第50話 それぞれの想い その1
「悠人さんとデート出来るとは……弥生、感激であります、ビシッ!」
「弥生ちゃん、大袈裟だって」
「いえ、今日は私、川嶋弥生にとって記念すべき一日であります。天も私を祝福してくれるかのような青空、本当、深雪さんには感謝感謝です」
ゴールデンウイーク初日、弥生と二人きりでのデート。
旅行の後、6人の関係はこれまで以上に深くなり、何か事あるごとによく集まるようになっていた。場所は特に決まっていなかったが、自然と悠人の家か深雪の家に集まっていた。
菜々美も小鳥たちと連絡を取り合うようになり、よくマンションに顔を出すようになっていた。深雪は、悠人たちの不思議な関係を見守っているスタンスで、たまに個人的に相談話を持ちかけられたりもしていた。
その日も深雪の部屋に皆が集まり、鍋パーティーが催されていた。
そこでゴールデンウイークにどう過ごすかと言う話題になり、沙耶が悠人にデートを申し込んだことから火花が散らされた。弥生も菜々美も揃って悠人へのアピールが始まり、事態を収拾させるべく深雪が出した提案が、一人一日ずつ、交代でデートをすると言うものだった。悠人の意思はそっちのけで4人がその提案を了承、深雪の作ったくじで順番が決められた。
4日連続のデートに、最初は異議を唱えていた悠人だったが、考えて見れば彼女たちと一人ひとり、最近ゆっくりと話をしたことがなかったと感じ、デートの内容を全て自分が決めるのであれば、との条件で了承することになった。
「しかし驚きましたです。まさか悠人さんが、私とのデートのために車まで借りてくださるとは」
「車でないと、不便なとこにも行くからね」
「車でしかいけない所……わくわくてんこ盛りです」
「しかし、今日の弥生ちゃんのコスも気合入ってるね。もうイヴのダークバージョン、あるんだ」
弥生の今日の服は、黒が基調のワンピースだった。それは『
「サークルのコスプレ隊が、今日のデートの為に作ってくれましたです、ビシッ!」
「よく似合ってるよ、弥生ちゃん」
「は……はにゃ……あらたまって悠人さんからそう言われると、やっぱり照れてしまいますです……」
「はははっ……でもジェルイヴの映画、公開はいつになるのかな」
「そうですね……クオリティーもテレビ版としてはかなりのものでしたから、半端だとファンが映画館に火をつけかねませんからね……まあ気長に待つつもりですが、早くても来年の春といったところでしょうか」
「だよね。しかし驚いたよ。最終回で『え?これで終わり?』と思ってたらエンディングの後で『完結編、劇場公開決定』と来たもんだ」
「最近の流れでしょうか。人気のあるアニメは次々と映画化されていきますよね」
「仕方ないよな。人気があっても円盤の売り上げにつながらないものもある。なら動員の見込める作品は映画化して、少しでもお金を落としてもらいたいのも分かるから」
「ですね。しかし楽しみです。これで少なくとも、来年の春まで私は死ねなくなりました」
「そういう意味ではヲタクって、本当永遠に死ねないよな。三ヶ月ごとに楽しみが更新されていくから」
「全くです」
「それはそうと弥生ちゃん、最近貧血の方はどうなんだい?この前旅行で薬飲んでたけど」
「あははっ、最近はかなり落ち着いていますよ。毎日飲んでるサプリ様々です」
「いやあれは……ちょっと飲みすぎだけどな」
「前の旅行は悠人さんとご一緒で、興奮しすぎたためでありますから」
「あ、じゃあ今日もやめとこうか」
「またまたそんな……悠人さんは意地悪です」
「はははっ」
最初に車が止まった場所は、市営の運動公園だった。車を降りると悠人は弥生に、近くの更衣室で着替えるよう言った。
「悠人さん、ここでこの服とは一体……」
悠人のリクエスト通りに着替えてきた弥生は、上下ジャージ姿だった。
「うん、ちょっとここで遊ぼうと思って」
「遊ぶって……ここでですか?」
「こんなこと、弥生ちゃんとしたことなかったろ。たまには一緒に体動かしたらどうかと思ってね」
そう言って笑う悠人の手には、フリスビーが持たれていた。
「じゃあ弥生ちゃん、行くよーっ!」
初めのうちは動きもぎこちなく、肩で息をしていた弥生だったが、徐々に体を動かすことにも慣れていき、フリスビーのコツもつかんだのか、笑顔で悠人とその場を走り回った。
昼はその場で弥生が作ってきた弁当を食べ、少し休憩した後で施設内のシャワールームで汗を流した。再び着替えて車に乗り込んだ時には、もう夕暮れになっていた。
「楽しかったです、悠人さん」
「よかった。弥生ちゃんとデートって言ったら、やっぱり日本橋かなって思ったりもしたんだけど、折角一日あるんだし、何かこう……弥生ちゃんと新しいこともしてみたいって思ってね。楽しんでもらえたなら、考えたかいがあったよ」
「はい、かなり新しい発見でした。体を動かすことは嫌いじゃないのですが、元々運動音痴ですので、子供の頃はみなさんの足を引っ張ってばかりで……そのせいで自ら進んで運動することを避けてました。でも悠人さんが私のペースに合わせてくれたおかげで弥生、少し目覚めてしまったかもしれません」
「予想以上の成果だね」
「よければまた、お付き合いください」
「いいよ。よかったら夜の散歩からでも」
「はい是非是非」
車の中でアニソンを流し、ヲタク話に花を咲かせながら着いた先は、郊外にあるヨットハーバーだった。
「これはまた……大阪にこんなお洒落なところがあったんですか」
「いい所だろ。昔よく一人で来てた、お気に入りの場所なんだ」
夕焼けに染まる水面、そして海岸にはいくつものヨットがつながれていた。波が来るたびにヨットが揺れ、互いに傾きあって優しい音を奏でる。夕陽に包まれながら二人は、言葉を交わすこともなくその音に耳を傾け、海をずっとみつめていた。
陽が落ちた後、二人はヨットハーバーが見渡せるレストランでディナーを楽しんだ。ドレス姿の女性のピアノの生演奏、テーブルにキャンドルが灯され、窓の外にはヨットと広がる海の夜景。その雰囲気に弥生が酔っていた。
「……悠人さんってやっぱり……オトナなんですね……」
「いやいやいやいや、そんなたいそうな物じゃないから」
「いえいえ私、こんな所で食事するなんて、思ってもみなかったですから」
「折角のデートなんだし、たまにはいい格好したかっただけだよ」
「こんな映画のワンシーンみたいな場所で、悠人さんと二人で食事……今日の私、幸せすぎてもう死んじゃいそうです」
「いやいや弥生ちゃん、来年の春まではお互い死ねないよ」
「あ、そうでした」
「そうそう」
「あはははっ」
二人はコースの料理を楽しみながら、出会いからこれまであった出来事を思い返すように話した。
「でも弥生ちゃんとの出会いは本当、アニメでも今更ないような鉄板だったよね。まさか玄関先で、鍵を探して店開きしてる女の子にリアルで会うとは」
「お恥ずかしいですぅ……でも実は、私もあの時『おおっ、私は正に今、アニメの王道を体現しているのではないか!』と思ってました」
「で、オチが違うポケットに入ってたと」
「自分でも笑ってしまいました」
「あれからもう……二年になるんだよね」
「はい、悠人さんとこうして出会って、二年になります」
「弥生ちゃん、いつもありがとうね」
「え?何ですか急に」
「何と言うか、全部。いつも俺のことを気遣ってくれるし、ご飯を作ってくれたり遊びに来てくれたり……弥生ちゃんと会ってから俺、随分と笑うようになったから」
「そんなこと……」
「基本人と関わらない俺が、一緒に食事したりアニメ見たり……弥生ちゃんの笑顔に救われたこともいっぱいあった」
「私もです悠人さん。大学に入るまでの私は、いつも一人でした。でもそんな私が、同じ趣味を持った人たちと出会い、サークルに入りました。これまでのことを思ったら、私の大学生活は夢のようです。
そして不安だった一人暮らし、お隣に悠人さんがいました。悠人さんはいつも優しく、私を笑顔で包んでくれます。確かにお互いの趣味がきっかけではあります。でも私にとってそれは些細なことなんです。悠人さんの何気ない一言、何気ない気遣いが私を、いつも温かい気持ちにしてくれます。私は一人っ子ですが、私にとって悠人さんは、憧れの人でありお兄ちゃんのような大切な大切な存在なんです」
「弥生ちゃん……」
「悠人さんのことを『お兄ちゃん』って呼ぶ機会を、実はずっと狙ってました。でもそれは、小鳥さんの登場で企画倒れになってしまいましたが。なはっ、なははははっ」
「なんか恥ずかしいな。俺、そんなに大したことしてないのに」
「そう思えるのが、悠人さんのすごい所なんです。悠人さんは自分でも気付かないうちに、そうして周りを温かくしてくれるんです。いつまでも今の悠人さんでいて欲しいです。悠人さん、私の憧れの人でい続けてください」
「ありがとう、弥生ちゃん」
「そしていつか私と
「そこで落とす?そこでそれ?」
「はい。私はあくまでも、どこまでも弥生ですから」
「そうだね」
「あはっ」
「はははっ」
その後、二人はカラオケに行った。二時間ひたすらにアニメソングを歌いあい、そして締めに悠人が村下孝蔵の「初恋」を歌った。歌い終わったとき、弥生が潤んだ瞳で悠人を見つめ、そのまま悠人に抱きついてきた。そして小声で、
「お願いです、悠人さん……少しだけこのままで……少しだけ、私に夢を下さい……」
そう言った。弥生の甘い吐息を間近に感じる。やわらかい感触、そしてぬくもりが伝わってくる。
弥生の抱擁に驚いた悠人だったが、やがて小さくうなずき、弥生の頭を優しく撫でた。
「今日はありがとうございました」
玄関前で、弥生が笑顔で悠人に頭を下げた。
「こちらこそ。楽しい一日をありがとう」
「じゃあ明日は、菜々美さんと楽しんでくださいね。あと三日間、頑張ってください」
「弥生ちゃんは、明日からどうするんだい」
「はい、私は夏コミに向けて明日から三日間、仲間の家に泊まり込みです」
「そっか、無理しないようにね」
「ありがとうございます。悠人さんもですよ。じゃあ…………おやすみなさい!」
弥生が言葉と同時に、悠人の頬にキスをした。
「や……弥生ちゃ……」
「……おやすみなさいです……」
顔を真っ赤にしてうつむいたまま、弥生はそう言うと慌てて部屋の中に駆け込んでいった。しばらく頬をおさえてその場に立っていた悠人だったが、やがてはっとすると、
「おやすみ、弥生ちゃん」
そう言って部屋の中に入った。
部屋の中は、電気が消えていて静かだった。
「そっか、あさってまでは深雪さんの所だったな……」
深雪ルールでこの4日間は、デートするその女性以外と会ってはいけないことになっていた。そのルールにのっとり、小鳥は深雪の家に泊まっていたのだった。電気をつけるとテーブルに焼飯がラップされていて、メモに、
「悠兄ちゃんおかえりなさい。冷蔵庫に味噌汁も入ってます。もしお腹がすいたら食べてくださいね 小鳥」
そう書いてあった。
「あ……」
隣の部屋から、弥生の打ち上げる花火の音が聞こえた。悠人は小さく笑い、小鳥のメモを優しく撫でた。
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