第3話
エレベータシャフトに添って設置された階段、150段を上りきった僕らは、昇降プラットフォームのロータリーに繋がるドアの前にいた。
横のバス用入り口は、シャッターが閉まりっぱなしになっている。
ノブを掴んで違和感を覚え、立ち止まった僕の背中に、いぶかしげな視線が二つ刺さった。
いや、違和感というか、これは異常だな。
『シロくん。慎重にね』
「おっさん……、あんた、すごく頑丈そうだよな」
『え、ちょっと!?』
「………………」
「いや、どう見ても僕よりアンタの方が頑丈だ」
ドアノブが、ほんのりと熱い。
まるで
「だからこのドア、あんたが開けてくれ」
「…………わかった」
『え、承諾しちゃうの!?』
冒険家同士、それなりの意思疎通は出来るようだ。ミナセだって、状況から察したのだろう。
何の文句も言わずに、既にドアの横に立っている。
ゆっくりとドアの前に立ったタガネは、ベルトに下げていたスタンガンのような機械を手に取った。
そして、おもむろに端子を自分の首に当てて、ひと言。
「召喚」
ボタンを押し込んだ。
バチッっと、音を立て、電流が
まるでマンガみたいに体表を跳ねる電気が、巨体を覆い尽くした。やがてそれは地面にまで伝わり、流れ落ちて、タガネの足下に溜まって、棒状の何かを象りながらせり上がる。
現れたのは、鬼の金棒だった。しっかり帯電している。
どうせなら盾とかにしろよ。
『そんなこと、したくても出来るわけないでしょ』
わかっている。出来るならどんな対価を払っても僕はやっていただろう。
ちなみに、リンジュは変身するなら何がいい?
『え、ウサギとか、猫かしら』
何言ってるんだ、神獣系はダメに決まってるだろ。神器で、どんなのがいいかってきいたんだよ。
『そんなの嫌に決まってるでしょ! しゃべれないし、身動きできなし、何より可愛くないし!』
ちっ、贅沢な奴め。
『ていうか、こんな妄想しても、出来ないものはしかたないんだから。無駄な争いはやめようよ』
何度繰り返したかわからないな。
この話題は、理屈では不可能とわかっていても、諦めきれないものがある。
リンジュやあの金棒は、冒険家の才能そのものだ。
冒険家の体には、『
剄絡を流れるエネルギーが、様々な現象を起こし、リンジュのような存在を作り出す。
これを僕らは一般に、才能と呼んでいる。あくまで探宮者としてで、人としての才能ではない。しかし、生まれ持った形を変えられないからこその、才能だ。というところは共通しているけどね。
僕は、才能に頼らない方法で誰よりも強くなろうとしているというのが味噌。
「準備はええか、二人とも」
タガネの口調が変わった。どうやら召喚すると性格が変わるタイプらしい。
「とっくに終わってるよ」
レッグホルスターから引き抜いた緋色のナイフを振ってみせる。
「本当にそんなもので戦うんですね」
「文句が?」
「……いえ、別に」
悄然としないミナセは、リストバンドに手を添えた。
「こちらも準備オーケーです」
年相応の評価に、リストバンドタイプのオーソドックスな『召喚機』。
ミナセはずいぶんな優等生のようだ。
「3から0で突入する、3、2、1——」
ゼロと言いながら、タガネは棍棒でドアを打ち破る。
ムわっと流れ出てきた熱気と煙の中に、臆することなく飛び込んだ大男に二人は続く。
そして、三人まとめて爆散した。
「起きてシロくん!」
うんざりするほどに聞き飽きた声に呼ばれて、僕が目を開ける。
目が覚めて一番に認識したのは、アラートメッセージと凶刃だった。
とある龍神謹製の、内蔵3次元映像分析器がはじき出したその重量はおよそ5トン。鋭利な先端に火事の光がエッジを描き、巨大で真っ黒で鋭利な『爪』が、落ちてくるっ!
間一髪。それは僕が背にしていたバスの車体を切り裂いて、コンクリートを穿ち、ようやく止まった。
だがしかし。
いま、僕の目の前にそびえたつこの怪物の武器はどうやら、あと七本もある。
「ぼーっとしないで立った、ほら!」
きんと耳に響く声に弾かれて、僕は怪物の足下から飛び出した。
そこかしこで転がっているバスの残骸を身代わりにしながら、とりあえず距離を取るため猛ダッシュ。脇目を振る余裕はない。
どうしてリンジュの声が、耳に聞こえるのかという疑問は後回し。
煙がつんと臭う。何の焼けるにおいだ。
そこに落ちているプラスチックの弁当ガラか? それとも、子供用のリュック?
そうじゃないなら何なんだ!
人だってか!? ふざけるな!
「おちついてシロくん!」
「どうしてここに怪物がいるっ」
「理由を考えるのは後だよ! 今は逃げて——ウエ!」
壊神と呼ばれる怪物は迷宮の外には出られない。これは『この世界のルール』とか『怪物の習性』とかそういうファンタジーでは無く。人間が迷宮の入り口に頑丈な蓋をしているからだ。放っておくと増えて氾濫するので、週一で蓋に近づく怪物の掃討作戦も行われている。
だから、怪物が地上に、しかもこんな所にいるはずがない。
現実逃避の罠にかかって抜け出せない僕を、怪物はデカい図体で、怪物は重力を忘れたみたいに跳躍してきた。
「ぐあっ!?」
衝撃でめくれ上がったコンクリート片に弾かれた僕は、火の中を転がる。
防刃防弾素材のシャツ(時価)は燃えてなくなった。ズボンは制服のセット装備なので、防火対策もバッチリだったのに。
「クソっ!」
冷静になる時間がほしい。30秒でいいから。
しかし、機械仕掛けで全身凶器の大蜘蛛。
分析器が種族名、そのた諸々の情報をネットから引っ張ってきた。曰く、『6636機甲多足戦車(♀)』、通称『女郎蜘蛛』、警告、危険、退避推奨。
「戦車で『♀』って何だよぉ!」
何だろね。
「……よし、ちょっと冷静になれた」
横倒しでも高さ2メートルはあるバスの車体を、ちょっとした段差くらいの身軽さで乗り越えてくる怪物相手に、いつまでも逃げ回ることはできない。
「右! あ、左! あーもーっ、私に任せればこんなの、一瞬でかたづけるのに!」
「うるさいな! お呼びじゃないから黙ってろよ!」
背後から殺気を感じた。
ツールからアラームよりも早く、横っ飛びに移動する。
僕が避けた後の空間を、何かが音速を突き破って通り過ぎていく。
砲撃だった。
砲弾は炎上するバスを貫通し、その先の柱を粉砕した。
爆風と共に石灰の粉塵が流れてくる。
見たところ周囲で動いていものは僕だけと、怪物だけ。あの二人は? 見当たらない。つまり、死傷者多数、そして増加中。そこかしこでは、火の手が強まり、バスの燃料電池をボイルしていつ爆発している。
ついでに耳元では、緑髪の女がキンキン声で騒いでいる。
これが、絶体絶命というやつか
手足が重い。疲れたか。まだまだ、だいじょうぶなはずだ。
この怪物、どこから湧いた?
ちがう、今はそんなことどうでもいい。
熱と怪物の騒音、爆発。「シロくん!」……金属のきしむ音。
「しっ」
どこからか悲鳴が聞こえた。
「まだ生きている人が居る」
散漫になるな。
生存者を助けなければいけない。
だが、奴は凶悪だ。
ツールが知らせてきたあの怪物の名前の頭についた数字、『6636』の前二桁は、この怪物が出てくる階層を表している。
学生が立ち入ることの出来る階層は、第10階層まで。それも。7階層から先は、最上級生である黒服にならなければ、許可されない。
未知の領域の、さらに先にいる凶悪な怪物だ。
それが、ここにいる。何が起こって、これからどうなるか、想像するまでもない。
大勢の人間が死ぬ。僕も死ぬ。
おわり。
「だったら、選んで。私を召喚するか! 逃げるか、この二択だよシロくん! 無駄死には許さない」
あいつを見返すんじゃないのか。
なのに、こんなところで死ぬのか?
僕はなんだ?
僕は、復讐者だ。
死んでたまるか。でも、戦う。戦わなければならない。怪物とだけじゃない。
復讐者として生きる僕の覚悟、それを折ろうとする全てとだ。
僕は、相棒である緋色のナイフを両手で捧げ持ち。目を伏せる。
「状況わかってる!? 今のシロくんにはぜったい勝てないわ!」
『△々仝‖§¶+∈∂々仝‖ー∈∂!!!』
蜘蛛の頭(?)の上にちょこんと生えた女体、その奇声に物理的な衝撃を受けて、転がった。
「何言ってんのか、さっぱりわかんねぇ! 言いたいことがあるなら人間様の言葉で喋れ!」
さっきと同じ殺気。
すぐ横のバスが吹き飛ばされた。
散弾じみた破片が手足をしこたま打つ。
それでも集中を続ける。
目を開けたとき、僕は意識的には不可能なほどのチカラで、奥歯をかみしめていた。
設計以上のチカラが加わって、かぶせていたフィルムが破れて、苦みが口いっぱいに広がる。
「うえ、……シロくん、いまなに飲んだの」
味覚を共有しているリンジュが、
「問題ない。ただの鎮魂花の種粉だ」
「問題しか無いじゃない!? それ毒だから!」
「制すれば薬!」
タガネがやっていたように。
チカラを使うには剄絡に刺激を与えるなければいけない。冒険家の家系では、物心つく前から、負荷の少ない最新の召喚機で剄絡が活性化するように、訓練される。そして、それは犬に芸を仕込むのと同じように。僕の場合は、召喚機を使えば、リンジュを召喚すると体に癖がついてしまっていた。
だから僕は、とても原始的な方法での剄絡活性を、師匠に鍛えてもらっていた四年間で取得した。
それが、この毒の服用だ。
怪物迷宮の第4層。その端に群生する赤い『鎮魂花』。その種には、強い興奮、軽度の感覚麻痺、同じく軽度の幻覚、そして発汗発熱という作用がある。
つまり、勇気がわき起こり恐怖が消えて、多少の痛みには動じなくなり、カンが冴え、筋肉の出力が上がって体の動きが良くなる。
探索ツールが身体ログの心拍数急上昇を表示して、警告してくるが、いつも通りなので無視。
毎分142回。現在の最大安定値になった。
これ以上に上昇すると、手足の血管が破れるらしい。
まあ、今はそんなことどうでも良い。
剄絡が頭のてっぺんから手足の先まで、太く強く流れるのを感じる。
血流にリンクしたように脈打つ剄絡。流れる炎のようなエネルギーは波動力となって、空気を震わせた。
手の内にある、緋色の
刃渡り、たった20センチ。
あちらは鉄板を切り裂いて、ミシンに通した布のように地面に穴を穿つ全長1メートル大の『爪』にたいして、わずかゼロコンマ2メートル。
まるでたりない。
ならば、どうする。
変わればいい。
「そんな玩具じゃなくて、召喚機をとって、私を頼ってよ」
力ないリンジュの請願を、僕は無視した。
イメージを爆発的に膨らませる。
「ねぇ!」
「じゃまっ」
脳内空間のカメラに写り込んできたリンジュを、押しのける。
魂源刀は、主の思い描くままに姿を変える、万能武器だ。
蜘蛛の姿をしたこの怪物には、関節が多い。可動部の装甲と装甲。その間を突いて、内部を破壊する形状がいいだろう。
しかも、デカ物のくせに動きが機敏だ。つまり……。
「シロくん!」
僕の想像した最強の武器が、現れた。
刃渡り70センチの太刀。背には釣り針のような返しがあり、V字の頂点を結ぶ形で微細なワイヤーが張られている。
突き刺して引くだけで、内部を破壊できる仕組みだ。
なお、効果の程は使ってみないとわからない。
逃げるのをやめた僕は、怪物の目にどう映ったのだろう。
『∈▽〃—:∞∩℃:¶〜※‡ゞ<!』
怪物は、なにやら怪しげな言葉を叫ぶ。
だからわかんねぇよ。
比較的無事だったバスの車体。それを跳躍台にして、天上に着地。
怪物は頭の上の人形で両手を広げて、受け止めろというかのように、落ちてきた。
避けながら構えた太刀を振るう。
余裕はない。
落ちてきたのは、僕300人分の鉄の塊だ。
ワンテンポ遅れれば潰されていた。
だが、すれ違い様に一太刀、人形の肩を切りつける事ができた。
『∈▽〃—:∞∩℃:¶〜※‡ゞ<AAAAaaaAAaaAA!』
弱点だったのだろう。人型を傷つけられた怪物は盛大に吠える。
「お願いシロくん、私に戦わせて!」
「くどいぞ」
風圧から立ち直って、構えを正した僕に、リンジュは迫る。
「このわからずや! それならこっちにだって考えがあるからね!」
笹形の耳を真っ赤にして、腹を立てたリンジュは、僕に背を向けてしゃがみ、ごそごそと何かを漁り始めた。
魂源刀を保持するため、脳内イメージをやめることができない。
気になってうざすぎる!
こっちは、死闘の真っ最中だというのに!
「おい、へんなことするなよ!」
「あーあー、聞こえませぇん! 聞く耳がないので!」
おまけに、いらつかせてくれるじゃないか。
正直に言うと、僕は長物があまり得意じゃない。体格にはあまり恵まれた方ではないせいで、武器に振り回されるからだ。
でも、殺し合いでそんな悠長な事はいってられない。
そのうえ、敵は迷宮深部の化け物。僕がこの一年間で駆逐してきた低級の怪物と、同じ訳がない強敵だ。
本当に、余計なリソースに裂く余力はない。
リンジュは放っておこうと、決めて。突撃してくる女郎蜘蛛に、集中した。
先ほどの一撃で、幸運にも弱点がわかった。
「勝手にしやがれ!」
僕は魂源刀を腰だめに引きずりながら、突撃する。
どうやら、砲撃にはインターバルがある。
ジグザグに、バスや柱の死角を利用しながら、全速力で敵の懐を目指す。
爆発。
砲撃の照準は的外れな方向へいった。
正面に砲口があるため、いま怪物は別の方を向いている。その隙をみて僕は、飛び乗ったバスを助走台にして、怪物の背中に飛びかかた。
「はぁああああああああああああああああああ」
八本の内一つ。股関節ごと壊すため太刀を逆手に振り上げたところで。
背後でガシャコンッと機械の動く音が聞こえた。
「しろくん避けて!」
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