黒い翼の悪魔


 いま空を飛んでいるものたちは明らかに恭一の生まれ故郷を襲ってきたやつらだった。

 

 本当に突然のことだった。


 突然現れた彼らは瞬く間に村を焼き払い、多くの村人の命を奪っていったのだ。気づけばすべてを失い、生き残ったものたちは山を降りることになった。


 ほかの村人たちはどうしているのだろうか?あれから数年。恭一はかつての村人に会ってはいない。


 ふいに蘇るのは村人たちの姿。そこには死んでいった人たちの顔もある。


 顔もある。


 顔もある。


 顔も


 顔?


 顔がある。


 これは恭一の脳裏ではない。


 彼の目の前にかつての村人たちの顔があるのだ。


 それは黒い翼をもって空に浮かんで不気味な微笑みを浮かべながらこちらを見下ろしているではないか。


「父さん?  母さん?」


 恭一のつぶやきに尚隆が振り返る。


 恭一は目を見開いたまま、空を見ている。


 バサバサ


 黒い翼が羽ばたく。


 バサバサ


 無数の黒い翼が


 バサバサバサバサ


 はげしく音を立てる。


 キーー!!


 無数の奇声があがる。


 恭一たちは思わず耳をふさいだ。


 ばさっ!!


 直後上空を待ってきた黒い翼をもつ人間たちが恭一たち目掛けて突進してきた。


「いなくなれ!!」


 留美の叫び声が轟く。


 恭一たちに迫ってした黒い翼の悪魔たちは炎に焼かれて消えていく。


 キーキー


 黒い翼の悪魔たちから奇声があがる。


「きょ……いち……」


 その中に懐かしい声が聞こえる。



「る……み……」


 父と母だ。


「お父さん!お母さん!」


 炎が消え去り、瑠美が声のする方へと歩き出す。


「瑠美! だめだ!」


 恭一は瑠美の方へと駆け寄りその手を掴むと、自分の背中に隠す。


「きょ……いち……るみ……」


 父がいる。


 母がいる。


 違う。


 あれは恭一の両親の顔をした悪魔だ。


 悪魔が恭一たちを惑わそうとしている。それを知りながらも彼らの下へと向かいたい衝動にかられる。


 いつの間にか、彼らには翼がなかった。



 恭一たちの記憶ある両親の優しい笑顔がそこにあったのだ。


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