第29話 初めてのデート その5


 地下から上がると、そこはすでに本通りだった。

 悠人の知る日本橋最短ルート。少し歩くと、すぐにフィギュアの店やDVDショップなどが目に入った。生粋の電気店やアダルト専門DVD店なども立ち並ぶが、悠人と小鳥の目には全く入らなかった。共に見えているのはアニメショップのみだった。


 まずは腹ごしらえにいつもの店と、悠人が小鳥を連れて入ったのは牛丼屋だった。

 時間短縮と経費削減にはここが一番、そう言って牛丼を食べる悠人に、小鳥も同意だった。早々に食べ終わると、いよいよショップ巡りが始まった。


 店の入口いっぱいに陳列された「食玩」の店に入ると、そこはうなぎの寝床のように真っ直ぐ縦長になっていた。その店の中には入り口同様、所狭しとフィギュアが並べられている。数百はあるフィギュアに圧倒されながらも、小鳥はお目当てのものがないかと目を輝かせながら物色を続けた。

 大型店舗では雑誌や漫画、ポスターやキャラクターグッズに興奮し、中々出ようとはしない。こういった店に初めて入った小鳥にとって、ここはひっくり返したおもちゃ箱に他ならなかった。


 裏通りに行っても小鳥の興奮は収まらない。

 入っては物色を続ける中、とあるフィギュア専門店に入ろうとした小鳥の手をつかみ、悠人が首を横に振った。


「ここはやめといた方がいいよ」


「どうして?ここフィギュアのお店でしょ。ちょっとだけ覗いてくるね」


 そう言って小鳥は一人で入っていった。悠人が店の前で煙草を吸っていると、しばらくして小鳥が血相を変え、走って店から出てきた。


「おかえり」


「な、な、な、何、このお店」


「だから言っただろ。ここは男の夢と欲望のつまった店なんだよ」


「でもあのフィギュア、む、胸も、それからその……全部見えてて、な、な、なんか……」


 みるみる内に小鳥の顔が真っ赤になっていった。悠人は笑いながら、


「喉渇いただろ、なんか飲むか」


 そう言って歩き出した。


 自動販売機で紅茶を買って小鳥に渡し、二人壁にもたれてその場で飲む。


「悠兄ちゃんは、メイド喫茶とかに入らないの?」


「メイド喫茶か……出来た頃は物珍しくて入ったんだけど、俺には向いてないみたいなんだな。女の子が話しかけてきたり、『ご主人様』なんて呼ばれるのも恥ずかしいだけで。だから俺の喫茶店はいつもここ」


「そうなんだ、残念。でもちょっと嬉しいかも」


「なんだそりゃ」


「今度小鳥が、家でメイドさんになってあげるね」


「恥ずかしいイベント、再びか?」


「サーヤも弥生さんも似合いそうだね」


「確かに……いや、そうじゃなくて」


「でもなんか、今日は楽しすぎてちょっと怖い」


「そう言やお前、結局何にも買ってないんだな」


「うん、どう言ったらいいかな……目の前に宝の山があって、どれもこれも輝いてて、一つ買ったら全部買ってしまいそうって言うか」


「分かるなその気持ち。金が捨てるほどあるんなら、店ごと買ってしまいたいっていうか……買うか買わないかの究極の選択になってしまって、結局手ぶらで帰ってしまうこと、俺もよくあるから」


「そう、そんな感じ」


「お前、生粋のヲタクになってしまったのかもしれないな」


「なんか照れるよ」


「褒めてないぞ」


「えへへへへっ」


 空を見上げると、少し雲行きが怪しくなってきていた。


「じゃあそろそろ」


「そうだね、帰ろうか」


「いや、最後にもう一軒だけ見ていこうと思うんだけど、いいか?」


「どこに行くの?」


「こっちだよ、おいで」




 着いた所は5階建てのビルだった。どうも全フロアー、同じ店舗になっているようだった。エスカレーターで最上階に行くと、小鳥が思わずため息をもらした。

 そこはヲタクの店とは思えない雰囲気だった。まるで百貨店のような趣だった。


「悠兄ちゃん、ここ何?」


「ここはドール専門店だよ」


「ドール専門店?」


 そこには女性が一度は憧れる、ドールが売られていた。

 フランス人形のような物、キャラクター物、様々なドールがショーケースに並んでいた。

 そのフロアーは特に、ドールの中でも最高級品の物が売られていた。


「ゆ……悠兄ちゃん、何なのこの値段」


 雰囲気と値段に圧倒された小鳥が、思わず小声で言った。


「すごいだろ。でもドール本体もだけど、こっちもすごいんだぞ」


 悠人がドール用の服や靴などのコーナーを指差す。


「見てみろ小鳥。この靴だけで、俺の服一式買えるぞ」


「本当だ……すごい」


「好きな物にはみんな、金をかけるんだな……しかし気持ちは分かるけど、いくらなんでもドールにブランド物を着せるってのはどうなんだ」


「値段がすごすぎてついていけないけど……でも、あのドールを見てたら分かるかな。だって本当に生きてるみたいだし、かわいいもん」


「ま、さすがにこのフロアーで俺らが買える代物はないけどな」


 しばらく見て回った後、二人は階段で下の階へと降りていった。

 下の階も同じくドールが売られていたが、そこは比較的安価な物も販売してあった。すると不思議に、小鳥がさっきの階よりもテンション高めで店内を回りだした。


「値段見て、ほっとしたかな」


 悠人がそうつぶやき、自分も店内を回っていった。


「うん……?」


 しばらく店を回りながらふと見ると、10,000円程度のコーナーで、小鳥があるドールを手にしていた。それは「魔法天使マジックエンジェルイヴ」だった。

 少し隠れて小鳥の様子を見ていると、ケースの上から食い入るように細部まで何度も見回し、値札を見ては溜息をついていた。

 そして何度かそれを繰り返した後、少し諦めきれない表情を浮かべながら、人形を元に戻した。悠人は慌ててその場を離れ、何事もなかったように小鳥と合流し、


「そろそろ帰るか」


 そう言った。小鳥は先ほどの寂しげな表情を見せることもなく、元気な笑みを浮かべて、


「うん、帰ろっか」


 そう言った。


「家まで一時間ぐらいあるけど、トイレ大丈夫か」


「うん、行っておくね」


 小鳥がトイレに入るのを見届けると、悠人はその場を離れていった。




「どこ行ってたの、悠兄ちゃん」


「悪い悪い、ちょっとな」


 トイレを済ませて待っていた小鳥の手を引き、店の外へと出る。


「降ってきたか……」


 外は小雨がぱらついていた。小鳥がコンビニでビニール傘を一本買い、


「相合傘だね」


 そう言って笑った。




「あー、楽しかったー」


 電車の中、またしても悠人の腕にしがみつき、小鳥が嬉しそうに言う。


「悠兄ちゃんとの初デート、想像してたよりもずっと楽しかった」


「何点?」


「100点!」


 小鳥が迷わずそう答えた。


「ちょっと採点、甘くないか?」


「ううん、ずっと夢見てたんだもん、悠兄ちゃんとのデート。遊園地とか動物園とか、あと海なんかも想像してた。そういうのとは違ったけど、でも今まで小鳥が考えてたどれよりも楽しかった」


「プラネタリウムと日本橋。地味なデートだったけどな」


「悠兄ちゃんはお母さんとデートしたこと、あるの?」


「どうした急に」


「ううん、なんとなく。したことあるのかなって」


「そうだな……デートと言えるかどうか分からないけど、遊園地には行ったな」


「どうだった?楽しかった?」


「ん……まぁ楽しかったよ。でも俺、次の日が大学受験だったから、正直落ち着かなかったんだけどな」


「受験の前日?」


「ああ。小百合が俺に気を使って、気分転換に連れていってくれたんだ」


「お母さんはどうだった?」


「テンション上がりまくって、走り回ってたよ」


「お母さんらしいね」


「はしゃいでるあいつを見てたら、こっちまで嬉しくなってきて……いつの間にか受験のことを忘れて遊びまくったよ。あいつ、遊びすぎて疲れたんだろうな、夜もすぐ寝ちゃってな」


「そうなんだ……」


「帰って受験のおさらいしながら、うとうとしてたんだけど、気がついたらあいつ、俺の隣で落ちてたんだ。何回声をかけても爆睡して動かなかったんだ」


「お母さんらしい……ね」


 少し小鳥の表情が硬くなった。しかし悠人は、それに気付かなかった。

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