白景-1

「結構すべるねえ。」

 靖之は愛車のFR車を巧みに操り、ほぼ一面真っ白な道を疾走している。

「まっすぐ走ってる分にはいいけど、難所は街に入ってからだね。」

 “難所”とは言いながらもその口調には余裕が伺える。今日目指しているゲレンデはあの長野オリンピックの舞台となり、基礎スキーヤーの聖地と呼ばれている白馬八方尾根スキー場だ。まさかスノーボードを始めて数年で白馬の地を踏むとは考えていなかったが、アキの誘いで一泊二日の白馬旅行となった。和人の少ないスキー歴ではまさかウィンタースポーツをメインとして友人同士で旅行に行くなど思いもしなかったが、史也や靖之にとっては年に数回の遠征は楽しみのようだ。年に何十回も滑る二人だが、やはり遠出はまれで、数を滑りたい分近場をメインとしているようだ。

「八方は雪質も整備もいいから楽しみだな。」

 靖之は運転に集中しながらも、ゲレンデが近づくごとに表情が緩んできている。史也も助手席から身をのりだして和人の方に振り向くと、

「広いからあまり斜度感じなくて上手くなったと勘違いするぐらい雪質いいぞ。でも疲れやすいから気をつけろよ。」

 と忠告をしながらも声のトーンが一段と高い。


 気がつくと白馬の真っ白な山並みがどんどん大きくなってくる。

「今日は“うさぎ平”も攻めるぞ。」

 なんと“うさぎ平”とは良い名前のコースがあるものだ。モーグルの好きな靖之が言うのだから少し嫌な予感がしないでもないが、和人は聞かずにはいられなかった。

「“うさぎ平”ってどんなコースなんだ? 俺でも滑れるかな?」

「モーグル公認コースだからコブだらけで斜度ありあり。」

 史也が和人を揶揄おうと続ける。

「和人じゃ、サイドスリップで降りるようだな。」

 笑いながら言うが、そのまま信じてしまうと“うさぎ平”に付き合ってもらえなくなりそうなので、あわてて靖之が言う。

「少し斜度はあるけど、並行して広くて整備してあるバーンあるから和人でもぜんぜんいけるよ。」

「なんだ脅かすなよ。」

 和人は少し安心したが、どうやら一番安心したのは靖之だったようだ。


 白馬八方尾根スキー場の大きさは和人がホームゲレンデとしているノニエルの数倍もあり、駐車場もいくつもあるそうだ。アキ達と合流する駐車場の位置を確認するため電話している史也もなかなか場所がつかめないらしく、一度コンビニに停車して靖之と電話を変わる。白馬に詳しい靖之は事もなげに会話をすると、携帯を史也に戻すと走り始めた。

「この辺の小学生は学校から帰ってきてランドセル玄関に投げると、スキーを履いてゲレンデまで行ってたよ。」

 靖之が言う。

「それ見た時は、白馬に来たんだなあ。と思ったよ。今やってるかはわからないけどね。」

 なるほど、道路に十分な雪があってあまり斜度が無ければスキーの方が移動には向いているかも知れない。そんな雪が生活に密着した生活をしていれば、この地からウィンタースポーツの名選手が数々と生み出されるのは不思議ではない。


 待ち合わせの駐車場に入っていくとまだアキ達の姿は見えない。

「さすがに疲れたろう、おつかれさん。」

 和人は靖之に礼を言うと後部座席のクーラーボックスから缶コーヒーを手渡した。

「やっぱ、この車でこれだけ雪あると神経つかうね。」

 コーヒーを一口飲むと靖之は言った。いつも靖之か史也の運転でゲレンデまで連れて来てもらってばかりだが、二人とも「スノーボードも上達段階で帰りは疲労もたまるし、雪道は慣れに負うところが大きいから、今のうちは役割分担で出来る人が運転するのでいい。」と言ってくれる。いい歳をして二人には甘えてばかりだが、ことウィンタースポーツとなると二人とも面倒見がいい。

「おっ! 来たぞ」

 史也が言う方を見るとアキ達を乗せた車が駐車場に入って来た。


「ユキです。」

「みゆきです。」

 なんとアキの友人は、ユキとみゆき。三人並ぶとアキユキミユキとなる。

「面白いでしょ。私ユキはお父さんが雪が好きだからユキ。みゆきはおじいちゃんが雪のように美しくなるようにって美雪。この辺の名前らしいでしょ。」

 と笑顔でユキが教えてくれる。三人は同級生で地元ではよく遊んでいるようだが、三人でスキーに来るのはひさしぶりだと言う。

「職場の人とかとは滑りに来るけど、なんか久しぶりだよねえ。」

 みゆきが続ける。和人と史也とアキ以外は初対面だが、やはり広大なゲレンデを目の前にした高揚感からか皆すぐ打ち解けなごやかな雰囲気だ。

「早く滑ろうよ。」

 アキが嬉しそうに言うのでそれぞれ滑りだす準備に取り掛かった。とは言ってもアキ達は家からそう遠くでは無いのでウエアを着て来ているし、和人達は駐車場に着くなりいつもの流れでほぼ準備は終わっている。和人はこのウィンタースポーツに小慣れた仲間に、自分が入っていることが嬉しく、頬がゆるむのを隠せなかった。

「かわいい子でもいたか?」

 史也がそれを見て揶揄うが、言われてみれば往年のスキーの名映画のようなシチュエーションに高揚感も覚えている。ただしあの映画の主役はスキーのだった。

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