第6話 揺れる想い-6
小さい頃、テレビで見たマラソン選手に、驚きを感じた。車と一緒に走っていることが、強い印象を受けた。
あんなに速く走れるんだ、と思ってしまった。
それが、あたしの思い違いだと知ったのは、いつだったのだろうか。思い出せない。
それでも、あんなに速く走れるなんて、という思いは、今もある。それは、昔とは違った形になってはいるけれど。
あたしは、どこまでついていけるだろう。
居づらい部室の雰囲気も、ウォーミングアップの時間も、辛かった。それでも、走り始めると、川井先輩の視線も気にならなくなった。小早川先輩も、相変わらず笑顔で接してくれていた。その笑顔も忘れることができた。ただ、トラックを周回することに専念できた。それが、中嶋先輩の推薦に応えることだと心に命じた。
今朝は曇っていた。涼しいくらいで、ちょうどいいと思って競技場に来ると晴れ渡った。気分はいいけど、体調に不安があった。
もし、バテたら、という気持ちが離れなかった。
前みたいに、完走できなかったら、申し訳ない。
それは、中嶋先輩にはもちろんだったけど、やっぱり、小早川先輩にも負い目があった。受験生が引退のギリギリまで努力しているところに割り込んでしまった、その責任がある。完走だけはしたかった。
ピッチが上がる。ついていくのが精一杯。それでも、ついていく。ついていくしかない。
待ち合わせの遙ちゃんが見当たらなくて、そのまま一人で更衣室で着替えて、トラックに出た。この間の競技場より観客席は小さくて、周りを森が包んでいる。その雰囲気に、少し落ち着いた。観客が少ないのも安心できた。このくらいの大会なら、小早川先輩も許してくれるだろうと思った。
ほっとして、遙ちゃんやその他のみんなを探した。
ふと、見慣れた後ろ姿。中嶋先輩だ。アップを済ませた様子で、タオルを首に巻いて、誰かと話している。誰だろうと覗き込むように回り込むと、知らない女の子だった。トレーニングウェア姿で、ショートカットの髪にバンダナをしている。選手のようだった。城西、というゼッケンが見えた。
城西中学?
不審に思って見つめていると、ぽんと肩を叩かれた。振り返ると遙ちゃんがいた。
「恵理奈ぁ、ごめん、遅くなって」
あたしは首を振って、応えた。でも、目線はすぐに先輩を追った。遙ちゃんは、覗き込みながら、あたしの視線の先を見た。
「あれぇ?先輩じゃない?」
「…うん、そう」
「なんか、親しそうね」
「…うん」
「あぁ、あれ、先輩の彼女じゃない」
「彼女?」
「そう。他の学校に彼女がいるんだって、聞いた事あるよ」
「ホント?」
「ん。城…西…、城西中だったのかぁ。かぁいい人ね」
「…うん」
知らなかった。
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