第2話 揺れる想い-2
「今回の試合に、桜井さんをエントリーしてみたら」
中嶋先輩の言葉に一瞬部室は、しん、となった。
「あたし…ですか?」
恐る恐る訊ねると、しっかりと先輩は頷いた。
「うん。最近調子いいみたいだし。どうだろ、みんな」
しん、としたまま、誰も何も言わない。それもそのはず。この前の試合で、あたしは、完走できなかった。
それは突然の代役だった。大会にエントリーしてた小早川先輩が練習中に足首を痛めしまった。その代わりに抜擢されてしまった。正確には、あたししか中距離を専門にしている選手がいなかっただけだった。一年生で急遽、大会に出されたあたしは、舞い上がってしまった。今日のように、空が青いこともわかっていなかった。ただ、天と地があって、辛うじて立っているだけだった。
号砲が鳴って、押し退けられて、よろめいた時点で、もう、最下位だった。そのまま必死で追い上げて、二つ三つ順位を上げたのは、何周目だったのだろう。その時にはスタミナを使い果たしていた。後は、ずるずると後退して、結局完走できなかった。ふらふらになって、トラックの外に出て動けなくなった。
そのあたしを推薦するなんて。
「中嶋君の言うことだし、まぁ、いいけどね」
女子キャプテンの川井先輩が渋々という風で頷いた。ただ、視線は冷やかだった。周りのみんなも、特に意見を言わなかった。
周回中に順位を上げるのは難しい。少しでも離されまいとピッチを上げる。完走できなくても、もう、いい。それよりも、ただ、前へ。
おどおどと何も言えないまま立ち尽くしていると中嶋先輩は優しく言った。
「こないだは突然だったから、調整が上手くいかなかっただけさ。最近、見てると悪くないし、コンディションを整えれば、大丈夫。きっと」
その言葉にみんな顔を見合わせながら頷いた。そう、一応は納得してくれた。
そのままあたしは選手になった。一年生なのに。
「頑張れよ」
いつものように優しく激励してくれた。
あたしは、辛うじて、救われた気分だった。
選手に選ばれてからも、中嶋先輩は懇切丁寧に指導してくれた。あたしのフォームの悪いところを指摘してくれた。矯正にも協力してくれた。それで、タイムを上げることもできた。自信もついた。
それよりも先輩が側にいてくれたことが嬉しかった。
思い切ってアウトコースを取る。一人抜ける。気合を入れて、かわす。抜けた。前へ。
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