「詩歌!!」


 詩歌がはっと我にかえると健がすぐ目の前で覗き込むようにみていた。


「きゃっ! 近い! 近すぎよ!」


詩歌は健の顔を押して遠ざける。


「なんなのよ! もう」


 詩歌がほっぺをふくらませながらそっぽを向くと、健がいつものようにニヤリと口元に笑みを浮かべる。


「なんだよーー。詩歌。すげえ、顔が真っ赤じゃん。とうとう俺に惚れたか?」


「なっなにいってんのよ!ばか!」

 

 そういいながらも詩歌は顔が熱くなるのを感じた。



「照れちゃってえ。正直になりなさいよ」


 そういいながら無邪気な笑顔を浮かべる健の姿をみて、詩歌はドキッとする。


「こらこら、そんなにからかっちゃだめだよ」


「なにいってんだい。崎原さん。俺はいつだって本気だぞ」


健は大吾の方を振り向く。


そのため、詩歌には彼の横顔が見えていた。



 笑っている。いつものように笑っていたのだが、それに先日の彼の姿が重なる。

 

 その悲しみに満ちた眼差しは初めて見る彼の姿だった。いつもニヤニヤしている健でもあんな表情するんだという驚きとともに、自分の目の前から消えてしまうのではないかという不安に襲われた。


 けれど、故郷から戻った健は、すっきりした顔をしていた。


 それはそれで知らない人間がいるようでいて、一種の寂しさを覚えていた。



 そういえば……



 詩歌はふいにほかのメンバーのことも思い浮かべる。それはだれもがあるときから一皮向けたようにスッキリとした顔をしており、なにか決意に満ちたものさえも感じさせられた。


(なんだろう?)


 何が彼らを変えたのだろうか。その先にあるのもはなんなのかさえもわからない。いつか自分もなにかを決意しなければならない日が来るかもしれない。自分はどんかことを決意するのか。詩歌にはまだまだ未知数なことだった。


  そんなことを考えていると店の出入口の扉についた鈴がなるのが聞こえてきた。



「健~元気になったんやなあ」


 姿を現したのは、淳也だった。その背後からはルリカの姿がある。


「あれ?芦屋さんは?」


 尚隆の姿がない。べつにルリカとともに来なければならないわけではないのだが、大概いっしょだったのでいないことに詩歌は疑問を投げかけた。



「尚隆は仕事よ。緊急通報が入って現場に駆り出されているのよ」


「なんだよそれ? こっちよりも大切なのか?」


 健が、むっとした。


「どちらも大切よ。それに尚隆が駆り出されているということはおそらくその案件はこっちにまわってくるはずよ」


  そのタイミングでスマホの着信音がなり始めた。ルリカはバックから取り出すと通信をオンにする。


「もしもし、尚隆?」


「ルリカか。やはりそちら側の仕事になりそうだ」


尚隆の声がもれてくる。おそらく全員に聞こえるようにしたのだろう。


「それよりもそこに寄田はいるか?」  


「ええ、いるわよ」


みんなの視線が恭一に注がれる。恭一はなに食わぬ顔で立ち上がるとルリカのもとへと近づき、スマホを受け取った。


「俺になんのようだ? リーダー」


「寄田か。今俺のいる現場は」


尚隆の濁したような口調に恭一はハッとする。


「どうした?  リーダー?」


もう一度聞き返す。


「いまいるところは木場園だ。木場園で火災が発生した」


その言葉に恭一の目が大きく見開かれた。





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