第19話 悠人争奪戦開始 その4


 その時インターホンがなった。小鳥がモニターを覗くと、玄関先に弥生の姿が見えた。


「弥生さんだ」


 小鳥がドアを開け、弥生を連れて戻ってきた。


「悠人さん、川嶋弥生、無事サークル打ち上げから帰還いたしました。二日ぶりであります、ビシッ!」


 そう言って弥生が敬礼をする。


「いやだから、ビシッって擬音はいらないと何度言えば」


「いやーしかしヲタ文化は奥が深いです。今回は別のサークルとの親睦会を兼ねていたのでありますが、そこにいたメンバーの子と熱く語っていく内に『ナイト・シド』の新しい魅力と方向性を発見した次第でありまして……やはりヲタも10人いれば10の見解があるものでして、それはもう新鮮で堪能できたと言うかなんと言いますか…………ん?」


 饒舌に語っていた弥生の目に、金髪のツインテール、小さな美少女の姿が入った。弥生の顔がこわばる。


「な、な、な……悠人さん、なんですかこの、絵に描いたようなツンデレ幼女は」


 警戒レベル5の面持ちで、弥生が沙耶を凝視する。


「おいエロゲーお約束メガネ女、ツンデレ幼女とはひょっとして、私のことを言っているのか」


 何故か沙耶も、臨戦態勢に入っていた。最初から毒全開である。


「ほほぅ、メガネをお約束と言うからには、それなりに素養はお持ちのようですね、このシークレットブーツ愛用者」


「ふん、貴様こそ分かっているのか無駄乳女。メガネ女は所詮、メインヒロインにはなれないのだ。よくてサブだ。死ぬまでその座に甘んじてみるか」


「ツルペタ無乳未成熟女がなにやら吠えてますね。悔しかったらその発育不良な無乳を揉んで、発育の手助けでもして差し上げましょうか」


「おいおいお前ら、なんでいきなり喧嘩腰なんだ」


「悠人さん!」

「遊兎!」


「は……はい……」


「なんですかこの、時代遅れの幼児体型放送禁止女は」


「同人誌で男の性欲のはけ口以外に役にたたないこの牛は何なんだ」


「何の潤いもない平地と化した胸を持つ乾燥砂漠女が、どうして悠人さんの家にいるのですか」




 よく分からないが、この二人はきっと過去世に出会っているんだ……そしてお互いに親の敵同士としての宿命を背負い、戦ってきたに違いない。でもなければ、初遭遇でいきなりここまで火花を散らすわけがない。


「沙耶、この人が昨日話したお隣の川嶋弥生ちゃん。大学生で沙耶の一個上の20歳だ。大学でアニメのサークルに入ってる子でな、よく家に遊びに来てくれるんだよ。弥生ちゃんが作ってくれる料理はおいしいんだぞ。

 弥生ちゃん、こっちは北條沙耶。昨日横浜から来たんだ。ネットで知り合った友達で、こっちに引越ししてくるそうなんだ。沙耶もアニメ、詳しいんだぞ。二人ともきっと、いい友達になれると……思うよ……」


 人を紹介していてこんなに緊張したのは、生まれて初めての経験だった。


「あは、あははははっ……」


 なぜか笑ってしまった。


「ほほぉ……北條沙耶とおっしゃるのですか、このランドセル調整用実験体は」


「川嶋弥生か。知っているか肉塊万年肩こり女。人の紹介において、まず最初に出る名前がその者にとって大切な存在だということを」


「リサイクルショップの叩き売りになってる洗濯板が何か言ってますね。それになんですって、横浜からわざわざこんな所に引越しですか。都落ちですか?」


「何を!」

「何ですか!」


 もう悠人には止められなかった。つい昨晩、小鳥と沙耶が取っ組み合いをした同じ場所で、今度は弥生と沙耶の取っ組み合いが始まった。


「図書委員にも遅れをとるメガネ無駄乳女が何を偉そうに!」


「今どき無乳ツンデレがはやると思ってるのですか!」


 取っ組み合いは昨晩と同じく激しいものとなった。二度目ということもあり、悠人も落ち着いた様子でまた薬箱を取りにいく。小鳥は二人の戦いをレフリングしていた。

 腕力で劣る沙耶が秒殺されるかと思っていたが、案外弥生も戦い方を知らないからか、両手を無駄に振り回しているだけで、戦いはこう着状態が続いた。そこで小鳥が割って入り、


「はいはいこれぐらいで終了。この試合は両者リングアウトの引き分け」


 そう言った。その声に悠人も間に入って二人を離すと、二人とも肩で大きく息をしていた。


「小鳥、すまんが二人の手当てしてやってくれるか」


「分かった、悠兄ちゃん」


 悠人がまたまた紅茶の用意をする。




 テーブルを囲んで四人が座っていた。いつの間にかこのテーブルで、四人もの人間が顔を突き合わすことになっている。買った時には想像もしなかったことだった。


「弥生さんもサーヤも仲良くなったね」


「どこが!」

「どこが!」


「すごい、完璧にはもったよ悠兄ちゃん。やっぱり二人とも気が合いそうだね」


「どこが!」

「どこが!」


「はははっ、ほんとだ。合ってる合ってる」


「むんっ!」


 弥生と沙耶が同時に悠人の足を蹴った。


「は……ははっ……」


「と言うわけで、改めてみんな、これからよろしくね」


 小鳥がそう言って笑った。あまりにも罪のないその笑顔に、沙耶も弥生も戦意を喪失した。悠人に至っては笑いがこみ上げてきた。


「あー、ひっどーい悠兄ちゃん。今の小鳥の話で、どこに笑う要素が入ってたのよ」


「ははははっ、いや、すまんすまん」


「ぷっ……」


「は……ははっ……」


 つられて沙耶も弥生も笑い出した。


「あははははははっ」


「ははははははっ」


「もう、サーヤと弥生さんまで」


 そう言いながら小鳥も笑い出した。いつの間にか悠人のリビングは、四人の笑いに包まれていた。





 一騒動が終わり、弥生も小鳥のオムライスを一緒に食べ、家に帰っていった。悠人が洗い物をしている間に、小鳥と沙耶は一緒に風呂に入っていた。


 悠人は、昨日帰宅した時に感じたあの寂しさの意味が、少し分かったような気持ちになっていた。小鳥が来てから、この家にはまるで太陽が昇ったような明るさ、温もりがある。

 もし今、この家に彼一人の生活が戻ってきたとしたら、それは彼にとっては何の問題もないはずだった。ただ単に元の生活に戻るだけのことだ。しかし今の悠人にとってそれは、想像しがたいものになっていた。

 今自分の中にある不思議な安息感、それを失うことはある意味考えたくないものだった。それほどこの一週間の生活が、彼にとって心地よいものになっていたのだ。


 風呂場から小鳥と沙耶の声が聞こえる。


「小鳥の乳は確かに控えめだが、形はいいぞ。遊兎はその乳に触ったことがあるのか?」


「残念ながらまだなんだよね。私も弥生さんみたいに大きい胸だったら、胸ごと悠兄ちゃんの顔面に突撃するんだけどね」


「いやいや、小鳥の乳も可愛いぞ。それに私の見立てではあの遊兎、貧乳属性に違いない」


「サーヤもそう思う?私もそう見てるんだけど」


「うむ。そして、もしそうならば、この私も女としての魅力において、あの無駄乳女に遅れをとることはないと思うのだ」


「サーヤ、少し気にしてる?」


「気にしてないと言えば嘘になるな。どうも私がお母様から受け継いだリストの中に、乳が入っていなかったようなのだ。この髪は完璧なまでに受け継いだのだが……」


「きれいな髪だよね、サーヤの髪は。ほんと、お人形さんみたいだもん」


「こ、こら小鳥、髪の話をしながらなぜ胸を触る」


「だってサーヤかわいいもん。それに胸もこうしてたら、いつか大きくなるかもしれないんだよ」


「何!それは本当か!」


「知らないの?胸って、揉まれると大きくなるって言われてるんだよ」


「それはいいことを聞いた。よし小鳥、私の胸を揉むがよい。私も小鳥の胸、揉んでやろう」


「あははは、サーヤくすぐったい」


「お前らいい加減にしろよ!」


 ドア越しに悠人が言った。顔は真っ赤になっていた。


「さっきから黙って聞いていればお前ら、嘘でも男の家の風呂で百合ワールド全開してんじゃねえよ」


「おお遊兎、よければお前も、私の胸が育つのを手伝ってくれ」


「悠兄ちゃん、小鳥の胸は悠兄ちゃんだけの物だからね。いつでも触っていいんだよ」


「お……お前ら……」


 溜息を一つつくと、悠人はあきらめて部屋に戻っていった。

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