⑲
それから、氷に閉ざされていたはずの街は何事もなかったかのようにいつもと変らぬ日常をがすぎていた。
なぜ、彼らは気付かないのだろうか。だれも騒ぎ立てないのは、彼らの記憶からこの事件についてのことを消去ったためだ。
そして、淳也のほうはというと、その事件が解決してから、一週間まったく連絡が取れていないし、「ウィザードハウス」に顔をみせに来ている様子もなかった。
「大学にも来ていない?」
詩歌たちは、同じ大学に通う恭一の言葉に不安を抱いた。
もしかしたら、このまま淳也は帰ってこないではないのだろうか。
「いったい、澤山はどこへいってしまったんだ?」
健が尋ねた。
「さあな。そこまでは聞けなかったな。とにかく、寮にも帰っていないらしい・・」
「え? 依田さん、そこまで……」
「勘違いするな。俺はただ、リーダーに頼まれただけだ」
恭一は、相変わらずそっけなくいった。
それでありながら、尚隆には忠実だ。
わからなくもない。
ここにいる人たちはなにかの形で尚隆という男に救われているのだ。
もちろん、お互いに繊細を知っているわけではないのだが、度合いの違いはあれど、尚隆との出会いが彼らの生き方を変えていったのも事実。
尚隆が得たいの知れないものと戦うのならば、その手助けをしたけをしたいのだという気持ちは、みな同じではないだろうか。
詩歌は、そんなことを考えていた。
「本当に大丈夫かなあ」
詩歌は、思わず不安の声を漏らした。
健たちの視線は詩歌のほうへと注がれる。
その不安は、健たちも持っていたらしい。
「大丈夫だよ」
先ほどまで黙っていたはずの大吾がいった。
「どうして、そういえる?」
「だって、今朝、彼ここにきたんだもん」
「は!」
「へ?」
「聞いていないぞ!!!」
「ごめん、言いそびれていた。なんかねえ。実家に帰っていたらしいんだよ。それで、今朝もどってきたからって、挨拶をしにきたわけ」
「はああ?」
「ふざけんな! 俺たちがこんなに心配しているのにさあ。それで、あいつはどうした?」
「えっと、返しにいかないといけないとかいっていたなあ」
「え?」
「なんだよ。それ?」
「パンツ」
大吾があまりにもあっさりというものだから、詩歌たちは一瞬目が点になってしまっていた。
「はああ?」
詩歌たちは、あんぐりする。
「なんかねえ。友達のパンツ、かってにはいちゃって、ものすごく怒られたらしいんだよ。だから、弁償しないと、絶好させられるっていっていたなあ」
「なんだよ。それっ」
「心配して損したわ!!」
詩歌と健は、不機嫌そうに愚痴る。恭一は、両腕を組んだ状態で、ため息を漏らした。
そして、大吾はニコニコと笑う。
「ほれほれ、新しいパンツやああ」
ここ数日、寮にも帰ってこず、学校にも来ない淳也を心配していた敏之の前に、突然淳也が現れた。
しかも場所が、大学の講義室の中。
朝から、上機嫌にハイテンションに先ほどの言葉をいいながら、新品のパンツを見せびらかしたのだ。
それには、もちろん講義室の中にいた学生の視線も集中するし、クスクスと笑い声も聞こえてきた。
「ほれほれ。敏之! ちゃんと買ってきたでえ!!」
そういって、丸裸のパンツを敏之の前に突きつけられた。敏之は、それを奪い取ると、頬を赤くした。
「おい! 淳也! おまえ、何のつもりだ!?はずかしいだろう!!」
「いいやんか。久しぶりの再会なんだし!!」
「話そらすな!!」
そういて、わざとらしく話をかみ合わせないようにするのだろうか。
たく、相変わらずわけがわからないやつだと、敏之は目を細めながら相変わらず陽気に笑う淳也を見る。
「それよりも、淳也、いままでどこにいっていたんだ?」
敏之は、深呼吸したのちに淳也に尋ねた。
「実家や」
「え?」
敏之は学校を休んでまでいくものなのかと怪訝な顔をする。
「急に会いたくなってなあ。家族にさ」
「ホームシック?」
「似たようなものや。ついでに湖に行ってきたんや」
「湖? お前がよく遊んでいたという湖か?」
「そうや。さよならをいいに……」
「だれに?」
淳也は、それ以上何も語ることはなかった。
けれど、その表情は、どこか吹っ切れたような顔をしている。
いったい、関西に帰ってなにをしてきたというのだろうか。敏之が其れを知ることはなかった。
「というわけで敏之~。これからも仲良くしてや!」
「あっああ……。当たり前だろう?」
敬之がいうと、いつものように淳也晴れ渡る満面の笑みを浮かべた。
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