあげたのに、死にたいのかしら!」

 よし、リンジュ黙れ。お前の声聞かれてるじゃん!?

 よくわからないが、戦闘中にどこぞの女と通話していると勘違いをしているミナセに、僕は身振り手振りで誤解を解こうと向き直った。

 しかし、すぐに見たことないような笑顔の

「……はいはい、じゃあちゃんと生きて帰ってきてね。あ、そこの人、うちの人をよろしくお願いします〜、お気をつけて〜」

 朗らかな笑顔で手を振っているような声で、だんだんとバカの気配が消え行っていく。

「ちょ、おま。何言って……ちがんうだミナセ、これは」

「気安く名前で呼ばないでください。戦いの最中にのろけた話をする、汚らわしい猿とは話したくありません。死んでもらえますか」

『うわ、この子。ここまではっきりいう子だったんだ』

 前線で怪物とガチンコで殴り合うタガネに注意を払い。時折鞭で援護射撃を行いながらそう言ったミナセの台詞に、脳内ナレーションに戻ったリンジュは、目をぱちくりとさせていた。

 やっぱり、こいつはろくな事しないじゃないか。

 今から共同戦線で凶敵と戦わないといけないのに、要の後衛であるミナセは、背中にも注意を払わないといけなくなりそうな空気をまとっている。

「いや、それはできない。俺は何があっても死ぬわけにはいかないんだよ。ていうか、ここで死んだら、つまりあんたも、あいつも死ぬってことだろ。なるほど、そう考えるとジョークにしか聞こえないな。面白くないぞ」

「冗談じゃありません。あとその自信過剰もいい加減にしてください。あの先輩のほうが、あなたより数倍強いですよ」

『それはどうかな?』

 おい、人に聞こえるようにしゃべるなら、そういうマシな事を言えよ。

「まあいいや、問答してる余裕はないもんな」

「そうですよ。だからさっさと神風特攻してください」

 すっかり悪者扱いだよ。

『ドンマイ』

 あとで覚えてろよ。

「わかった、わかった。援護だけは頼む」

 ミナセは視線を切って、返事は帰ってこなかった。

 とりあえず、怪物の体に残った魂源刀を回収しなければいけない。

 手元から離れてしばらくたち、剄の供給が絶たれた僕の相棒は、八節ある股関節の一つに、小刀状態に戻って刺さったままだ。

 僕は時折飛んでくる砲弾をよけながら、正面戦闘を行うタガネのほうへ疾走した。

 黒服の威厳というやつか。黄紋でありながらタガネはよくやっている。だが、鬼のような頑丈さにも、陰りが見えた。

「一瞬、肩、借りるぞっ」

「——応っ、こいやぁ!」

 タガネが横なぎに振るわれる爪をはじき上げた瞬間。僕は大きな背中から肩、さらに衝突後で流れる金棒のてっぺんをけって。怪物の頭上に躍り出た。

 腹の背に着地、と同時に前に転がり、中央に詰め寄る。

 相変わらず心臓に精密照準してくる機関銃の重心を、蹴り上げた。急な衝撃に、台座の可動部がスパークする。

 紡錘形の腹上、魂源刀と僕、彼我の距離は一歩半。

 意思なき殺人機械が再起動して動き出すか、僕が刃を取り戻すのが先か。

 勝敗は、瞬き一回のうちについた。

 切り伏せられた鉄の塊が本体の急動作に振り落とされる。不安定な足場を片手でつかみ、振り落とされないように堪える。

 僕は怪物の頭に生えた人形を見据えた。

 この世のあらゆるモノにコアがある。人間、昆虫、植物、そして星。怪物も例に漏れない。こんな万能型巨大破壊兵器を駆動する超大容量、大出力のバッテリーは、人間の手で作ろうとすると、電池の方が巨大になって本末転倒するが、そこはまだまだ謎の多い奈落テク。

 人形の中に収まっていても、おかしくない。

 僕が人形の肩を切った時の反応を思い出してほしい。

 機械のくせにこの怪物は、細いわりににやたらと頑丈な女体を傷つけられて、怒っていた。

 明らかな弱点だ。

 ミナセの鞭による弱点への攻撃と金棒と爪で殴りあうタガネの逸らしが、ぴったりと重なった瞬間。

 僕は飛び出した。

『ちょっとまってシロくん!』

 後戻りはできない。

 剄の高まりでより鋭利になった魂源刀は、あっさりと機械と肉の境界線をつける。

 悲鳴もなく、滑り落ちた人形は瓦礫だらけの地面を跳ねて転がった。

 分かたれた下半身が、動作を不能になり崩れ落ちるまで、一秒もなかった。

「案外、あっけないな」

 やはり、コアはこっちにあったのだろう。両手で這いずるように近づいてくる人形の心臓を、僕は逆手に持ち替えた魂源刀で突き刺した。

『<‡ゞ<¶〜※?』

 どうやら、コアは心臓ではなかったらしい。頭を貫くと、動かなくなった。

「斃した?」

 この場にはもう炎の音以外は、僕らの荒れた息づかいとしゃべり声しかない。

「やった、勝ったのね……生きてる」

 ミナセは尻餅をついて、呆然としてしまった。

 三人のなかで一番、満身創痍な様子のタガネがカラカラと笑いながら言う。

「はは、今回ばかりは、死を覚悟したわ!」

「いや、わらってるけど、あんた。よくそれで動いてられるな」

 打ち身、切り傷、火傷に、おそらく骨折もしている。

「ていうか。あんたまともに喋れるじゃないか」

「はは、すまんなぁ。うちのガキと同じとしごろの奴らとどう話したもんかと考えすぎてしまって。でも、難しく考えるのは、やめた。お前さん、ヤシロいうたか。最初は生意気な小僧だと思ったが、俺の目がくさっとったな!」

「いたい、暑苦しい、何なんだあんた!」

「ああ、すまん。俺はタガネ=キンゾウ。見ての通り、お前さんらの大先輩やからな。探検家としても、人間としても。まあ、実際は年食ったおっさんなだけやけど! わははっ!」

「おっさんって、いくつだよあんた」

「えーっとたしか。今年で三十六か七だったな!」

 キャラが変わりすぎだ。

 まあいい。とりあえず今は、上と連絡を取らないといけない。

 こんな惨状になっているのに、応援が来なかったのはなぜだとか。後処理の方法とか。下で待っているカエデたちを、街に上げる算段も付けなければいけないし。

 気の重い話だ。

「それで、これからどうするつもりや、ヤシロは」

「とりあえず、一端下に戻らないと、あいつらが探検ごっことかやり始めかねない」

「せやなぁ。ほな、さっさと戻ろうか。ここは暑苦しくてしゃぁない。なぁ、嬢ちゃん」

「え、あ。そうですね」

『ちょっと待って』

 なんだよ。不穏な空気を臭わせるリンジュのつぶやきに、僕は脚を止めた。

『うしろ』

 リンジュの言葉に振り返るのと、八本脚の怪物が立ちあがる瞬間が、ぴったりと重なって。

「避け——」

 僕らは砲火で派手に吹き飛ばされた。

 しかし、急死に一生を得る。

『だいじょうぶシロくん!』

「くそっ。なんで」

『いまの状態じゃ、シロくん一人を守るので精一杯よっ』

「そうじゃないっ、なんでお前の」

「うぅ——」

「おい、ミナセ! だいじょうぶか!? おっさんも、ぶじ、か——?」

「ぁっぃ、ァツぃぃぃぃ!」

「……」

『重度の火傷。彼の方は脚が——ひどい。早く治療院に運び込んで治療しないと、命まで落としてしまうわ』

「救急キットは……ああもう何やってんだ僕は!」

 こんなことになるとは思ってもみなくて、命綱はバスの席に置いたまま、制服のポッケの中だ。

『後悔は後——くるよ!』

 なんて幸運なんだろう。無傷で済んだぼくは、二人を担いで上の街に逃げようとした。

 でもそうは問屋が卸さない。

『早く、もっと早く! 追いつかれるよ!』

「おっさんが重たい! 何キロあるんだ!?」

『ああもう、私が足止めするから喚んで!』

「だめだ!」

『この状況で、まだそんなこと言ってるの!? 二人に心中でもさせるき!?』

「バカ言うな! そんなわけないだろ、このまま逃げ切るんだよ!」

 ヤシロは身体強化システムに注ぐ剄をさらに増大させる。

『逃げきれっこないよ!』

 砲撃の爆発で僕たちは吹き飛ばされた。

「くそぉおおおおうわぁあああ!?」

 目を開けると、少し遠くに二人が転がっている。

 二人を手放してしまった僕がその瞬間考えたのは、純粋に走り出すことだった。

 止まったら死ぬ。多分本能がそれをビンビンに感じていたんだ。

 いきるために、弱ったヤツを囮にする。

 そういう風に動いていた。

 しかし、どういうことだろう。

 壊神は僕を狙ってきたんだ。

 一体僕になんの恨みがあるって言うんだよ! と内心叫んだ。

 いや、口走っていたかも知れないけれど、結局のところ、砲撃にかきけされてしまっていたのかも。

 このときは、とにかく何をしたのか、記憶がすごく曖昧になるポイントだった。

 とりあえず断言できるのは、僕はあの殺人マシーンに買ったと言うことだ。どうやってかはしらないけれど。

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