第28話 初めてのデート その4


「ん……」


 目を覚ました悠人が、またしても違和感を感じた。

 そしてその、違和感の原因が体にまとわりついてくる。この感触は……


「うぎゃあああああああっ!」


 沙耶だった。


「な、な、な……なんでお前がここにいるんだ」


「どうしたの悠兄ちゃん!」


 悠人の叫びに、小鳥が慌てて部屋に駆け込んできた。


「え……サ、サーヤ?」


「ん……ふにゃ……」


「こ……小鳥、頼む……助けてくれ……」


「……」


 まどろみの中、またしても沙耶の顔が近付いてくる。小さな口を開け、悠人の首筋を頬張る。


「はむっ……」


「だめええええええっ!」


 小鳥が叫ぶと同時に沙耶の体を引き離した。そしてすかさず、自分の両足を悠人の首に巻きつける。プロレスの関節技「首四の字固め」の完成だった。


「ぐががが……」


 悠人が悶絶しながら小鳥の足を叩く。「ギブアップ」のアピールだった。


「朝からサーヤに抱きつかれて、しかもいやらしそうに喜んで……この、このっ!私というものがありながら!」


「ギブ……ギブギブ小鳥……」


 小鳥が足をほどくと、その場で首を押さえたまま悠人は咳こんだ。


「……お……お前なぁ……朝の目覚めにこれはきついぞ」


「だよね、悠兄ちゃんはサーヤのキスの方がいいんだもんね」


「俺は被害者だ」


「ふっ……」


 沙耶の肩が震える。


「ふふふふっ」


「サーヤ?」


「ああ、すまない。いや、お前たちのノリが余りにも面白いのでつい……な……それはともかくとして小鳥、おはようございます」


 その場にちょこんと座った沙耶が、小鳥に向かって頭をさげた。


「遊兎、おはようございます」


「え……あ、ああ……おはよう……って、違うだろそのリアクションは!」


「何を朝から騒々しい……朝と言う物はだな、もっと穏やかに、そして優雅に」


「誰のせいだ誰の」


「サーヤ、なんでここで寝てるの」


「ん……ああこれはだな……昨夜は疲れていたので早めにベッドに入ったのだが、新しいベッドと言うやつは馴染むのに時間がかかってだな……夜中に一度目が覚めた後、眠りにつけなくなってしまったのだ…………だからここに来た」


「……おい沙耶、説明はしょりすぎだ。全く分からんぞ」


「それよりなんでサーヤ、ここに入ってこれたの。鍵もないのに」


「ここの鍵なら持っているぞ」


「へ?」


「数日とはいえ共に住んでいたのだ。合鍵ぐらい持っているぞ」


「作ってやった覚えはないぞ」


「そうなのだ、それが大体気が利いていない。そういうところに気をまわしてこその男だぞ、遊兎よ」


「話が破綻してるぞ、お前」


「ようするに……サーやは寂しくなってここに来たってこと?」


 小鳥が突いてきた本質に、沙耶が真っ赤になって否定した。


「なななな、何を言っておるのだ小鳥!私はただ……新しいベッドの寝心地に慣れていないだけだ。そう……それだけだ!所有物の合鍵を持つのも、主人として当然と言っているだけのことで」


「はいはい。とりあえず朝ご飯にしよっか。サーヤも食べるでしょ」


「まて小鳥、誤解をしたまま去っていくでない」


「サーヤも手伝ってよ」


 沙耶の言い訳に聞く耳を持たず、伸びをしながら小鳥は洗面所に向かった。


「うむ……やはり肉塊よりも、恐るべしは小鳥か……」


 そうつぶやきながら沙耶も小鳥に続く。呆然としていた悠人だったが、洗面所で聞こえる二人の笑い声に苦笑しながら、煙草に火をつけた。


「今日も……騒がしくなりそうだな……」





「サーヤも一緒じゃなくて、本当によかったのかな」


「いいんじゃないか、晩飯は一緒だと言っておいたし。これもあいつなりの気の使い方なんだろう」


 悠人は小鳥と二人、地下鉄に乗っていた。

 小鳥が来てから今日まで、どこにも連れて行っていないことを気にしていた悠人は、今日一日小鳥に付き合うつもりだった。朝食の時に沙耶も誘ったのだが、沙耶は部屋の整理をするからと断っていた。


「それにしても地下鉄って……すごい音なんだね。悠兄ちゃんの声が聞こえないぐらい」


「そうだな。俺らは慣れてるから気にならないけど、よそから来た人はびっくりするのかもな」


「それで悠兄ちゃん、今日はどこに連れて行ってくれるの?」


「着いてからのお楽しみって言っただろ」


「そうだったね、えへへっ」


 小鳥は子供のようにわくわくしていた。夢にまで見た悠人とのデート。

 悠人の腕にしがみつき、小鳥が嬉しそうに笑う。その顔に、悠人も満足そうに笑った。




 電車を降り、オフィス街を10分ほど歩くと、目的地が見えてきた。


「悠兄ちゃん!」


 小鳥が大声をあげた。ドーム状の建物、プラネタリウムだった。


「ここが最初の目的地。お前、こっちに来てからずっと星が見えないって言ってただろ。だから連れてきてやろうって思ってたんだ」


「小鳥、すっごく嬉しい!悠兄ちゃん、早く行こっ!」


 悠人の手を握り、小鳥が走り出した。


「早く早く!」


「そんなに慌てなくても、ここの星は逃げないぞ」


「いいからいいから」


 小鳥に引っ張られながら、悠人も後に続いていった。




 上映時間が近付いてきた。辺りを見回すと親子連れ、カップルなどで8割ほど人が入っていた。


「結構人気あるんだね」


「最近またブームが来てるんだぞ、プラネタリウム」


「そうなんだ……星を見たい人がこんなにいるって、なんか嬉しいよね」


「だな。俺も昔は二ヶ月に一回ぐらい来てたんだけど、最近は来てなかったよ」


「一人で?」


「ああ。なんて言うのかな、一人で星空の中に溶け込んでいく感覚が好きって言うか……でも最近は、そんなことを求める気持ちすらなくなってたみたいだ」


「そうなの?」


「日々の生活に疲れてきたら、空を見上げることが少なくなっていくんだよ。昔はいつも空を見ていたはずなのに、段々と地面を見るようになっていく。意識してないと、本当に上を向かなくなっていくもんなんだよ。だから小鳥が来て、ここにまた来ようって思えたことが、俺も嬉しいんだ」


 そう言って小鳥の頭を撫でた。


「みなさんこんにちは。プラネタリウムにようこそ」


 女性のアナウンスが流れ、やがてゆっくりと照明が落ちていった。子供たちは興奮気味に声をあげる。天空が付近の町並みになり、太陽が沈むと空も暗くなっていった。

 目を瞑ってください、合図があるまでそのままでいてください、とのアナウンスに従い、二人も目を瞑った。

 しばらくして、


「ではみなさん、ゆっくりと目を開けてください」


 そうアナウンスが流れ、悠人も小鳥も目を開けた。

 歓声があがった。拍手をする者もいる。

 目を開けたその先には、輝く星々が全天に広がっていた。


「……」


 気がつくと、悠人の手を小鳥が握っていた。

 星と星をつないで星座が出来ていく。その度にその星座にまつわる神話の解説が入る。幻想的な音楽の中、悠人と小鳥は星空の中に溶け込み、一つになっていく感覚を感じていた。




「よかったね、悠兄ちゃん」


 上映が終わり、小鳥が嬉しそうに悠人に話しかける。その笑顔はある意味、ここに来てから一番穏やかで、満足な笑顔のように感じられた。

 悠人は自分と同じ感性を持っている小鳥に満足し、そして一緒に来れたことを喜んだ。

 悠人の腕に小鳥がしがみつく。しかし悠人は、そのことに何の違和感も感じなかった。むしろ自然に受け入れていた。


「じゃあ隣の科学館に行くか」


「うん!」


 腕を組んだまま、二人は科学館に入っていった。

 科学館には電気や科学にまつわる様々なものが展示されていた。自分の身長が50センチほどになる妙な鏡や、筒に手をかざすと上昇していくボール。子供のようにはしゃぐ小鳥を悠人は満足そうに見ていた。





 再び地下鉄に乗った二人。小鳥が騒音に負けじと声をあげて悠人に言った。


「悠兄ちゃん、これからどうするの?お昼もまだだし、何か食べる?」


「そうだな、飯は現地だな」


「どこに連れて行ってくれるの」


「今から行くのは俺の庭」


「分かった!」


「答えは?」


「日本橋!」


「正解」


「やった!小鳥、ずっと行ってみたかったんだ」


「立派なヲタクに成長したご褒美だよ。あんまりああいうとこ、行ったことないだろ」

「うん。グッズはいつもネットで買ってたから。楽しみだな、悠兄ちゃんと日本橋」


 そう言ってまた、小鳥は上機嫌で悠人の腕にしがみついた。

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