第18話 悠人争奪戦開始 その3


 悠人が帰宅すると、すでに食事の用意が出来ていた。


 リビングでテーブルを囲んでいる小鳥と沙耶。二人は仲良く談笑していた。


「おかえりなさい、悠兄ちゃん」


「ああ、ただいま」


「遅かったではないか遊兎よ。その労働の対価として、正当な報酬をもらっているのだろうな」


「いやいや、帰って早々そんなややこしい話はやめてほしいのだが……」





 三人での食事は賑やかだった。沙耶は終始上機嫌だった。


「小鳥、お前の料理の腕はなかなかのものだな。このような物を食べるのは初めてだが、うちのメイドに勝るとも劣らぬ腕前だぞ」


「サーヤってば、お世辞うまいね」


「いや本当だ。この……なんと言ったか」


「オムライス」


「そう、オムライスだ。このケチャップソースと卵のふんわりとした食感の絶妙なバランスといい、絶品だぞ。スープもうまい」


「ありがと」


「それになんだ、初めは驚いたのだが、この料理はケチャップでメッセージを伝えるという面白みもあるのだな」


「今度は悠兄ちゃんへのメッセージ、サーヤが書いてみる?」


「本当か。お前はいいやつだな」


「しかし……」


 悠人が口を挟む。


「沙耶へのメッセージはまぁいいだろう。『サーヤ』だからな。でも俺のこれはなんなんだ」


 悠人のオムライスには『LOVE』と書かれていた。


「この年でこれを食うのは、結構ハードル高いぞ」


「いいじゃない悠兄ちゃん。新妻のオムライスだと思えば恥ずかしくないでしょ。あ、そうだ悠兄ちゃん。今度小鳥がお弁当もつくってあげようか」


「絶対紅生姜でハート作るだろ」


「あ、分かっちゃった?」


「分からいでかって、会社でそんなもん見られたらドン引きされるわ」


「ぶーっ、せっかく気合入れようと思ったのにー」


「なんだそれは、恋人が作るお約束のような物なのか」


「そうだよサーヤ、これは恋人ルートに入るためのフラグの一つなんだよ」


「こーら、変なことを吹き込むんじゃない。大体それって、昭和のラブコメだろうが」


「えへへっ」


「で沙耶、今日はどうだったんだ……と言うかお前、昼飯はどうしたんだ」


「昼か……話せば長くなるのだが」


「いやいや、たかが昼飯でそんな長くはならんだろう」


「面妖なレストランが多いのだな、この辺は」


「レストランて……この辺にそんなもんあったか?」


「うむ、イスのない日本料理には驚いたぞ」


「ああ……立ち食いソバ屋ね」


「あとはステーキと米を同じ器に入れたレストラン」


「牛丼屋か」


「見ているだけで楽しいのだが、どこに言ってもまず先に金を払えと言われるのだ」


「食券を買えと言われてるんだよ」


「それでカードを渡すのだが、これは使えないと言われるのだ」


「当たり前だ、どこの世界に立ち食いソバ屋でカード使うやつがいる」


「で、結局食べることが出来ないのだ。なにしろ私は、これまで現金を使う習慣がなかったのでな」


「お前、一文なしなのか?」


「金はあるぞ。ただ持ち歩かないのだ。途方に暮れてあちこちを放浪していた時に……」


「ミンクのコートで徘徊してたのか……」


「偶然小鳥に会ったのだ」


「え」


「そうなんだ、休憩時間に散歩してたら、公園でうなだれてるサーヤに会って。事情を聞いて、店のお弁当を一つあげたんだ」


「そうだったのか。ありがとな、小鳥」


「公園で小鳥が一緒にいてくれたのだ。木々を眺めながら食べたあの弁当は中々の美味だった」


「ちなみに親子丼しか残ってなかったから、それを食べてもらったんだけどね」


「うむ、そうだった、親子丼だ。米に卵とチキンを混ぜた不思議な料理だった。それに小鳥が持ってきてくれた熱いお茶もなかなかいいものだった。小鳥、あらためて礼を言うぞ」


「いいよお礼なんて」


「でも沙耶、お前その調子じゃこれからも大変だぞ。明日もお前一人なんだから、ちょっと金、出してやろうか?」


「いや、金は持っている。ここに来る前にお母様から通帳を渡されているからな」


「そうか……じゃあまず、明日は銀行に行って少しおろしてこいよ」


「それは大丈夫だ。銀行には今日行ってきた」


「そうか……で、家の方はどうだった?」


「うむ、決まったぞ」


「え?も、もう決めてきたのか」


「ああ、問題ない」


「問題ないってお前……大丈夫なんだろな、それって。ちゃんと調べたのか?」


「調べるも何もない。気に入った物件があったのだ、悩むこともなかろう」


「いやそうじゃなくて……確かにこの辺は良心的な物件が多いんだが……物によったら色々やばいのもあるんだぞ。出るときに死ぬほど修繕費を取られる所とか、家賃はたいしたことないけど保証金が法外とか、しかも出るとき返ってこないとか」


「なんだ家賃とは」


「なんだってお前、賃貸契約したんだろ?」


「言葉から察するにそれは、家を借りるということか?」


「そうだ。そうしたんだろ」


「質問の意味がよく分からんのだが……私が契約したのは購入に関する書類なのだが」


「購入?」


「えーっ!サーヤってば、家買っちゃったの?」


「うむ、買う以外の選択肢があるとは知らなかったが」


「ってお前、本当に家を買ったのか」


「うむ」


「やっぱりついていくんだった……」


 悠人が頭を抱えた。


「お前なあ……家を買うって、そんな簡単なことじゃないんだぞ……大体どこのどんな物件を買ったんだ。騙されてるんじゃないだろうな」


「家を買うのに騙すだのなんだのと言うのもよく分からぬが……この辺りは詐欺師の巣窟なのか?」


「いやいや、そういうことじゃなくて」


「心配ないぞ。私が望んでいた通りの物を手に入れたからな」


「ねえねえサーヤ、場所はどこなの」


「この近くだ。まぁ遊兎に出会ったおかげで叶った一人暮らしだ。折角ならこの辺りにしたかったからな」


「ちょっと待て沙耶。よく考えたらお前、買ったって言ったが、まだ決定じゃないだろ」


「さっきからお前が言ってることはよく分からぬのだが、私が今日買った物件は決定事項だぞ」


「いやいやいやいや、家の購入はそんな簡単にはいかないぞ」


「金なら払ったぞ」


「それは手付金だ。今から銀行の審査があるし、決定するには早くても三週間はかかる。大体保証人はどうしたんだ」


「そんな物はいらなかったが……それに手付金とか言ったか、それはもう全額払ったぞ」


「それと購入金は別だ。手付金というのは言ってみたら……この家を買いたいから、この金で一旦他のやつが買うのを待ってくれっていうやつなんだ」


「何?やはり遊兎、お前の言うことはよく分からん。私は金を払ったのだが」


「だから1万2万の話だろ。それでももったいない……」


「いや、1000万だ」


「え?」


「だから1000万の物件があったので、全額払ってきたのだ」


「な……なにいいいいっ!」


「す、すっごーい!サーヤ、即金で買ったの?」


「だから最初からそう言っているだろう」


「即金って……お前、ほんとに払ったのか」


「うむ。気に入らなければまた別の家を探せばいいだけのことだ。中古物件だったからな、安い買い物だったぞ」


「……お前一体、どれだけ持ってるんだ」


「ん……まあ、これぐらいの物件ならあと10件は買えると思うぞ」


「……沙耶、お前は通帳を持ち歩かないほうがいい。その金銭感覚でいくと、一瞬でその金がなくなるぞ」


「そうなのか。まぁいい、遊兎がそう言うのならばそれに従おう」


 そう言うと沙耶は、通帳と印鑑を悠人の前に出した。


「いや沙耶……だからそういう所だ。俺を信用してくれるのは嬉しいんだが、もし俺がこの金を持って消えたらどうするんだ」


「遊兎は金が必要なのか?なら遠慮せずともよい、好きなだけ使うがいいぞ」


「沙耶」


「……なんだ遊兎、怖い顔をして」


「少しは人を疑うことも覚えないと、そんなんだといつか痛い目にあってしまうぞ」


「何を怒っているのか分からないが遊兎、あまり私を見損なってもらっては困る。こんなものは所詮、経済を循環させるためのただの手段にすぎん。こんな物がなくなったところで、別にどうということはない。無論、無駄に使うつもりはない。お母様が私のために持たせてくれたものだからな。だが遊兎、私はこれでも人を見る目は持っているつもりだ。お前が私との関係を捨ててまで、こんな物に執着して持ち逃げすることなどなかろう」


「悠兄ちゃんが言いたいことも分かるけど、サーヤは悠兄ちゃんのこと、本当に信用してるんだよ」


「……」


 二人からのステレオ攻撃に悠人は、


「えーい、分かった分かった。沙耶、変なことを言ってすまなかった」


 そう言って頭を下げた。


「さっすが悠兄ちゃん、かっこいい」


「うむ、見上げた男だ」


「これのどこがかっこいいんだ」


「かっこいいよ悠兄ちゃん。中々そうやって、潔く頭を下げる男の人っていないよ」


「うむ、さすが私が見込んだだけのことはある」


「なんかよく分からんが……とにかくすまなかった。それで沙耶、本当にその家ってちゃんと買えたんだよな」


「契約書を交わしたからな。とにかく私の新しい人生のスタートだ、引越しには遊兎、お前も手伝ってくれるか」


「勿論だ」


「引越しはあさってだ。よろしく頼むぞ」

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