第6話
この国が薔薇を愛することと魔女に寛容であることには密接な繋がりがある。
アシュヘルクは建国以来、薔薇と魔女によって護られている国だ。それは五百年前の、この国の成り立ちから話が始まる。
かつてアシュヘルクのあったこの地域は豊かな土壌の広がる平原地帯だった。そこには多くの部族や小国が点在する小国家群が築かれていたが、常に領土問題などで近隣同士で血で血を洗う戦争を繰り返していた。戦乱の時代である。その中で平原の中心に位置する国は、常に侵略と侵攻の脅威にさらされていた。
あるとき、その小国の王が、戦争を終結させるためには周辺部族と小国を統合し一つの大国を作るべきだと宣言した。国家統一戦争の始まりである。以後それは平原一帯に飛び火し、六十年近く続いた。多くの兵と民の血を流し続け、大地が真っ赤に染まるほどだったという。
統一戦争の終盤、若き王子が戦況を大きく変えた。奇抜な智謀の持ち主であると同時に、天才的な外交術の持ち主でもあったその王子は、次々に隣国を政治的な手腕による無血戦争によって統合を行ったことで、大きな余力を残したまま戦力の拡大に成功した。その後、周辺諸国への遠征において、圧倒的な軍事力の差を見せ付けることで次々と諸国を降伏させていく。
アシュヘルク王国の誕生である。
たった三年足らずという短い期間で戦争を終結させた若き王子は、後に英雄王と呼ばれ、アシュヘルクの王家一族の始まりの祖だ。そして、その王子の傍らに常に寄り添うようにしていたのが、薔薇の魔女である。圧倒的な魔力の持ち主であったその魔女は、常に王子とともに戦場にあっては、自らの手で勝利を運んだ。特に有名なのがアナルベルタの戦いだろう。敵国の軍勢一万に対して、王子の軍はわずか三千。圧倒的不利な状況を魔女は、己の魔術で戦場に小高い山を作り上げることで、勝利に転換した。突如出現した山の麓で戸惑う敵軍を、山頂から狙い撃たせたのである。頭上から降り注ぐ雨のような矢に、敵軍は見るも無残に散り散りになった。さらに、魔女は風を操り、上方から下方へ強く吹くように仕向けた。王子軍が射掛ける矢は疾風する鳥のように敵兵を貫いたが、敵兵が射掛ける矢は風の壁に阻まれ決して王子軍に届くことはなかった。
魔女は幾度となく不利な戦況をひっくり返し、ついには王子に王冠を捧げたのだった。
アシュヘルクの国境沿いに植わる薔薇は、五百年前に薔薇の魔女の植えたものだという伝説がある。他国からの侵略があったとき、薔薇の蔓は見る間に敵兵を飲み込みその棘で命を奪うという。事実、国境の薔薇は決して枯れることがなかった。国中の至る所に薔薇の伝説が今でも残っている。
建国より五百年、たびたび侵略の危機に瀕しながらも、とうとうアシュヘルクはただの一度も、他国からの侵攻を受け付けなかったのは、薔薇の魔女がこの国に残したいくつもの魔術壁のためだ。それは薔薇の檻と呼ばれ、近隣諸国への牽制と畏怖になっている。
王子と薔薇の魔女がいつ出会ったのかは定かではなく、歴史書に明記されていない。アシュヘルクの国教であるルダ教の教えでは、勝利の女神イルーザが天上から使わした聖女であるとして、聖マティシア教会の一角に聖廟が作られている。
類稀なる魔法の力で、アシュヘルクを建国するのに大きな役目を担った薔薇の魔女は、後に国王となった王子と結婚し薔薇の王妃となった。しかし、その結婚生活は長く続かなかった。二年の後国王が病で息を引き取ったのを見届けると、城を去り、以後歴史の表舞台に出てくることは二度となかった。
薔薇の魔女は、アシュヘルクの建国の立役者として、また戦争の終結者として、多くの国民に慕われ、それは現在でも強く国民の中に根付いている。
現在行われている薔薇祭りは、王子と薔薇の魔女が婚姻したことを祝った祭りが、いまだに受け継がれているのだ。
このことから第一王子の妃は、薔薇の名を冠する慣わしとなった。
蛇足ではあるが、魔女が薔薇の名を冠するようになった理由はわかっていない。彼女自身がそう名乗ったという説や、彼女の艶やかな美貌を薔薇の花にちなんだためという説、もっとも有力なのは薔薇の花をこよなく愛したからだという説がある。王城はもとより王都、さらには国中に薔薇の花が溢れかえるのは、いまだに残る国民の彼女への畏敬の気持ちの表れなのだ。
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