第21話 絶体絶命のピンチ
目を覚ますと、そこは魔王城じゃなかった。
こんな悪趣味な調度品の数々は、あの城だったらありえない。
でも見覚えのある部屋に、俺は血の気が引く。
「……ここ、は」
もう二度と訪れないと思っていた。
訪れたとしても、待っているのは死だと、そう覚悟していた。
自分の意思で、ここに来たわけじゃない。
最後の記憶は確か、部屋で使用人の人に殴られて……。
「そういえば、俺のことを勇者だって……」
あの後気絶してしまったけど、彼女の言葉をはっきりと覚えている。
もしかしなくても、スパイだったのだろう。
バルデマーのように、人間に擬態することだって出来るのだ。その逆だってありえる。
魔王を騙せたことは驚きだけど、話し合いがあるから色々な魔族が出入りしていた。
いつもよりセキュリティが弱かったところを、利用されたという感じなのか。
俺のことを勇者だと分かっていたということは、かなりまずい状況だ。
殺そうと動いていた人には俺の存在は邪魔でしかないし、それを知らない人にとっても魔王城にいた俺は裏切り者に見える。
どう考えても、待っているのは死しかなかった。
なんて運が悪いのだろう。
もっと周りに注意を払っておくべきだった。
魔王城だからと安心して、自分の置かれている状況を楽観視しすぎていた。
俺が今ここにいる部屋は、一応は客人用らしい。
牢屋じゃなくて良かったと、少しだけ自分を慰める。
拘束も手と足だけだから、このぐらいであれば外せそうだ。
俺の予想通り、ここがいつも来ていた城であれば、なんとなくのマップは覚えている。
部屋から出られれば、逃げ出すことは可能だ。
誰にも見られなければという前提条件がつくけど。
元の姿であったとしても難しかったのに、今のこの状況じゃ絶望的である。
それでも、ここで死を待っているよりはマシか。
関節を外したり近くになる道具を使って、俺は手と足の拘束をといた。
子どもの姿でも何とかなりそうだと、手足の関節を回しながら希望を見出す。
まだ目覚めないと思われているのか、それとも他のことで忙しいのか、外には気配を感じられない。
もしかしたら、これならば上手くいくかも。
俺は外の様子を伺いながら、そっと廊下に出た。
廊下に出て確信した。
ここは前までいた、国の城の中だということを。
窓からの景色は何年も見ていたもので、懐かしさもあったけど、それ以上に苦々しいものを感じた。
きっと普通の人間ならば、ここの景色が綺麗だと言うのだろう。
でも俺にとっては、魔王城の方が落ち着くものになっていた。
「……魔王」
早く会いたい。
きっと俺がいなくなって心配している。
随分と心配性だから、四天王が手をつけられないぐらい使い物にならなくなっているかもしれない。
その様子が簡単に予想出来て、思わず笑みが零れた。
近くにいないのに、魔王のおかげでリラックス出来た。
帰ったら感謝の気持ちを表して、膝枕でもしようか。
俺の太ももなんて柔らかさの何も無いはずだけど、何故か魔王は気に入っていた。
足が疲れるからほとんどしなかったのを、残念そうにしていたので喜んでくれるかもしれない。
ここから出たことを考えて、気持ちをなんとか落ち着かせる。
廊下は嫌なぐらいに静かで、人の気配を全く感じられない。
俺にとっては都合がいいけど、上手くいきすぎて少しだけ嫌な予感がする。
でも気のせいだと思うことにして、静かに廊下を進んでいく。
前までは報告のために何度も来たけど、慣れることなんてなかった。
むしろ悪意や好奇の視線にさらされて、ここに来ることはストレスになっていたぐらいだ。
いい思い出なんて無かったから、今歩いていることでさえも苦痛にだった。
一刻も早く、ここから出て行きたい。
俺ははやる気持ちのままに、何とか出入口まで辿り着いた。
城から出ても、魔王城までは遠い。
行ったことがある場所だから転移魔法を使えばいいかとも考えたけど、圧倒的に魔力が足りなかった。
転移魔法が出来るぐらいの魔力が溜まるまで、とりあえずはどこかに隠れているしかない。
一番の問題は、やはりこの真っ赤な瞳なので、それだけを何とかすれば人の中に紛れ込めるだろう。
変身魔法なら出来そうだ。
俺は残っている魔力を確認して、瞳に魔法をかけた。
調整が難しいけど、上手くいったと思う。
鏡がないから確認出来ないが、手応えを感じたので大丈夫なはずだ。
これで今の俺は、ただの子供にしか見えない。
ほっぺを叩いて気合を入れると、扉を開け放った。
『皆様見ましたか!? この卑劣極まりない偽勇者の悪行の数々を!!』
人人人。
扉を開けた先には、たくさんの人で溢れていた。
その全員が俺のことを見ていて、忌々しげな表情を浮かべている。
場には、国王や昔の仲間の姿もあった。
すぐに、罠にはめられたのだと気がついた。
空に映し出されている映像には、俺の姿がリアルタイムで映し出されている。
きっと、起きてここに逃げ出すまでの様子を見られていたのだろう。
人がいなかった時点で、もう少し慎重に行動をするべきだった。
一刻も早く逃げたいという気持ちで焦って、判断を間違えた。
『恐ろしいことに、自分の容姿を変えて姿を隠そうとしていました! 紛れ込んで、私達を襲う気だったんです!!』
「ち、違っ」
否定の声は、騒音にかき消される。
誰もが俺を裏切り者だと決めつけている。
やっぱり、気味が悪い、恐ろしい、化け物、そんな言葉が耳に入って、俺は悪意に押しつぶされそうになる。
殺してしまえ、誰かがそう言った。
そしてそれは、どんどん広がっていき、全員がまるで取り憑かれたように殺せとコールを始める。
全員、自分の言っている意味をきちんと理解しているのだろうか。
周りに流されて言っているのだとしたら、責任感が無さすぎる。
呆れて何も言えずにいれば、誰かに背中を勢いよく押され、地面に体を叩きつけられた。
「うぐっ!」
受身を取れなかったせいで、顔から倒れてしまった。
あまりの痛みに呻くが、誰も助けてはくれなかった。
「化け物は、地べたに這いつくばっているのがお似合いだよ」
それは昔は仲間であったはずの、魔道士の声だった。
背中の圧迫感は、足で踏まれているせいだろうか。
ここまでされることを俺はしていない。
むしろここにいる全員のために、命をかけて戦っていたはずなのに。
それは全く伝わっていなかった。
生きている意味はあったのだろうか。
殺せ殺せという声が響き渡る中、俺の頭の中を占めるのは魔王だけだった。
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