遭逢 -2
なるほど、アキはスキー一級所持者とあっていわゆる“雪慣れ”“スピード慣れ”しているようである。和人が散々苦労したつま先側のターンの導入も存外スムーズに出来ているようだ。
「アキは上手いね。さすがだよ。」
和人が言うと、
「和人なんかより相当勘がいいよ。」
史也は悪気が無いことの方が多いようだが、時々和人の気持ちに障ることを言う。もともと悔しいだとか負けず嫌いだとかいったことは今まで生きてきた中でほとんど無いが、他人に軽んじられるのは人一倍どころか数十倍も嫌いな和人にとって、こういった発言は非常に気分がすぐれない。
ただ、ことスノーボードに関して言えば、史也のこういった発言に起因する怒りとも言えるパワーは、「思い切り」を発揮する点では必要なこともあった。以前「そんなことも出来ないのか」と史也に言われた時には、奮起の材料になり、ある壁を超えられたこともある。常に落下し続けるスピードスポーツにはそういった「思い切り」も必要なのだとその時に気付いたのだった。
石橋を叩きすぎて割ってしまうような性格の和人も理屈抜きのそういった「思い切り」の良さを活かせることが出来たのだった。それは無謀とも違うものであって、理性的な中での「思い切り」でないと怪我や事故につながる恐れもあると、のちに自らを客観視した時に感じたのだった。
「リフト乗ろうよー。」
満面の笑みを浮かべ、アキはもうすでにBリフト乗り場へスケーティングをはじめている。
二人乗りリフトに先行は史也とアキ、次に和人。
このBリフトはスピードも落としてくれてあり、乗り場降り場共にとても整備が行き届いていて乗り降りが格段にし易い。少ない経験の中ではあるが、今まで行ったことのあるどのスキー場よりもリフト乗降の難易度は低かった。それはノニエルのリフト全般にも言える。リフト乗降場(あとで知ったがステージと呼んでいるらしい)が少しでも荒れると、リフト係のみなさんが大きなノコギリ刃のような先端のスコップなどで均し、凹みがあれば雪を盛ってくれる。気温の低い日には凍ったステージに刻みをつけて、足がかりをつけやすくしてくれている。降雪量の少ないことも良い方向に作用して、降り場の斜度もかなり緩やかだ。
シーズン始めシーズン終わりに行くスキー場で、降り場の斜度がキツいことに閉口した和人は、靖之にその理由を少し困り顔で聞いたことがある。「雪の多いゲレンデだとハイシーズンにたくさん積もるから、降り場の場所を高くしておかないと埋まっちゃうんだよ。それでオフシーズンは雪が少ないから傾斜がついちゃうんだよね。」靖之の説明はシンプルかつ的確だったが、まだまだ初級者の和人には「これも修行か」と思う反面、常に降り場での恐怖心が付きまとった。
「ここ降りやすいねえ。」
思った通りアキもそれを感じているらしく明るい声が聞こえる。降り場に近づくと見知った顔のリフト係のおじさんが、
「お兄さんだいぶ上手になったねえ。」
とにこやかに声をかけてくれる。
「いやいや、そんなことないですよ。」
本気で言うが、
「毎週見てるけど、来るたびに上達してるよ。」
と言ってくれるのが本当に嬉しい。逆に言えばBリフトの降り場がそれだけ綺麗に整備されていて降り易いと言うことである。
その反面スキー場をスキー場たらしめているゲレンデの整備と言う点では常に段差やうねり、人工降雪の降らせっぱなしの山など、滑り易いとは言い難い。降雪量の少なさ、雪質、人工雪などゲレンデ整備を難しくする要因も多々あるのかも知れないが、ここほど滑りづらいところは見たことがない。
以前、とあるスキー場で整備と降雪の仕事をしていたと言う靖之の師匠筋の方が滑りに来た時に、似たような疑問を仲間内で話しているのを側で聞いていたが「そんなこと言ったら軽井沢なんて99パーセント人工雪なのにあんなに綺麗に整備してあるんだな。経営陣の考えもあるだろうし、これ以上は雪質による整備のしやすさ難しさについて言わないが、経験として毎日の積み重ねがあると無いで変わるんだよ。おれの居たところはここみたいに人気無いから、閑散期は土日しか開けなかったこともあるけど、それでもお客さん来ない日でも毎日整備してたよ。実は整備しないと雪も減っちゃうしね。」少しいたずらっぽい笑顔でそんな話をしていた。
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