第20話 和解か戦争か





 とうとう話し合いの日になった。

 朝スッキリとした気分で目覚めた俺は、時間に余裕があるのを確認して胸を撫で下ろす。

 起きて話し合いに遅れたとなったら、悔やんでも悔やみきれない。


 時間になったら起こしてくれるような物があれば、とても便利なのに。

 そういう魔法でも発明しようかと考えていれば、部屋の扉がノックされる。



「どうぞ」


「……失礼します」



 中に入ってきたのは、魔王城で最近働くようになった召使いの人だった。

 入ってきた顔には見覚えがあったけど、いつもと雰囲気が違う。

 一瞬ピリついたものを感じたが、すぐに無くなったから気のせいだと思うことにした。



「起きてらっしゃったんですか。ご支度はいかがなさいましょう」


「自分で出来るから大丈夫です」


「では、お水だけでも置いておきますので、どうぞお飲みください」


「気を遣ってくれて、ありがとうございます」



 カラカラとカートを押しながら入ってきた女性は、ベッドの脇に水差しとグラスを置くと、すぐに去っていった。

 そのスピードの速さに呆気に取られつつ、俺は水を飲もうとして止めた。

 喉は渇いていたけど、昨日魔王が淹れてくれたミルクの味をもう少しそのままにしておきたくて、あえて飲むのを止める。


 口元から香るミルクの甘い匂いは、鮮明に思い出すのには十分な材料だ。

 唇に指で触れると、魔王の優しさを感じる。


 吐息さえも甘い気がして、俺は慌てて首を振った。

 一体何を考えているんだ。

 恥ずかしくなって気持ちを切り替えるために、俺は軽くストレッチをした。



 あともう少ししたら、国から使者が来る。

 結局誰が来るのか教えてもらえなかったけど、俺の知らない人が来るのだろうか。


 どちらにしても俺が姿を見せるわけにはいかないと、この前気がついた。

 いくら小さくなっているとはいえ、俺だとバレる可能性はゼロじゃない。

 もしも俺の子供時代を知っている人が来てしまったら、一発でアウトだ。


 魔王がそれを心配して俺を話し合いの場に参加させなかったのかと思ったが、ただの偶然だろう。

 勢いのままに参加していれば、戦争のきっかけを作るところだった。

 自分のせいでそんなことが起こったかもしれないと考えると、ゾッとしない話だ。



 絶対に顔を合わせないように気をつけて、部屋に待機しなくては。

 それなら一番確実な方法は、先回りしておくことか。

 きっと隣の部屋とはいっても、過ごしづらいようなところじゃないはずだ。

 それなら、暇を潰せるものを持っていって待機している方が、遅れることもないしいいかもしれない。



 そうと決まれば、さっそく行動だ。

 俺は魔王に許可を貰うために、部屋を勢いよく出た。






「ユウたんがそうしたいのならいいよ」



 俺の頼みに対する魔王の返事は、まるで紙のように軽かった。

 もう少し考えなくてもいいのかと思ったけど、許可してくれたのだから、余計なことは言わないでおく。



「でもユウたん一人じゃ心配だからなあ。リーナかバルデマーでもつけとこうか……」


「駄目ですよ。二人とも忙しいんですから、他にやることはいっぱいありますよ。俺は一人でも大丈夫です。何かあったら、使用人に頼みますし」


「遠慮することはないんだぞ?」


「遠慮してませんから、二人には本来の仕事をさせてあげてくださいね。魔王も準備で忙しいだろうし、俺は一足先に部屋に行ってます」


「ユウたんがそう言うのなら……気をつけてね」


「ここは安全ですよ。何に気をつけるっていうんですか。大丈夫ですから、俺は行きますね」



 人間が来ることで警戒しているのか、最後まで心配そうに見つめてきたから、俺は安心させるためにわざとらしいぐらい明るく振舞った。

 これで心配しすぎて、話し合いを放棄して俺と一緒にいるなんて言い出したら元も子もない。

 変な考えに行く前にと、さっさと目的の部屋に向かうために魔王に別れを告げた。



「今日は頑張ってください」



 最後に応援の言葉をかけることも忘れなかった。






 部屋に来た俺は、とりあえず持ってきた本を読もうとしたけど、ページをめくっても中身が頭に入って来なかった。

 しばらく読もうと頑張ってみたが、あまりにも無駄な行為に思えて諦めた。


 時計を確認すると使者が到着する時間を指しているから、部屋を出て気分転換するのは無理そうだ。

 話し合いの時間まではまだ少しあるので、もう少しここで待っているしかない。


 思わず息を吐けば、脇に控えていた使用人が話しかけてくる。



「退屈ですか?」



 朝来たのと同じ女性で、こう言うのは良くないかもしれないけど冷たい印象を受ける。

 今も、ただ聞いているだけで答えを必要としているようには見えなかった。


 たぶん俺が何も要求しないから、彼女も暇を持て余しているのだろう。

 申し訳ない気持ちはあっても、頼むことが思いつかなかったので話をして時間を潰してもらうことにする。



「退屈というよりも、早く時間にならないかなって思っている感じです」


「どうして、そんなに待ちきれないのですか?」


「どうしてって、あと少しでこの世界の運命が決まるんですよ? 誰だって待ちきれないでしょう」



 早く時間が来て欲しい、でも一生来て欲しくない。

 そんな矛盾する気持ちを抱えて、どうにか恐怖を感じないようにしている。


 本当は怖い。

 どうなるのか分からないことが、とても怖かった。


 魔王が一緒にいてくれた方が安心出来るけど、わがままは言っていられない。

 大丈夫だと言ってくれたのだから、きっと大丈夫。魔王なら必ずやってくれるはずだ。



 俺は信じて待つことしか出来なかった。

 意識しないと震えそうになる手を抑えて、俺は心配させないために笑う。



「きっと上手くいきます。なんていったって魔王様ですから」


「……のくせに」


「? 何か言いました、かっ!?」



 突然の頭への衝撃。

 俺は座っていた椅子から崩れ落ち、頭を押さえてうめく。


 殴られたとは分かっていても、事実をすぐには受け入れられなかった。

 犯人が使用人しかいないからこそ、混乱した。



「……ぁ、なん、で……?」



 思い切り殴られた頭が痛い。

 光魔法で癒そうとしても何故か上手くいかず、ダラダラと血が流れていくのを感じる。



「なんで? 面白いことを言いますね」



 手に花瓶を持った彼女は、まるで虫けらでも見るかのような視線を俺に向けて吐き捨てた。



「裏切り者の勇者には、お似合いの格好だと思いますが」





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