第5話 揺れる想い-5
前走者が少しふらついている。バランスを崩している。抜けるかもしれない。思い切って仕掛けてみる。抜けない。コーナーに差し掛かってしまって抜けなかった。それ以上に、警戒されてしまった。とりあえず、ついて行こう。離されないでおこう。
走るのなんて、嫌いだった。
幼稚園の頃から、ずっと。
だけど、陸上部に入ってしまった。あの時、中嶋先輩の姿を見てしまったから。
入学してどの部に入ろうかと悩んでいた。同じ小学校だったさおりちゃんは、バスケ部に入った。運動が大の苦手のあたしは、文化部に入ろうと思っていた。掲示板に貼られた新入部員募集のポスターを見ながら、ふとグラウンドに目を向けると、賑やかな部活の様子が見えた。どこかのマネージャーでもいいな、と思って眺めていた。騒がしい校庭の隅を淡々と走る姿が目に入った。サッカー部やバレーボール部の賑やかさとは別世界の中を黙々と走っている姿に惹きつけられてしまった。
それが理由で陸上部に行ってしまった。マネージャーになりたいと言う前に、選手にされてしまった。ろくにスポーツをしたことのないあたしにとっては、辛かった。ウォーミングアップのランニングでへばってしまっていた。そんなあたしを、いつも励ましてくれていたのが、中嶋先輩だった。あたしは素直に先輩の言うことに頷いていた。そうしているだけで、満足だった。
先輩は長距離を専門にしていた。あたしも、長距離をやってみようか、と思ったけれど、自信がなかったので中距離にした。そのまま、何ヵ月も、ただ先輩の影を追って走ってきた。走れるようになった。
走るのは、嫌いでなくなった。
いつも先輩は走っている。校内でも、校外でも。あたしは、トラックを回りながら、先輩の姿をイメージしていた。先輩を追っていた。
いつの間にか、あたしはランナーになっていた。
それでも、川井先輩の目は冷たかった。そう感じただけかもしれない。この一週間ほどの間、ずっと川井先輩の視線を感じていた。中嶋先輩の激励を受けるたびに、見られているような意識がどこかにあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます