第13話 穏やかな日々 その2
「症状は安定しているようだね。この調子なら軽い運動ぐらいは大丈夫だ」
「はい、ありがとうございました」
上着を着て、柚希は明雄に頭を下げた。
ある日曜日、柚希は桐島医院で初めての診察を受けていた。
「折角の日曜にすいませんでした。僕一人の為に病院を開けていただいて」
「気にする事はないさ。この辺りにはうちぐらいしか病院はないからね、住人が急に調子を崩したらいつも診ている。それに今日を指定したのは紅音だ。柚希くんの方こそ、折角の日曜なのによかったのかね」
「はい。診てもらった上に、今日は家にまでお邪魔させていただきます。本当すいません」
「はっはっは、君は本当に礼儀正しいな、紅音が言ってた通りだ。なに、紅音が初めて友達を家に招いたんだ。こんなに嬉しい事はない。お礼と言うなら私の方だよ、柚希くん」
「いえ、僕にとっても紅音さ……桐島さんは初めての友達なんです。だから僕も嬉しくて」
「似たもの同士……と言う訳だね。とにかくよろしく頼むよ。それで、なんだが……柚希くん、君は紅音の病気について、どこまで知っているのかな」
「あ、はい……色素の薄い体質……なんですよね」
「紅音は生まれた時は本当に真っ白な赤ん坊だった。体毛もほとんどなくて、正直長く生きられるのだろうかと心配したものだ。おかげで子供の頃はよく体調を崩して、中々同じ年頃の子供たちと一緒に遊ぶことも出来なかった。
元々素養もあったようだが、そう言った環境が紅音をどんどんと内向的な子供にしてしまった」
「……」
「しかし最近の紅音はよく笑うようになった。長年共に過ごしてきたが、あんなに楽しそうにしている紅音を見るのは初めてと言っていい。今日君と会って、その理由が分かった気がするよ。ありがとう柚希くん」
「いえ、僕の方こそ、桐島さんにお世話になりっぱなしで……それによく誤解させてしまって、泣かせてしまったこともあるんです」
「泣いた……紅音が泣いたのかね?」
明雄がその言葉に反応し、柚希に向かってそう言った。
「本当、すいません。僕も人とあまり付き合ったことがないので、桐島さんに変な誤解を与えてしまってその……泣かせてしまったこと、あります……」
「いや、すまない柚希くん、私は紅音を泣かせたことを責めている訳ではないんだ。気にしないでくれたまえ。それより……すまないが、その時の状況を詳しく聞かせてくれないかね」
「は、はい……」
柚希は、これまでに紅音が泣いた時の状況を明雄に話した。
それを明雄はうなずきながら聞き、そして時折状況を確認するように聞きなおした。
「そうか……で、柚希くん。その時の紅音を見て、気になったところはなかったかね」
「気になったところ……ですか」
「どんなことでもいいんだ。例えば……雰囲気が変わったとか、記憶が混乱してるようだとか……」
「特に……変わった様子はなかったと思います。誤解が解けたことを分かってくれると、またいつもの雰囲気に戻ってくれていたと思いますが……」
「そうか……いや、変なことを聞いてすまなかった。しかし柚希くん、君は本当に紅音にとって、大切な友達になったようだ」
「……そうでしょうか。僕自身、自分にあまり自信がないので、そんな風に考えたこともないんですけど」
「紅音は……そうだな、君には知っておいてもらった方がいいかも知れないね。
柚希くん、紅音はあの通り、内向的で人と距離を置くところがある。詳しくは言えないが、あの子は感情の起伏が激しくなると、時折記憶をなくしたり気を失ったりすることがあるんだ。色素の薄い体質であることも勿論だが、それ以上にそう言った情緒的な面から、紅音を学校にやらず、変化の少ない環境に置いているんだ。
しかし紅音は君と出会い、そうして感情の起伏を経験しているにも関わらず、安定した状態を保っている……私が思っていた以上に、紅音にとって君は大切な存在なんだろう」
「桐島さんは僕にとって……」
「紅音でいいよ。いつも通りの呼び方で言ってくれたまえ。私もその方が嬉しい」
「はい……紅音さんは僕にとっても大切な友達です。まだ出会って一ヶ月ですが、ずっと前から紅音さんとは友達だった、そんな気がしてます」
「そうか……ありがとう」
「それと先生、紅音さんには誰にも言わないって約束したんですが、先生にはお伝えしておこうと思います。実は僕……紅音さんの能力のこと、知ってます」
「それは」
「はい、初めて出会った日、僕は怪我をしてました。その怪我を紅音さんが治してくれたんです」
「……」
「紅音さんはこの能力のおかげで、気味悪がられて周りから疎外されていたと言ってました。だから僕にも黙っていて欲しいと……でも紅音さんのその能力は、本当に優しい力なんだと思ってます」
「そうか……あの能力のことも君は知って……いや、ありがとう柚希くん。今の君の言葉を聞いたら、きっと紅音も喜ぶだろう。
あの能力は医学でも説明できない不思議な物だ。初めてあの能力が発現したのはそう、コウがうちに来た時のことだ。ある日紅音が花に水をやっていたら、傷だらけの犬が庭に入ってきた。首輪はしていなかったが、どう見てもどこかで飼われていた犬だと思った」
「傷だらけ……」
「恐らくは虐待で受けた傷だと思う。傷の具合から見ると日常的に行われていたんだろう。そして捨てられて……街の人たちのものではないのは後で分かったから、どこか遠くの人がここまで来て捨てたんだと思う」
「ひどい……ですね……」
「紅音は咄嗟にコウを抱きしめた。涙をいっぱい浮かべてね。そして無意識のうちに紅音は、庭の木に手をやって、コウの傷を癒したんだ。気を失うまで……」
「……」
「私も驚いた。見る見るうちにコウの傷が癒されていくんだ。長年医者をやっているが、常識的にありえない光景だった。
紅音はその後半日ほど寝込んでしまってね、気がつくとコウを助けた記憶も曖昧になっていた。理論的にそれがどう言った現象なのか、私には説明することが出来ない。奇跡が起こった、私の娘には、奇跡を起こすことが出来るのだ……そう思ったものだ。
だが、異能の力と言う物は人に受け入れられない物なんだ。だから私は、その能力を人に悟られてはいけない、そう紅音に言い聞かせてきた。
しかし柚希くん、君は異能の力を持った紅音を受け入れてくれた……ありがとう。君になら本当に、安心して紅音を任せることが出来る、そう確信したよ」
「僕にとって紅音さんの能力は、優しい紅音さんそのものだと思っています。だからその能力も含めて、僕は紅音さんのことを大切な友達だと思っています。安心してください先生、その能力のこと、僕は絶対に他言しませんから」
「そうか……いや、本当に紅音はいい友達に出会えたようだ。今日君と話せてよかったよ」
「先生」
診察室のインターホンから、女性の声が聞こえた。給仕の晴美だった。
「まだ診察にお時間かかりますでしょうか。そろそろお昼の支度が整いますが」
「ああ、ありがとう晴美くん。診察は終わったよ。今から柚希くんと戻るから、用意して待っていてくれるかな」
「分かりました。ではお嬢様にもそうお伝えしておきます」
「じゃあ柚希くん、家に行こうか。紅音も待っているよ」
そう言って明雄が、柚希に手を差し出した。
柚希がその手を握る。
「これからもよろしく、柚希くん」
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