龍は突然雄叫びをあげながら、空を見上げ

 た。


 やがて暗雲の向こうから太陽が差し込み、青々とした空が広がっていく。


 凍りついていた人や街が徐々に解放されていき、呆然とする人々が互いに顔を見合わせて自分達の状況を確かめあい、安堵の表情を浮かべた。


 龍の声は突如として消え去り、青々とした鱗が次々と半透明の色へと代わりボロボロと剥がれ落ち始める。


「綾華?」


 淳也は彼女の名前を呼ぶ。


 龍の視線が淳也に向けられる。その目からは確かに涙がこぼれ落ちていく。


「綾華?」


 淳也はゆっくりと彼女のほうへと歩み寄っていく。その間にも鱗は剥がれ落ちていき、その姿が徐々に薄れていく。


「ごめんね。淳也」


 いまにも消えそうな声で彼女がいう。


「綾華……」


 淳也は彼女に触れられそうな位置までくると足を止めて、彼女の瞳を見つめる。


「ごめんね……」


 龍の姿が消え去り、尚隆が一人その場に佇んでいた。


 それさえも気づかずに淳也は彼女のいた場所を見つめ続けている。


「ごめんね」


 すると、1人の少女が淳也の前に姿を現した。


 少女はそっと淳也の頬に手を添える。けれど、手にはぬくもりを感じることはできなかった。半透明の彼女がもうすでに淳也と同じ世界に存在していないことがわかる。


 触れることもできないことを自覚しながらも

 淳也はその手に自分の手を重ねる。


「綾華。戻ってこいや」


 彼女は首を横に降る。


「ごめんね。もういっしょにいられない。私は罪を犯した。だから、もうあなたといっしょにいられない」


「そんなこと……」


「でも、大丈夫。あなたはもう大丈夫。だから……」


 彼女は淳也の体を包み込むように抱き締めた。


「さよなら……。ありがとう……」



 その言葉を最後に彼女の姿は消え去った。



「綾華?」


 淳也は周囲を見回る。


「綾華!?」



 されど、彼女の姿はない。



 気配すら感じることができなくなっていた。



 どこにもいない。



 もうどこにもいないのだと強く感じ去られた。


「綾華!! だめや! 帰ってこい!」


 そう叫んでみたが綾華がそれに答えることはなかった。


「綾華ーーー!!!」


 淳也の慟哭だけが再び雲に覆われた空に響き渡るだけだった。





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