洞見 -1

 レンタルスキー兼コテージの管理人の仕事は大変である。まずは早朝の雪掻き。レンタル用品の調整、貸出。レンタル棟、コテージ、トイレ、駐車場等の掃除。宿泊客の案内。レンタル用品の返却処理、破損用具の修理。宿泊客、レンタル客の観光案内。除雪機等備品保守管理修理。その合間を縫って炊事、洗濯、シャワー、消耗品備品食材買い出しなどなど。

 雪が多く降り続いている時などは、未明のうちから雪掻きを始める。宿泊客の出発や早朝のレンタル客に間に合わせる為だ。繁忙期はレンタル客も夜中にやって来ることも多く、ようやく寝入ったところで起こされることもしばしば。貸出の際にはお客さんのブーツのサイズにビンディングを合わせ、ゆるみが無いかを確認する。レンタル用品の種類も多くセット価格や割引価格など価格設定を把握するのも大変だ。昼ごろにレンタル客の客足が途絶える頃にやっと昼食を摂る。朝食は頃合いをみて摂るため、繁忙期では食べないことも珍しくない。各所掃除を終えたころには、レンタルの返却のピークがやってくる。返却品を乾燥室に入れている頃にコテージのチェックイン客がやってきたり、近隣温泉施設食事施設を訪ねに来たりする客も多い。路面も凍結する時間でスタックした客の車を押すこともたびたび。洗濯や買い出しは比較的客の少ない平日に出来るが、忙しい時に限って除雪機が故障する。

 管理人岳野さんの一日は乱暴に言ってしまえばこんな様子だ。二十四時間一人体制ともなると、繁忙期に諸星オーナーが他の要件で来られない場合などは、史也や靖之が手伝うのも頷ける。



 今日は二月二十四日。年が明けてからも、藤沢は相変わらず週末の酒飲み要員としてコテージに顔を出している。ただ初めて来た時と違うのは、史也や靖之が滑りに行っている間もゲレンデには行かず、岳野さんの手伝いをしながら馬鹿話をして過ごしているということだ。

 二週前の二月の三連休の忙しさが嘘のように今週は客足も少ない。岳野さんによると、今年は記録的暖冬で雪が少ないことが影響しているらしい。毎週のように顔を突き合わせて食事の準備をしたりテレビを見たりしていると、大分気心が知れてくる。今日も昼前から二人してソファーに横になり、テレビに映し出されている画面を見、まるで中身の無い会話をしながら、居眠り半分で店番をしている状態である。

 他にも状況が変わったことがある。なんと史也がAJSB(全日本スノーボード協会)のバッジテスト一級に合格して、インストラクターの受講資格を得たのだった。去年、史也が二級を受けた時に岳野さんも一緒に受験して大幅加点で合格していた。しかし、実は以前二級を所持していたが、会費を払い忘れて失効していたので再受験したというなんとも岳野さんらしい話らしかった。「先越されちゃったね。」などと言っていたが、史也に言わせると岳野さんの滑りはその辺のインストラクターでは太刀打ち出来ない滑りだと言うことだ。

 年は同じで岳野さんが学年一つ上だがスノーボード歴は長く、AJSB(全日本スノーボード協会)のテクニカル選手権複数回優勝の伝説のライダー、芦沢紀雄氏のスクールで数年間習っていたというのだから驚く。テクニカル選手権と言うのはいわゆる技術系の大会で、インストラクターなどの教育に携わる人々が目指す大会らしい。ここ数か月岳野さんに教えてもらって藤沢もいくらかスキー、スノーボードに詳しくなったが、ごく簡単に言うと滑りの綺麗さを競う大会らしい。岳野さんは“いかにスピードを殺さずに効率よくターンし、適切な運動をダイナミックに見せるか”を競う競技だと教えてくれたりもしたが、全く滑らない藤沢には言葉は理解できても適切な運動が何なのかなどはわかりもしなかった。

「今日はラーメンにしようか。」

 今日は二人ともすっかりだらけていて、米を炊くのを忘れていたのでラーメンにすることにした。

 丁度二月に入った頃に、靖之が大量の乾麺のラーメンと比内地鶏のスープの業務用ボトルを持って来てくれたので重宝している。どうも靖之の同僚の実家が食品問屋らしく、ときどきレトルトカレーなどを大量に安く買ってきてくれたりするのが助かる。この乾麺は鍋の締めに入れるのがすこぶる美味い。もういい加減酔っているのにも関わらずするすると食が進んでしまう。ちょっと比内地鶏のスープを足すのもなかなか乙だ。

 昼食をラーメンにするとなると具材が無いと寂しい。岳野さんが諸星オーナーが自宅の畑から持ってきてくれたネギを切りはじめると、藤沢は鍋に水を張りゆで卵を作り始める。

「チャーシュー無いね。」

 などと笑っていると豚ロースのスライスを冷凍していたのを思い出した。醤油と砂糖と、少しもったいないが純米酒を入れて、ちょっとチャーシュー風に甘辛く煮詰めてみる。仕上げにはこれまた靖之がもらってきてくれたピリ辛キノコの瓶詰があるからそれを載せてみよう。先週手巻き寿司をやった残りの海苔もあるから使ってみよう。男の料理だがなかなか美味くなりそうだ。

 忙しい日ならいつ客が来るかもわからないので二人で先に食べてしまうことも多いが、今日はどう考えても客足が少ない。ラーメンを茹でるのにそれほど時間もかからないので二人が帰ってくるのを待って食事にすることにした。

 まな板や包丁、使わない食器類を岳野さんが洗ってくれいている間に、藤沢は残った食材を冷蔵庫に仕舞いながら冷蔵庫内を物色する。岳野さんが平日のおかずにしているキムチの残りを見つけると、サーバーから生ビールを注ぎ応接に座った。

「缶詰もあるよ。」

 と岳野さんが教えてくれるが、ラーメンが待っているのでつまみはキムチだけにしておいた。これで岳野さんも酒に強ければ昼から盛り上がって楽しいのだが、幸か不幸か岳野さんはほとんど酒が飲めない。いくらリゾートとは言え、二人して昼間から出来上がってしまったら営業にならないかも知れない。

 洗い物を終え、湯呑に急須から茶を入れて向かいに腰を下ろすと、

「今年は雪が無いから、早めにレンタル締めるかも知れないんだよね。」

 と苦笑いしながら岳野さんが言った。どうやらノニエル水上のナイター営業期間も短縮するらしく、客足も無いのにレンタルをオープンしているのも無駄だということらしい。ということは、岳野さんも今シーズンのここでのスタッフ業務は残り少ないということだ。折角仲良くなってゲレンデに行かない昼の時間もお互い楽しく過ごせていたのに非常に残念だ。

 必然的に藤沢も昼の時間をゲレンデのレストランで過ごすか、週末を地元で過ごすかということになる。藤沢にしてみれば、冬場の“一人取り残されたような感じ”から一転した今シーズンのことを考えると、ここに来ない週末を考えると寂しい。かと言って、またビデオの撮影をしながら待つのも待ち疲れがしそうだ。そんなことを考えていると小気味の良いエンジン音と共に史也と靖之がゲレンデから帰って来た。

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