バトル1 彼らについて

 夜更けらなり、ビジネス街のあかりのほとんどん消え、あたりは暗闇に包まれている。


 唯一、きれいな円形を描いた月のみがあたりを照らしている。高層ビルの間の通りの人もまばらで時折車が通る程度。


 都心とはいえ、時刻は夜の0時を過ぎているのなら、人の姿がないのも当然のことだ。


 昼間は人が行きかう街並みであるがゆえに、この静けさは一層不気味に思える。


 皆はどこへ消えたのかと、一人歩く刈谷は心細さと不安がよぎる。


 ただ忘れ物をとりに会社へ向かうだけならば、それほど不安には思わなかったのかもしれない。しかし、自分の尊敬する部長が帰ってこないという連絡を受けてしまったのならば、部長の身になにかあったのではないかという不安は異様な恐怖を誘う。



 最近は物騒だ。


 毎日のようにニュースで報道される内容は逸脱したとしか思えない事件ばかりだった。


 怪異とも呼べる事態。


 それを思うと、帰りたい気持ちになる。けれど、自分の身に降りかかると思えない異世界の物語にすぎないと思えば、気持ちが少し楽になる。


 狩谷は、会社の中へと入る。


 中は真っ暗だ。非常灯の光だけが廊下を照らしている以外は物音さえもしない。


 人の気配もなく、自分だけがポツンといる。普段見慣れているはずの景色は、まるで始めてくる場所のように感じた。


『うちの人が帰ってこないんです』


 上司の奥さんから電話あったのは、つい一時間ほど前。就寝しようという時間だった。


 上司が連絡もなくこの時間まで帰らないということは初めてのことだった。それゆえに奥さんは心配して、会社から比較的近いところに暮らす狩谷に連絡はしてきたのだ。


 狩谷から言わせれば、まだ午後の11時前なのだから、さほど騒ぐことではないだろう。


 自分も嫁になにも連絡せずに遅く帰ることは多々あることだ。その都度、嫁が夕食ほしいかどうかぐらい連絡しなさいというのだが、遅くなったぐらいで騒いだりはしない。どれほど神経質な奥さんだろうかと思ってしまう。


 それほどに上司が律儀な愛妻家だったこともある。


 だから、奥さんからすると帰ってこないことに不安を覚えるのだろう。


 






 彼は社長室の明かりがついていることに気付いた。


 彼はゆっくりと社長室の扉を開いた。


「社長?」


 ガリガリガリ


 獣がなにかを食べるような音が聞こえてきた。


 社長らしき人物が入り口に背を向けて、背中を丸めて地面に座っている。


「社長?」


 社員は

 恐る恐る、それに近づいていく。


「しゃ……」


 彼はその光景に次の言葉わ失う。たちまち血の気が引いていくので感じた。同時に腰わ抜かして地面に座り込んでしまった。


 いま彼が目にしているめものは刈谷が見知っている上司の姿ではない。確かに昼間見た上司の纏っていた背広を身に着けているがその容姿はまったく異なるものだった。


 彼の知っている上司よりも一回りも大きく、全身を毛で覆われている。


 猿だ。


 自分よりも一回りも大きな猿が大きな手にもっているなにかを口に中へと入れている。

 



 ガリガリガリとなにか固いものを咀嚼する音が響いている。



 その音の響きが異様な静寂の中で刈谷に新たな恐怖を植え付けていく。


 逃げないといけない。


 そう思うのに刈谷の身体がまったく動けない。


 ただ大ざるがなにかを食している後ろ姿を見続けていた。


 やがて大ざるがなにかで口から吐き出した。


 それは地面に転がる。


「ひっ……」


 それは人の腕だった。


 刈谷は自分の体全身が凍り付くのを感じた。


 見てはいけないと思いながらも視線が大ざるのすぐ下へと注がれる。


 そこにあったのは目を大きく見開かれた女性の青白い顔だった。焦点があって

 なくすでに絶命していることはすぐに理解した。


 よく見ると女性には胴体がなかった。


「うわああああ」


 刈谷が悲鳴を上げるとそれに気づいた大ざるが振り向く。


「があああ!」


 大ざるは刈谷のほうへと向かって襲い掛かろうとした。


「うわぁあああ!」


 刈谷は動けなかったはずの身体を立ちあがらせると、一目散に部屋を飛び出したのであった。

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