第22話 俺の処刑





 俺はきっと、ここで死ぬのだろう。


 人々の殺せコールは止む気配が無く、その熱気はこの場のおかしな空気を消し去っていた。

 誰もが俺を殺すことに疑問を持っていない。


 その声に後押しされるように、俺の背中を踏みつけている魔道士は芝居かかったような身振りで話し出す。



「ここにいる偽物は、私達が一度退治したのにも関わらず、このように子供の姿に化けて復活しました! この化け物は、ただ傷つけるだけじゃ駄目です! 首を切り落とすしかない!」



 首を切り落とされたら、確実に死ぬ。

 前は偶然の光魔法でなんとか生き延びることが出来たけど、さすがに今度は無理だ。

 首を切り落とすと宣言した途端、人々のテンションが高くなる。


 今から行われるのは処刑である。

 老若男女問わずこの場にはいるのに、本当にやるつもりなんだろうか。

 この国は、どこまで腐ってしまったのだろう。

 守る価値が本当にあったのかと考えてしまう。



 どうやら俺の首を切り落とすことは確定したらしく、次はどんな方法でやろうかという相談をしている。

 魔法か、ギロチンか、斧か。

 そのどれもが簡単に殺す気がなくて、見世物にする気満々だった。



 ああ、どうして俺はここで死ななきゃいけないんだろうか。

 本当に俺の人生って何だっただろうかと、生きている意味が分からなくなった。

 生きていて良かったのか。

 俺は生まれるべきじゃなかったかもしれない。


 そう考えたら、涙が溢れてきた。



「何泣いてんだよ。化け物」


「俺は、化け物なんかじゃない」


「化け物だろ。気持ち悪い」



 誰にも聞こえないような小ささで、魔道士が話しかけてくる。

 俺は涙を流しながら、その顔を睨みつけた。



「俺が何をした。俺はこの世界を守るために必死で」


「守る? お前みたいな化け物に、一体誰が守ってもらいたいと思うんだよ。この声が聞こえないのか? みんな、お前に死んでもらいたい願っている」



 俺の言葉を嘲笑うように、背中を強く踏みつけられる。

 その衝撃で肺から空気が失われ、思わず咳き込んだ。



「……仲間だと、思ってたのにっ」


「仲間? 笑わせるなよ。みんな、お前を仲間だと思ったことは一度もない」


「……俺は、俺は……」



 確かに距離は感じていたけど、それでも仲間だと信じていたのに、最初から最後まで俺の願望でしか無かったらしい。

 涙が止まらなくなり、これが絶望という感情かと他人事のように思った。


 俺のやっていたことは、どうやら全て間違いだったみたいだ。

 守ろうとした結果が、これだなんて笑ってしまう。



 ああ、死ぬ前に魔王の姿を見たい。

 あの気の抜けたような、緩い話し方で名前を呼んでもらいたい。

 ユウたんという名前が、いつしか本当に自分の名前になっていた。


 勇者なのに誰にも名前を呼んでもらえなかった俺は、魔王城にいた少しの間に何度名前を呼んでもらっただろうか。

 それ以上に優しくしてもらえて、俺はとても楽しかった。

 人といた時には感じられなかった、温かさを毎日感じていた。


 ランハートさんに勉強を教えてもらえて、バメイさんに県の稽古をしてもらって、リーナさんとお菓子作りをして、クラウスさんと追いかけっこをして、バルデマーからはイタズラグッズを送ってもらったこともあった。

 こんなことを言っていいのかとも思うけど、まるで家族のようだった。


 特に魔王との思い出はかけがえのないもので、全てがキラキラと輝いている。

 この気持ちが家族愛なのかどうかといえば、自分でもよく分からなかった。



 でも死ぬ前に見たい顔は、絶対に魔王だ。



「何笑ってるんだよ、気持ち悪い」



 魔王のことを考えていたら、自然と笑っていたらしい。

 背中を強く蹴られ、俺は呻いた。



「あの時、殺したはずなのになんで生きてるんだ。やっぱりお前は魔物だったんだろう。その目だって、気持ち悪いから親にも捨てられた」



 俺の何が気に入らないのか、魔道士の彼はいつも皮肉めいたことを言っていた。

 よくよく考えてみないと分からないものもあったので気にしてなかったけど、こうも直接的に言われると傷つく。


 俺が親に捨てられたというのは、ここに来てから陰口として色々な人が話しているのを聞いた。

 国からの使者に勇者を渡すのだからと、一生遊んで暮らせるだけの金銭を要求して、後は関係ないと言ったばかりに連絡もよこさない。

 今も生きているのかどうかも知らないし、向こうも俺のことなんて忘れたい記憶なのかもしれない。



 それに魔道士の言う通り、あの瀕死の状態から、どうして復活出来たのか疑問は残っていた。

 確かに回復魔法や蘇生魔法はあるけど、それは対価を必要とする。

 その対価として子供になったと自分を納得させていたが、よく良く考えればあまりに軽すぎる。


 それとも他に対価を渡したのかと思えば、自分から無くなったものは他には無かった。

 もしも魔法でも何でもなく怪我を治したのだとしたら、化け物だと言われても仕方がない。


 でも魔物じゃない俺は、一体何になれるのだろう。

 仲間というものは、俺には誰もいないんじゃないか。

 全てが中途半端で、もしかしたら神様の失敗作の可能性もある。



 瞳の色が、普通の色だったら何か変わっていたのだろうか。

 親にも愛され、平凡に生きて、そして平凡に死んでいく。

 そんな人生も魅力的だったが、そこには決定的に足りないものがある。



「ま、おう」



 どんな姿でも、どんな人生でも、どんな時代に生まれたとしても、傍に魔王がいなければ意味が無い。

 ずっと一緒にいたい。死ぬまで、死んだ後もすっとずっと。


 魔王の知らないところで死ぬことに怖さを感じ、俺の目からまた涙が出てきた。



「こいつ、魔王と言いましたよ! やっぱり魔物と通じていたんです! これは早く殺さなきゃ駄目だ!!」



 俺のつぶやきを地獄耳で拾った魔道士が、また大げさに声を上げる。

 殺せと言う声がさらに高まり、そしてその声に奮い立たされるように、斧を持ったこれまた仲間だった戦士が俺に近づいてくる。


 どうやら斧で殺すことに決まっていたようだ。無理やり体を仰向けにされ、俺はもう諦めるしか無かった。



「さっさと死ね。化け物」



 振り上げられた斧が、俺の首めがけて落ちてくるのをスローモーションのように眺めながら、俺は目を閉じた。


 目を閉じても浮かぶのは、魔王の姿。

 どれだけ俺の中で大きくなっていたのだろうと、死にたくないという気持ちが強くなった。





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