一体何が起こったのだろうか。


 瑠美が把握するには情報がたりなさすぎた。


 ただ言えるのはさっきまで笑顔を浮かべて彼女に接していた子供の表情が恐怖に歪んていることだけだ。


 なぜそんな顔をして自分を見るのか理解できずに、真っ青な顔をして大人の後ろに隠れる子どもを怪訝に見ていた。



「怖い。この子。怖い」


 その子供は大人にしがみつき、瑠美を見ないように顔を伏せている。


 なぜそんな顔をする?


 自分がなにをしたというのだろうか? 


 瑠美は自分の両手をみた。その手は燃えていた。火に包まれてもえている。だけどまったく熱さを感じない。なぜなら、その火は彼女自身が生み出したものだったからだ。物心ついたときから、彼女にはその能力があった。


 なにもないところから火を生み出す力。



 それは瑠美だけでなく、両親や兄、村の人々も使える能力だったから特別に思うことはなかった。


 ごく当たり前のことだったのだ。


 けれど、当たり前ではなかった。


 瑠美はふいにあの里を出たときに兄が言った言葉を思い出す。


 兄はなんといった?


「いいか。瑠璃、ぜったいに人前で炎をだすな」


「どうして?」


 施設に入るときに兄がきつく言い聞かせてきたけど、まだ幼かった留美はよくわかっていなかった。


「いいから、出すなよ。わかったか?」


「うん。ぜったいに出さない。約束する」


 理解できないまま、兄とそんな約束した。


 それから兄とは離れ離れになった。もちらん、兄は定期的に施設へ来てくれた。そのたびに兄は確かめるのだ。そのたびに頷く。


 もちろん、瑠美は使うことはなかった。


 使うなといわれたから、ずっとそれを守ってきたのだ。



 けれど、使ってしまった。


 あれがやってきたのだ。


 自分たちのふるさとを滅ぼしたあれが彼女の前に現れ、彼女の大切な施設の仲間たちを傷つけようとしたのだ。


 無我夢中だった。気づいたら、兄からきつく禁じられていた力を使ってしまっていた。


 おかげであれを追い払うことに成功したのだが、施設のだれもが畏怖のまなざしで見るようになっていた。


 彼女は孤独だった。


 あんなにやさしかったお兄さんやお姉さんたちが離れていくことにたえられなかった。


 だから、いつも叫んでいた。


 助けて。助けてと……


 彼女は必死に、兄を呼んだのだが、兄は現れなかった。


 その代わりに現れたのは、あの人だった。


 昔里で出逢ったあの人が優しく接してくれて、力を認めてくれたことがなによりも嬉しかった。


 いつのまにかあの人に夢中になっていた。


 夢中になって 


 もう1年も面会に来ない兄のことを忘れてしまうほどに惹かれていた。


 気づけば、その人を本当の兄だと思うようになっていた。



 この人以外、兄などいるはずがない。


 兄はこの人。


 たったひとりの……


 ほかの人はいらない。


 いらない


 いらない


「留美。そうだよ。君を理解できるのは、僕だけだよ。そう。僕だけ……。だから、ほら、君を裏切ったものたち全部、消してしまっていいよ」



 お兄ちゃんがいうの


 お兄ちゃんのいうことは正しい


 全部が敵なんだもん


 みんな


 消えてしまえ


 全部消えてしまえばいい!!!






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