端緒 -2
あとで聞いたのだが、コテージにはレンタルスキーが併設されてあって、そこが忙しくなるとオーナーさんが来るらしい。レンタル兼コテージの受付では常時管理人がいて雑事を取り仕切っているとのこともわかった。
オーナーと言う方はとにかく豪快で酒も強く、靖之も史也もあんなに酒が強くて地力のある人は見たことがないと口をそろえて言う。どうやら相当の資産家らしいが、そのへんはだれも詳しく知らないようだ。だが、かなり面倒見が良く、レンタル棟の応接スペースに客を呼んでは常連客皆で酒盛りをしているとのことだ。この間のジビエなどの話はどうやらこのへんの話から出たようだった。
ともかく、そこで地酒を飲みながら常連客同士で鍋をつつくというのが楽しみだというから藤沢も行ってみたくて仕方がない。例年、靖之と史也がゲレンデに行ってしまうと、藤沢の飲みの相手も冬場は激減してしまう。地元の気心のしれたBARに行けば、バーテンダーとも常連客とも飲み交わすことができるので冬場はもっぱらそんな形か、日曜の夜に雪山から帰ってきた連中と騒ぐこともできるのだが、なんとも一人置いて行かれた感は否めない。この場合置いて行かれたと言うよりは取り残されたとでも言った方がいいだろうか? いずれにせよ、そんな魅力的な酒と肴と飲み仲間をみすみす逃す手は無い。しかも、時折女の子達も客として来ると言う。男としてはそのあたりは大きな動機となるのも当然だろう、と、自分に言い訳をしてみる。季節はまだ秋だが、二人はもう軽井沢のスキー場に繰り出して“シーズンインの足慣らし”をしているようだ。今シーズンには是非そのコテージに行ってみよう。スキーは学生時代にやっていたが年一回のボーゲンでスノーボードはまったくの未経験だから、もし気が向いたら数年ぶりのスキーでもやってみようか? それより何より、夜の酒盛りが楽しみで仕方が無い。
善は急げだ。すぐさま靖之にメールすると早速レスが返ってきた。いつもは遅いのだがこんな時は早いのが助かる。
❘ ノニエル水上が開いたら行くから、そのころか年末がいいんじゃない? ❘
ノニエル水上と言うのは、群馬県北部みなかみ町にあるインターからほど近いスキー場のことである。藤沢も学生時代に靖之に連れられて二度ほど行ったことがある。当時靖之は誘ってはくれるもののスキーは全く教えてくれなかったので、藤沢はいまだにボーゲン一辺倒なのである。確かノニエルはインターから3kmほどとかなり近かった覚えがある。当時はこんなところにスキー場があるのかと驚いた記憶がある。だからこそ靖之と史也は数がこなせる近場のノニエルに通っているのだろう。
「早く雪が降らないかなあ。」
普段は、寒くて物寂しい冬はなんだか好きになれなかったが、こうなっては事情が違う。自分でもおかしくて笑ってしまうが、勝手に独り言が口をついて出てきた。しかも藤沢は特にゲレンデで滑るでもなく、酒盛りのために行くというのに雪を心待ちにしているのだ。あれだけ「寒くて面倒くさくて痛いから、スキーはそこそこでいいよ。」と言っていたことを考えると、史也も靖之も藤沢の口からそんな言葉が出てきたと知ったら驚くに違いない。そんなことを考えて一人笑っていると、メールが来たようだ。
❘ ホントにコテージに行くのか?! ❘
靖之からのメールかと思ったが史也からだった。どうやら靖之が史也に早速メールしたらしく思った通りの反応だった。酒飲み要員で行く旨レスすると、
❘ ま、それがいいかもな。ゲレンデも開いたばかりだと雪もいまいちだし。❘
なるほど、それも一理ある。さすが毎年何十回も滑りに行っているだけのことはある。酒盛りに山に行って、無駄にあがったテンションで滑ってケガでもしたら笑いごとでは済まされないし、なにせみっともない。
藤沢には自尊心が強いところがあって、他者から軽んじられることはあまり好きではなく、「素人が急に滑ったりするから怪我をするんだ。」などと言われでもしたら非常に気分を害するに違いない。
ただし今は楽しみの方が頭の大部分を占めていてなんだかとても気分が良い。日が陰ると肌寒く感じる季節になってきてはいるが、今日は一杯目のビールがさぞかし旨いに違いない。そのあとは今日はちょっといい酒を奮発して、少し燗をつけて温まろう。向かいのうちからもらった富山土産の黒造りがあるからつまみもいいものがある。黒造りと言うのは富山県の名産で、イカの身に墨を入れて塩辛にこしらえたもので、すこぶる酒との相性が良い。通常のイカの塩辛に比べると墨の旨味が加わって、その真っ黒な見た目とは少し違ったふくらみのある味わいがたまらない。
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