第17話 おかしなパーティー





 足がスースーとして落ち着かない。

 クラウスさんの選んだドレスを着て、そしてそれに合わせた装飾品で飾られた俺はすでに帰りたくなっていた。

 周りにはたくさんの魔族に溢れていて、その視線が俺に集中している。

 魔王が抱っこして連れてきた正体不明の子供がいたら、誰だって何事かと不思議に思うはずだ。


 でも俺だって何でこんなことになっているか分からないから、説明を求めるような視線を向けられても困る。

 勝手に決められたパーティーの出席だったが、結局どうして連れて来られたのか未だに説明を受けていない。

 魔物達も似たようなもので、話している声に聞き耳を立てても有益な情報は無かった。



 今は抱っこされておらず、隣にいるけど手を繋がれている。

 こういうパーティー会場用に、いつもより小さい体になっているから、ちゃんと無理なく手を繋げていた。


 このパーティーが始まる前に、注意事項を受けた。

 魔王から絶対に離れない、誰とも話さない、誰かに何かをもらっても絶対に食べない、渡されたものは魔王か四天王に渡す。

 その他にもたくさん言われたけど、大体同じような感じだった。


 とにかくずっと一緒にいれば約束は守れるから、俺は絶対に離れないことを自分に課した。

 一人になったら何が起こるか分からないし、手を握られていれば離れようとしていても離れるわけがない。



「大丈夫? ユウたん、疲れちゃった?」



 会場に来てから緊張して一言も話さないでいたら、魔王が心配そうに尋ねてくる。

 確かに子供はすぐに疲れやすいが、元気が無いのはそういう理由じゃない。



「ドレスじゃなくても、良かったんじゃ?」



 パーティーにいる魔物は、ほとんどが人型をとっていてスーツやドレスを着ている。

 注目して欲しいのは、スーツを着ているという点だ。


 つまり、俺がドレスを着る必要は全く無かったわけである。


 裾をつまんでジト目を向ければ、魔王があからさまに視線をそらす。



「い、いや、ドレスコードは基本だからね。けけけ決して我の趣味とかそういうわけじゃ……」



 嘘だ。絶対に魔王の趣味だろう。

 更に視線を向けていれば、大きく息を吐いて観念した。



「……だって似合うと思ったんだもん。ユウたんの可愛さをお披露目したかったし。本当に似合っているよ」



 ドレスが似合っていると言われても、全く嬉しくない。

 趣味でこんな辱めを受けて、俺は今暴れ出さないだけ褒めて欲しい。



「でもなあ……」



 申し訳なさそうな表情を浮かべていた魔王は、そっと俺の髪に触れた。



「ま、お……?」



 甘い雰囲気に、俺は戸惑う。

 何か、このままキスでもされてしまいそうだ。

 そんなありえないことを考えてしまい、顔が自然と俯く。

 頭を撫でる手は止まらず、むしろ色々なところに伸びてきた。

 ほっぺや首を触られて、くすぐったさに笑う。



「でも、我が選んだドレスを着てもらいたかったな」



「……あ」



 クラウスさんのドレスを選んでから、魔王の機嫌が悪くなっていたのには、なんとなく気づいていた。

 でもただ単に拗ねているだけだと、勝手に判断していた。

 どうやら俺が思っている以上に、その理由は複雑なものだったらしい。



「それも可愛いけど、クラウスが選んだものだと思うと複雑」


「ごめ、なさ……」


「謝らなくていいよ。今度は我が選んだものを着てね」



 もう一度ドレスを着る機会なんて無いと思ったけど、それを言ったら機嫌が更に悪くなるのは分かりきったことだから頭を縦に振った。



「ん、いい子だね」



 甘ったるい空気が消え、一度強く頭を撫でると手が離れていった。



「そろそろ行こうか」


「行くってどこに?」


「まあ、報告かな」


「報告?」



 ものすごく嫌な予感がする。

 でも俺は魔王に連れていかれるがまま、部屋の奥の方に進むことしか出来なかった。

 奥は階段になっていて、そこを上ると会場全体が見渡せるようになっている。


 こちらに向けられたたくさんの視線が、魔王よりも俺に突き刺さっているのを感じる。

 その中に見知った顔があって、俺は少しだけ安心した。

 四天王やバルデマーは俺と視線が合うと、ひらりと手を振って答えてくれた。


 顔が見える近い距離にいるから、何かあっても大丈夫だろう。

 身の危険が無くなり、俺は魔王と繋いでいる手を握った。



「大丈夫だよ、ユウたん。怖いことは何も無いから」



 握り返された手の温かさに、俺は笑みがこぼれた。

 魔王が大丈夫だと言っているのだから、きっと大丈夫なのだろう。

 完全に安心して、俺は任せることにした。



「静粛に」



 たった一言で、ざわめいていた会場が静まり返る。

 さすがは魔王だと感心していれば、体が抱き寄せられた。



「皆の者が気になっているのは分かっている。ここにいる可愛い存在が気になっているんだろう。あんなに見つめたら穴が開く」



 多分違う。

 可愛いとかじゃなくて、不審に思っていたから見ていただけだ。

 早くも魔王の威厳がどこかに消えかけていて、俺は魔族に同情した。


 きっと今は混乱しているはずだけど、静粛にと言われているから、騒ぐことが出来ない。

 原因の一端を担っているだけあって、罪悪感も湧いた。



「この子の名前はユウた……ごほんっ。ユウだ」



 絶対にユウたんって言いかけた。

 さすがにこの場で呼ぶのはマズいという理性が働いてくれて、本当に良かった。そう心の底から思った。



「人間のところで酷い目に遭っていたらしい。来た当初は心が傷ついていて、見ていられないほどだった」



 そんなにヘコんでいたつもりはなかったけど、気づかないうちに漏れていたのだろうか。

 昔から得意だったはずのポーカーフェイスが、ここに来てから崩れてしまっているようだ。



「我としては、ユウ……をここまで傷つけた人間を許すことは出来ない。……が、この前の件の通り、まだ勇者が死んでいるという証拠は無いからうかつに手を出せない」



 俺がここにお世話になっている限りは、絶対にその証拠は出てこない。

 どうするつもりなのかと、他の魔物と同じように固唾を飲んで魔王の次の言葉を待った。



「このまま膠着状態が続いても、フラストレーションが溜まるだろうし、向こうへの脅しも弱まっていくだろう。そこで、我はここに宣言する」



 静かな声なのに、それは会場に響き渡るほどの威力があった。



「一週間後、人間の代表をここに呼び、話し合いを行う。その結果次第で、人間への攻撃を開始するかどうか決める」



 魔王の言葉の意味を理解した魔物は、すぐに雄叫びをあげた。

 地面が揺れるのではないかというぐらいのそれを聞きながら、俺は顔が青ざめていくのを自覚する。


 このままじゃ、マズイことになる。




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