白景 -2

 ゴーグルをしていても少し眩しいほどの光がゲレンデを白く浮かびあがらせている。さすが白馬の雪。スケーティングをしていても歩くたびにキュッキュッと雪が鳴く。表面は程よくサックリと柔らかく、そのすぐ下の層はぐっと締まっていて、歩を進めるだけでその滑走感が足裏に感じられるようだ。

 やはりここは白馬の地、しかもそのメッカと言われる白馬八方尾根スキー場だけあって、遠く続くピステンのあとも枯山水の庭園を彷彿とさせる。まだ人気もまばら、と言うよりゲレンデが広大すぎて、ほぼ他の滑走者と出会わない。あちらに数人こちらに一人といった様子で頭上を行くリフトはほとんど人を乗せていなかった。

「ここのコースで足慣らししようよ!」

 アキが快活にストックを挙げて言う。皆さすがと言うか長野育ちだけあって、気持ち良さそうにアキの言ったコースを滑り始める。

「ここは大丈夫だけど、八方は意外と斜度あるから疲れたら早めに言ってよ。雪が良すぎて斜度感じないからいい意味で危険だよ。」

 靖之が満面の笑みで言う。なるほど、「いい意味で危険か。」と独り言を言うと和人もその雪面を駆け下りた。

 眼前に広がる雪面は、先ほどのスケーティングをしていた時の感触を少しも裏切らず、尚それ以上の滑走感、爽快感が全身を支配する。これは靖之が言うように疲労感を感じぬまま滑りすぎてしまいそうだ。

 前を行くユキが軽々とした雪を舞い上げる。和人の性格からして安全面を考えてそれなりの距離を開けて滑っているが、その雪は和人が通るまで空中を無垢なオーロラのようにただよっている。逆光がそれを照らし、ただの一本を滑っただけで別天地に来たような気持ちになった。

「ここすごいな!」

 興奮気味に和人が言うと、

「でしょ? みんなに来てもらってうれしい!」

 とアキが両腕を掲げて言う。

「いつも雪の難しいところで滑ってるから余計だよ。」

 史也が続けて言う。まだ一本しか滑っていないが、世界的にも有数の雪質とも称される白馬の雪の素晴らしさを身体全体に感じられる。先ほど靖之に言われた「いい意味で危険」の意味を早くも実感していた。


 アキの先導でリフトを乗り継ぎ、標高の高いゲレンデに向かう。

 ここ白馬八方はかなり歴史のあるスキー場であるが故、和人のような不慣れな者には気難しい表情を見せる場面も多い。スノーボードが誕生するはるか以前の設計で、リフト間の乗り継ぎは斜面をトラバースするところも多く、スノーボードのスケーティングではなかなかの難しさがある。ところどころ靖之がストックを差し出して引っ張ってくれるものの皆に迷惑がかからないか心配になる。靖之はもちろん、アキ、ユキ、みゆきも幼少のころからのスキーの手練れで、移動手段としてその歴史の始まったスキーはスノーボードよりも格段の機動力がある。史也はスノーボーダーだが、検定で一発加点合格のインストラクターともなると、和人のような苦労は微塵も感じさせない。

 ただ、皆は和人が考えているようなことは杞憂かと思えるほど楽しんでいる。アキはユキ、みゆきのフォローをし、靖之は和人を、史也は皆をサポートしているようだ。

「なるほど、役割分担だな。」

 いつかはわからないが、人を連れてスノースポーツに来ることが近い未来にあるとしたら、その時は自分の役割をしっかりこなそうと独り言ちた。

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