第11話 後輩・菜々美 その2
「悠人さん、ジェルイヴ見ました?」
菜々美が、いまだに抵抗感のある略語を無理して使う。初めて悠人に教えてもらったアニメ、ジェルイヴも今は2期に入っている。
「すごかったですよね、急展開で。イヴが堕天使のプリンセスだったなんて」
ん……デジャヴ?昨日小鳥と話した時のことを思い出し、悠人が苦笑した。いつの間にか菜々美、弥生、そして小鳥、三人と同じアニメの話で盛り上がるようになっている。
しばらくイヴについての話をしているうちに、他の作業員たちも出勤してきた。
「菜々美ちゃん、今日も朝からがんばっとるなぁ」
ひやかす作業員たち。最初の頃は顔を赤くして照れていた菜々美だが、馴れとは不思議なものでいつの間にか、
「毎日がんばってるのに本当、悠人さん冷たいんですよ。なんとか言ってくださいよ細田さんも」
と笑いながら切り返すようになっていた。
作業時間が近付き、悠人が今日の予定表に目を通していると菜々美が言った。
「あのそれで……悠人さん、今日のお昼どうされますか。私今日、少し多めにお弁当作ってきたので、よかったら一緒に食べてもらえませんか?」
「ああ、悪い……昼はちょっと用事があって出かけるんだ。20分ぐらいで戻ってくるけど」
「何かあるんですか?」
「実は週末から家に居候が住みだしててね、そいつが今日からコンビニでバイトをしてるから、ちょっと様子を見に行こうと思って」
「居候……って、お友達ですか?」
「友達って言えば……そうなるのかも知れないけど、まぁ簡単に言えば幼馴染の娘だよ」
「へぇ……娘さんですか……って、バイトしてるってことは子供じゃないですよね!」
「……ん、18歳」
「ええっ!」
昼休み、気が動転している菜々美に後で説明するからと言い残して、悠人が自転車でコンビニに向かった。こんな風に、他人を気にして行動するのは久しぶりだった。
コンビニの中に入ると、なんとも殺風景な光景が目に入った。いつもと雰囲気が違うと思いよく見ると、理由が分かった。弁当惣菜売り場が空になっていた。
「なんだこりゃ……まさか全部売れたのか?」
「悠兄ちゃん!」
振り返ると、制服姿の小鳥が立っていた。
「お疲れ様、悠兄ちゃん」
「ああお疲れ……小鳥、これってまさか売れたのか?」
「すごかったんだよ、さっきまで」
そう言って奥から山本が出てきた。
「小鳥ちゃんすごいわね。今朝駅前と近くの会社にちらしを置いてきてくれたんだけど、そうしたらお昼になるかならないか、この店始まって以来のお客さんだったんだから。みんな小鳥ちゃんに会いにきて、あっと言う間にお弁当もパンも売り切れちゃったんだよ。いい子を紹介してくれたわね、悠人くん」
小鳥が照れくさそうに笑う。思わず悠人も笑ってしまった。
「まさか、リアルで看板娘を見ることになるとは……な」
事務所に戻ると、悠人は待っていた菜々美と一緒に昼食をとった。
菜々美は色々と聞きたくてうずうずしていたが、あまりに悠人がいつもと同じ調子なので、肩透かしを食らったようになっていた。
悠人は菜々美の作ってくれた弁当を食べながら、小鳥が来たいきさつを淡々と伝えた。小鳥の親は幼馴染で、小鳥は大学合格のご褒美で奈良から大阪に遊びに来た。その小鳥は、自分にとっては我が子のように大切に思っているかわいい娘なんだと。それを聞いてほっとした菜々美が、
「そうなんですか、ちょっとほっと……いえ、何でもないです何でもないです。そうですか、悠人さんって子供が好きなんですね、そんな『男』友達の子供を自分の子供みたいって」
その言葉に一瞬悠人が言葉を詰まらせたが、そう誤解してくれている方がややこしくなくていいか、そう思って特に何も言わなかった。
「でも悠人さんが子供を好きだって分かったことが、今日一番の収穫です。私も子供、大好きなんですよ……実家に8つ下の妹がいるんですけど、もうかわいくてかわいくて……あ、じゃあ妹と同じ年なんですね、その小鳥ちゃん。妹と同じ年で同郷の子、私も一度会ってみたいです」
目をキラキラさせて菜々美はそう言うと、おもむろに携帯を取り出した。
「見てもらえますか、私の妹」
そう言って携帯を開けると、ウエディングドレスを来た菜々美が二人、左右に手を取り合って笑っている待ち受け画面が悠人の目に入った。
「これって菜々美ちゃん?」
「はい。これ、成人式の時に写真館で撮ったものなんです」
「菜々美ちゃんが二人いるけど、これって合成してるの?」
「はい、写真館の人に頼んで作ってもらったんです。どうせだから変わった感じのものにしたくって」
「ふぅん……でも菜々美ちゃんのドレス姿、きれいだね」
「このままもらってくれてもいいんですよ、悠人さん」
そう言って小さく笑いながら、菜々美が妹の写真を開いた。
「妹の卯月ちゃんです」
実家の旅館の前に立つ、和服姿の黒髪の少女。少し古風な感じのする少女だった。
「かわいい妹さんだね」
「ありがとうございます」
嬉しそうに携帯を見ている菜々美に、悠人の顔も自然にほころんだ。
その時悠人の携帯がなった。メールだった。
『時はきた カーネル』
「カーネルか」
小さくそう言うと、悠人は返信した。
『いつでもいいぞ。楽しみだ 遊兎』
「メールですか」
「うん、ネットの友達がこっちに遊びにくることになってるんだ。まだ会ったことも話したこともないんだけど、いいやつなんだよ」
「そうですか……悠人さんって、やっぱり不思議な人ですよね」
「そうかい?」
「だって会ったこともない人との出会いを楽しみにするだなんて。私ならちょっと怖いって思ってしまいます」
「……だよね。まぁこいつは気のいい若年寄だから大丈夫だけどね。まだ若い……確か19歳だったかな……なのに映画の『地獄の黙示録』が好きな変わったやつでね。ネットで喧嘩したりもしたんだけど、そのおかげでか、こいつのいい所もいっぱい知ったって感じだから。俺も楽しみなんだ、こいつと会うの」
「そうなんだ……」
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