紫宮恭平の事件簿

雑音

第1話 紫宮恭平の事件簿

安楽椅子探偵、という言葉を知っているだろうか。その名の通り、安楽椅子に座ったままでも、その椅子に揺られながらの情報のみで事件を解決へと導いてしまう、そんな探偵のことだ。今回紹介する探偵もまた、安楽椅子探偵のようなものだろう。しかし、その言葉を彼に当てはめるには、彼には足りないものがある。

 探偵は事件を解決するものだ。それは安楽椅子探偵であろうと変わりない。


「先生、こんにちは!」

季節は冬、場所は東京。東京と言っても外れも外れの寂れたビルである。雪の積もった今日は、ビルの中に冷たい空気が立ち込めていた。このビルは一室がとある仕事場として利用されている以外は誰も利用してはいない。そんな一室の扉を開けたのは、一人の少年であった。短くそろえた黒髪に、透き通る茶色の瞳を備えた少年である。彼の名前は赤川功力。現役の高校生であり、この部屋の使用者のうちの一人である。高校はこの時期冬休みであるため、制服ではなく、赤い厚手のパーカーに真っ黒のスウェットを着用しての登場である。

その部屋は存外広く、見える範囲で台所や寝床、浴室など、おおよそ通常の生活に必要な機能は搭載されているように見える。その中でもどうやら仕事部屋として使用されているであろう大部屋は、多少乱雑としているものの、中央にデスクが二つ向かい合わせに、その奥に少し大きめのサイズのデスクが配置されている。

奥にある自らの椅子に座っている、「先生」と呼ばれた男は、既に来ることが分かっていたかのように、扉に顔もむけずに答えた。

「こんにちは、功力君。ああ、扉は閉めてくれたまえ、冷えてしまうからね。しかし雪も積もっているね、雪かきを後でしておこうか」

 この男こそ、この部屋を自らの探偵事務所として利用している、赤川の雇い主である。名は紫宮恭介。20代後半程度だろうか、長い茶髪を後ろで一縛りにし、かけている眼鏡の下には淡い紫色の瞳が見える。長袖のシャツの上に黒のカーディガン、下にはパジャマだろうか、ぶかぶかの白色のズボンを履いている。彼は咥えていた煙草で扉を指し、開けっ放しで自分の椅子へ座ろうとする功力をたしなめた。その行動の間も、視線を動かさなかった。

「あ、ごめんなさい。ところで先生、何を見ているんです?」

 扉を閉め、紫宮の方へ向き直り、赤川はそう尋ねる。紫宮は、その質問にも顔を動かさず、「いやなに、新聞を読んでいたのだよ。興味深い記事が載っていたものでね」

と答えた。その言葉通り、彼のデスクには新聞が広げられており、彼の目はその中の一つの記事のみをじっと見つめていた。

「興味深いって、先生ってばどんな記事でも興味持つじゃないですか。前なんてお悔みの欄に興味持ってらっしゃったでしょう」

 赤川は呆れたように返答する。というのも、紫宮の新聞好きは今に始まったことではなく、かわいらしい動物の記事からスポーツ記事、果てには今赤川が言ったようにお悔み欄に至るまで、どんな記事にも興味を持つ。一刊の新聞を五日後も新鮮な顔で読むことなどさして珍しいことでもない。

 しかしそう評価されている側は不満なようで、顔は動かさないまでも不機嫌な声で不満を述べる。

「あれは私と同じ苗字の方が亡くなられていたから血縁かどうか気になっただけだ、それよりこれを見たまえよ」

 そう言って、ようやくその頭を動かした紫宮が見せてきたのは、確かに多少の興味を惹く記事であった。見るからに巨大な船と、その前に恐らくはその船の乗組員数名と艦長が並んでいる写真と共に、赤川の目に見出しが飛び込んでくる。

「『豪華客船スチュワート号、来週東京へ』…。へえ、これは中々…」

 その言葉を聞いた紫宮は身を乗り出し、先ほどまでの不機嫌さはどこかへ飛んで行ってしまった様子の満面の笑みで口を開いた。

「そうだろうそうだろう!探偵と言えば豪華客船、豪華客船と言えば探偵だ!功力君、この機を逃す手はないぞ、どうやらチケットはまだ入手可能らしい!この際三等客室、いや荷物室でも構わない!何が何でもチケットを手に入れるぞ!功力君!」

 口に咥えていた煙草が落ちるのも気にせずまくしたてる紫宮に対して、赤川は冷静に、彼の落とした煙草を拾って言った。

「いや、でも先生、確か酷くなかったですか?乗り物酔い」

その言葉を聞いた紫宮は、さっきまでの姿勢はどこへやら、ぴたりと動きを止め、細々と

「いや…、それはね…、うん…」

と声にもならない声を絞り出した。視線もどこか虚空を泳いでいる。誰がどう見ても「何かを隠している」風に見える紫宮を見て、赤川は一つため息をつき、

「先生、事件ですね?」

と、言った。言われた方は罰の悪そうな顔でどこか遠くを見ているのみだった。


紫宮恭平。探偵である。数か月前に助手を雇った。それ以前は依頼成功率100%、事件解決率100%の怪物であった。しかし本人が目立つことを嫌うためか、報道の波にさらわれたことは驚くほどに少ない。だからこそ、彼がいつの間にか事件のたびに聞く名前でなくなったことに気づいた人間は多くなかった。

 彼には元から備わっていた素質があった。事件への嗅覚、という言葉を聞いたことがあるだろうか。優れた刑事や探偵は、事件の発生する前に事件の存在を知覚する。そういった人間を事件への嗅覚に優れた人間と呼ぶのだ。紫宮にもこの能力が備わっていた。

 しかし、紫宮のそれは他とはわけが違う。絶対的な事件の知覚能力。どのような事件がどこで起こるか、天気で、交通状況で、株価で、昨日のカープの試合結果で、わかってしまう。彼には事件への聴覚がある、視覚がある、味覚がある、触角がある、聴覚がある。一種の未来予知に近い、圧倒的な推理能力が紫宮には備わっていた。

 この能力を利用し、紫宮は事件が発生してから数時間もたたぬうちに、事務所にいるままでそれを解決する、という行為を繰り返していた。

 彼がそんな行為を繰り返し数年がたったころ、一人の少年が彼の助手として名乗りを上げた。他でもない、赤川功力である。彼は紫宮のその能力を見抜き、紫宮恭平を事件発生前に事件を食い止める、史上最速の安楽椅子探偵へと仕立て上げたのであった。

 


「い~~~や~~~だ~~~!!事件は起こらない!起こらないから!船に乗せておくれよ!功力君~~~!!客船を冒険してみたいだけなんだ~~~!!!」

「ああもうやめてください!子供ですかあなたは!!」

 そう、赤川が現れる前までの所業を見ればわかる通り、紫宮恭平は生粋のクズである。一度事件が起こることを知覚してしまえば、人が消えようと死のうと関係はなく、事件が発生するまで待つ。最速の探偵でありながら最悪の探偵である。今も早々に事件の香りを看破され、赤川に泣きついている。

 では何故そんな紫宮が赤川という邪魔者を雇っているのか、という話になるだろう。その答えはシンプルである。赤川は一言、泣きつく紫宮に言った。

「先生、先月のカード支払い、もうされてましたっけ?」

 ギクリ、と紫宮の身体が硬直する。赤川はこめかみを指で押さえながら、

「先生、もう一つ聞きましけど、先々月のカード支払いをしたのって、誰でしたっけ?」

と追撃する。ギクギクリ、と紫宮の身体が痙攣する。

 そう、紫宮恭平には散財癖がある。食事、服装、書籍に映画。全て悉くカード払いをした挙句、稼ぎに追いつかずカードの返済が滞る。しまいには借りているこの部屋の月々の支払すら追いつかない。そんな現代のクズが紫宮恭平である。

 さて、なぜ赤川を雇っているのか。その問いに対する答えは、赤川がこのクズに金を渡しているから、である。この探偵事務所がある木野村ビル、その管理会社である木野村不動産。その更に上の上の上のそのまた上。日本でこの団体の息のかからぬ組織はないともいわれる超巨大財閥、赤川財閥。その赤川財閥の次男として生まれたのが赤川功力である。赤川は、自分を雇うのであればその期間中のカード支払い、賃貸料金の支払いは赤川財閥が肩代わりするという契約の元、紫宮恭平の事務所で働いている。どれだけ雇う理由がなかろうと、雇わない理由のほうが多かろうと、その一点だけで紫宮は赤川を雇わざるを得ないのだ。

 すっかり言葉を発さなくなった紫宮に、自分の椅子にようやく腰を下ろした赤川は言った。

「さて、観念してもらいましょうか、紫宮先生。今回も解決してもらいますよ。事件の起こる、その前に」



「殺人事件だ」

 先ほどまでの元気は消え失せ、しおれた花のように自らの定位置へ戻った紫宮は、数分葛藤したのちに話し始めた。

「やっぱり起こるんじゃないですか」

「起こるとも。僕の見たところ被害者は二名。そのうち一人は乗組員だ。もう一人はカップルかな、それとも新婚夫婦かもしれない、なんにせよ若い男女の片割れの男性だ」

 ぼんやりと窓から外を眺めるまま、起こってもいない事件の概要を語り続ける。赤川は専ら聞く役に徹する。

「動機は…おそらく嫉妬だろうな。犯人は被害者の女性に恋心を抱いており、その思いが届かないことを知り、男の方を手にかける。男性の死体の発見場所は船の甲板、発見時刻は…ディナーショーの頃だろう。ともに参加しようとした男性が行方不明なので探してくれと女性が頼み、すぐに発見される。天気は今くらいの雪、甲板にも、ある程度の雪が降り積もっているだろう」

「甲板、ですか。随分ベタな、なんというかオーソドックスな場所ですね」

紫宮の言う状況を紙に書き留めながら、軽い質問を投げかける。紫宮の気持ちを乗せなくては、事件は解決に進まない。

「ああ。だが少し様子がおかしいと誰もが思うだろう。今の東京は冬。今日のように雪の積もった甲板ならば、犯人と被害者、二人分の足跡が存在しているはずだ。しかし見当たらない。しかも死体は自分で自分の首にナイフを突きつけている。この状況を見れば自殺だと考える人間も少なくはないだろう」

「ですが、殺人事件である、と」

「そうだ。しかしこれだけでは証拠が弱い。次へ移ろう。次に発見される被害者は犯行を直接見たわけではないにしろ、重要な情報を持っている、乗組員の男性だ。死体の発見場所は荷物室。その中でも生ものを保存する冷凍室だ。」

紫宮は続ける。しかし先ほどと違い、どこかに視線を漂わせている訳ではなく、しっかりと何かを考えている様子だ。それが自分の推理の証明なのか、はたまたまだ推理が終わっていないのか、それは赤川には分らない。

「この男性は警察の到着する前に殺される。まあもし事情聴取が行われれば即座にこの事件は幕引きだ。杜撰としか言いようがないな、だがまあ、この男の発見で多少面白くなるんだよ」

「嬉しそうにしないでください先生。しかし、そうなると随分スパンの早い…」

いくら船が出航した後だとは言え、東京の範囲内なのであればどれだけかかっても一日半程度で帰港できるはずだ。つまり犯人は二日で二人を殺さなければならない。いくら手早くとはいえ、そんなに都合よくいくものだろうか、と赤川は首をひねる。対する紫宮はその言葉を聞いて、面白そうに笑った後、事件の概要を続ける。

「ふむ、兎に角続けるとしよう。この乗組員は死体発見までの間行方不明だった点、被害者男女の部屋に数回インターホンを鳴らしに来ている様子が確認されている点から、犯人候補として見られていた。インターホンについてはおそらく名札を見られていたのだろうな」

「え?それなら殺す必要なんてないんじゃないですか?それとも男性を殺した犯人と、乗組員を殺した犯人は別ってことですか?」

赤川は当然の疑問を口にする。犯人だと疑われてくれるのであれば、本物の犯人にとってみれば有難い話だろう。殺す理由などないはずだ。紫宮は答える。

「それはないよ、犯人は一人だ。乗組員も男性も、殺したのは一人の犯人さ」

さて、と言葉を区切り、紫宮は続ける。

「答え合わせといこうか。この事件はじつに簡単だ。とはいっても、少しの異常さが必要だがね」


「まず、一番最初に殺されたのは乗組員だ」

がくっ、と赤川の方が落ちる。

「…先生、そういうことは先に言ってください」

事件の概要をまとめた紙に訂正を入れる赤川にかまわず、紫宮は続ける。

「この事件は非常に簡単なんだよ、功力君。トリックと言えるほどのものでもない。まあ、実際に立ち会えばアリバイの関係上、複数の容疑者候補が上がっていただろうが」

「残念そうにしないでください先生。で、どうして乗組員を先に殺すんです?」

露骨に肩を落とす紫宮にあきれ顔でたしなめる赤川。しかし赤川にはこの事件をできるだけ詳しく知る義務がある。

「簡単だ、先ほど『インターホンについての判断は名札でしたのだろう』と言っただろう?この写真を見たまえ」

そう言って紫宮は先ほど読んでいた新聞記事を赤川へ見せる。

「写真ですか?」

「そうだ、特にこの乗組員の恰好をよく見てほしい」

「と言われましても。…あ」

 赤川の反応に、紫宮は当然という風に答え合わせをする。

「そう、わかっただろう。この船の乗組員はなぜか知らんが帽子をかぶっている。セーラー服は元々船乗りの衣装なのは有名だが、それを踏襲するにしても随分つばの大きい帽子だ、顔を隠すのにうってつけな程度には、な」

写真に写る乗組員は数名いるものの、全員が帽子を着用していた。いわゆるサファリハットというものだろうか、360度のつばのついた帽子である。

「こんな帽子を付けていてはまともに顔で覚えろと言う方が無謀だろう。必然的に名札の方に人は注目してしまう」

「それと死体の順番に何のかかわりが?」

「わからないかね。名札で判断されるのであれば、名札を付け替えてしまえば本人だとバレる心配がぐっと減るということだ、元々膨大な数がいる乗組員一人一人の顔を覚えている方が少ないだろうしな」

つまりだ、とここで言葉を区切り、紫宮は続ける。もうわかりきっている第一問の回答を告げる。

「犯人は、自分に着ぐるみを提供してくれるなら、誰でもよかったわけだ。サイズの云々はあるだろうがね。不運にも選ばれてしまったのが被害者であっただけに過ぎない。犯人は乗組員を何らかの口実で荷物室へ呼んだ。そこで殺害、そのまま冷蔵室へ、という流れだろう」

「冷蔵室に入れた理由は、死体の死亡推定時刻をずらすためですか?」

「いや、これは偶然の産物だろう、隠しておける場所がたまたま冷蔵室であったに過ぎない」

赤川は首をひねる。紫宮の推理はあくまで起こるであろう事件に対しての推理に過ぎない。未確定の事件に「偶然」を決定させることが果たしてできるだろうか、と思ったのだ。

「偶然だと、言い切れる理由が?」

「ああ、取り敢えず次の被害者へ。こちらも恐らく大したことではない、手紙だろうが言伝だろうが、男性を甲板へ呼び出し、そこで殺した」

「随分簡単に言いますね…。しかし、先ほど先生がおっしゃったように、足跡は一つしかないのはどう説明するんです?」

赤川の質問に紫宮は少し頭を押さえ、多少苦い顔をしながら答えた。

「あー。うん、ここが異常な点なんだが。考えてみれば簡単なんだ。普通こんなこと考えつかないんだが。功力君、雪が積もっているならするべきことがあるだろう?」

「雪が積もっているならするべきこと?」

回答に詰まる赤川を見て頷きながら紫宮は苦笑いのまま答え合わせをする。

「いや、わかるとも。この問題は解かせるつもりがない問題だ。犯人はね、甲板に積もっていた雪を、どかしたんだよ」

雪かきをしたんだ、と紫宮は続けた。

「尤も、甲板全てを雪かきする必要はない、殺す予定の場所の周囲一定距離をすればいいわけだからね。おそらくは重労働だったろうが、雪かきしてしまえば足跡がなかったことにもつじつまが合う、あとは殺してお終い、と言ったところだ」

紫宮の言葉に赤川は一瞬ぽかん、と口を開き固まったが、やがて空気の行き所を見つけたのかとぎれとぎれに言葉を発し始めた。

「いや、え、雪かき…って。そりゃ、そう考えれば、辻褄は合いますけど…」

「非現実的だろうがこれが今回起こる事件の真相だよ」

紫宮はさすがにしゃべり疲れたのか椅子にもたれかかり、胸元から出した煙草に火をつけ、その後はぼぉっと煙を吐くだけだった。


「で、今回の事件、どうすれば防げます?」

数分後、ようやく事件の概要がまとめ終わったのだろう、赤川が口を開いた。そう、紫宮のいう事件はこのままだと確実に起こる。起こさないためには止めねばならない。ここが難しいところなのだ。紫宮は犯人像をそう易々と教えてくれない。ここからは君の仕事だ、と言わんばかりにその後は何も力になってくれない。

「さてねぇ。私がいれば解決はできるとも。ただ、防ぐとなるとねぇ…」

この調子である。赤川はこのままではらちが明かないと、仕方なく自らのまとめた概要を見ながら犯人像を自分なりに推理しはじめる。

「えぇっと、性別は…多分男性。年齢は…老齢では恐らくない。女性への恋心がある…。乗組員か乗客か…、これは乗組員でほとんど確定…と」

そこで紫宮の頭がピクリと動いたのを赤川は見逃さなかった。

「先生。乗組員ではありませんでしたか?一人目の乗組員を荷物室へ呼び出せるのであれば間違いなく同じ乗組員であると思いましたが。荷物室なんてそもそも乗組員以外は入れないでしょう」

「いや、さあね。ただヒントとしては、その推測であるならば、もう一つ、考えられる可能性があるはずだよ」

紫宮はすぐに元の調子に戻って天井をぼんやりと見ながら煙草をふかし始めた。赤川はもう一度最初に戻り、推理を開始する。

「乗組員以外に貨物室に近づいて違和感のない人物…」

数分考え、赤川はふと立ち上がり、紫宮の座るデスクへとてくてくと歩いていくと、持っていた事件概要を紫宮のデスクへ叩き付け、これまた数分間開いていなかった口をこじ開けた。

「先生、命令です。僕が警察にするべきヒントを一文で。それ以上は望みません」

聞きなれたセリフであるからか、紫宮はやれやれまたか、というように肩をわざとらしく揺らし、

「ふむ、では『子を連れた親御さんには子供から目を離すなと伝えておけ』とでも言っておくべきだろう」

と告げた。


「…は?」

「だから、犯人は子供だよ。小学生高学年程度だろうね。男性っていうのはまあ正解だろう、正しくは男子だろうが。老齢ではないというのもまあ正解だ。それは数学のテストの回答欄に『数字』と書くようなものだがね」

ズルのようなものだよ、と紫宮は続けた。一週間後、紫宮は赤川と共にスチュワート号へと乗船していた。船旅については紫宮が丁重に断ったものの、事件解決の褒美ということで赤川財閥が特別に停船中に入れてくれた一等客室の中で、紫宮は赤川にこの船で起こっていただろう事件についての答え合わせを行っていた。対する赤川は教師の提示した回答に納得がいっていない様子で、

「いや、それでも」

と食い下がっている。紫宮はそんな反応は予想していたと言わんばかりに

「できないと言うかい?多少運動をしていれば小学生だとしても大人を殺すことくらい容易さ、しかも相手は子供相手ということで油断している。刃物を持てばあっという間に片が付く」

と赤川の言葉に割り込んだ。数秒間赤川は悩んだ様子だったが、道を見つけたのか顔を上げ、苦し紛れに反論する。

「じゃあ乗組員の名札についてはどうするんですか、とても男性の服ではサイズが…」

その言葉に対して紫宮はふむ、とわざとらしく前置きを入れた後、

「誰が男性の乗組員が犠牲者と言ったかね?殺されるのは女性だ。小学生と言えど女性サイズであればサイズが合うだろう?」

と返答する。口をぱくぱくと動かしながらも言葉を発することがない赤川に対し、さらに紫宮は続けた。

「おまけに女性への恋心、という記述だが、これも小学生ならありがちだろう?子供ながらに大人の女性へ一目惚れしてしまったわけだね」

これが、この事件の真相だよ。紫宮はそう言って、そこから先は何も言わなかった。その後には、紫宮の煙草の煙を吐く音、窓の外から聞こえる波の音が響くのみであった。


これが紫宮恭平の事件簿。これが史上最速の安楽椅子探偵。彼の前では、事件は始まる前に終わっている。

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紫宮恭平の事件簿 雑音 @yauyau1682

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