第16話 つかの間のほのぼの





 俺の淹れた紅茶を、魔王はものすごく気に入ってくれたらしい。

 あれから毎日淹れるように頼まれ、断る理由も特に無かったから、俺はそれを受け入れた。

 だから、食後に紅茶を一杯淹れるのが日課になった。


 最初は魔王にだけだったけど、リーナさんが自分の飲みたいと言い出し、それから色々あって今は全員の分を淹れている。

 魔王は不満げだったけど、四天王のみんなの押しが強くて文句は言えなかったみたいだ。



 魔王が行った警告は上手くいっていて、今のところ人間が不穏な行動をしている気配は無いらしい。


 さすがにあんな風に全員が目撃した中で、誤魔化すことも隠すことも出来なかったのだろう。

 下手に魔物を攻撃して反撃でもされれば、民衆の不満は国王に向けられる。

 そうなれば自分の立ち位置も危うくなるから、今は保身のために様子見をしているといったところか。つくづく自分のことしか考えていない。


 でも今回の判断は、あの王にしてはまともな方だ。

 もしかしたらコードさん辺りにでも忠告を受けて、渋々受け入れている可能性もある。



 勇者が死んだことを確認して攻撃を仕掛けると言ったせいで、コードさんだけだったはずの勇者生存派閥が一気に増えたらしい。

 確かに、死んでいたら攻撃されると分かっていれば、確率が低くても勇者が生きていると信じたくなる。

 捜索隊の人数も一気に増えて、全ての領土を調べ尽くす勢いとのことだ。


 まあ、俺がここにいる限りは、絶対に見つけられないんだけど。

 城から出て行かなくて本当に良かった。

 もし外に出ていたら、生き残っていたとしても、捜索隊に見つけられていただろう。


 俺を見つけて、何をしたいのか。

 コードさんの目的が不明な今は、姿を現す気は無い。




 バルデマーは、数日の間城に滞在して、そしてまた旅に出かけて行った。

 人間の偵察をするらしく、その格好は旅人にしか見えなかった。

 変身魔法が得意だと胸を張り、バメイさんにそれ以外はまだまだだとからかわれていた。


 城にいるのが面倒だから旅に出ていると言っていたけど、多分本当の理由は違う。

 魔物だとバレたら身の危険がある中で、偵察をして有益な情報を集めているのだろう。全ては魔王のために。

 それに気づいているからこそ、きっと魔王を含め誰も止めずに、バルデマーの好きにさせているのだ。



 人間の姿で手を振る姿を見送りながら、なんだかんだいっても魔王の後継者として努力しているのだと、俺の中での評価がものすごく上がった。





 バルデマーがいなくなり、攻撃を仕掛ける必要も無い魔王達は暇を持て余している。

 前までは各地に住む魔物の状況を確認しに回っていたみたいだけど、それも一段落ついたらしい。


 そうは言っても完全に暇な訳じゃなく、細かい仕事は残っていた。

 でもそれだけで一日拘束されないので、時間が出来る。

 その時間をみんなが何に使うのかというと、全てが俺に向けられていた。



「ユウたん、これなんてどう?」


「えー。ユウちゃんには、こっちの方が似合うよー」


「坊にはこっちの方がに合うんじゃねえか?」


「いえいえ、こっちの方が」


「みんな分かってないな。ユウ様にはこれが一番似合う」


「お前達は分かってない。……なんだこれ、バルデマーからか……」



 俺を囲んで好き勝手に話している魔王と四天王の手には、様々な種類の洋服があった。


 時間を持て余したせいで着飾ることに目覚めたらしく、毎日着せ替え人形のように衣装をとっかえひっかえされている。

 自分に関係の無い事だったたどうでも良かったけど、その全部が俺に向けられるとなったら別だ。


 総額いくらするかと冷静に考えると、気が遠くなりそうな豪華なものは、たまになんの嫌がらせなのか女の子ようなのも紛れ込んでいる。

 からかわないで欲しいと怒れば不思議そうな顔をされるので、本気で着せたいと思っている可能性が高いが、いたたまれない気持ちになるから止めてほしい。


 見た目が四歳で可愛く見えるのは分からなくもないけど、さすがにやりすぎだ。



 こういう時に呆れて止めてくれそうなバメイさんも、俺を鍛える方向に進ませたいと考えたようで、鎧や重石の付いた服を進めてくる。

 バルデマーでさえ、旅先で見つけた珍しい民族衣装を転送してくる始末。


 俺にあてがわれた部屋の大きすぎるクローゼットが埋まる勢いだから、そろそろ止めてくれないと専用の衣装部屋が作られそうで笑えない。



 今だって、どこで着るんだと言いたくなるような装飾品がたくさんついたドレスのようなもので争っていて、あのうちのどれかを着なきゃいけないと思うと現実逃避したくなる。


 フリルがついているものなんて、一体どこで用意したんだ。

 買ったのか、作ったのか、どっちにしてもイメージが崩れる。



「ユウたんは、どれがいい?」



 この質問も最近は聞き飽きて、耳にタコが出来そうだ。

 どれでもいいという答えが駄目なのは、何回か経験して分かった。


 面倒くさいが、今までお世話になっているから文句は言えない。

 何回かやり取りをして、どう答えるのが一番無難か分かってきた。



「えっと、今日は、クラウスさんのがいいです」



 誰を選んでも、誰かが文句を言う。

 だから不満を溜めないように、ローテーションで選ぶようにした。



「やったあ!」



 俺がローテーションで選んでいることに気がついているのか、それとも気づいていないのか。

 選ばれた時の喜びようは凄いから、もしかしたら気づいていない可能性が高い。


 若草のような明るい緑色の、ボリュームのあるドレスを掲げ、クラウスさんは周りに向かってドヤ顔を浮かべた。

 これも誰を選んだとしても同じ流れになるから、見慣れたものである。


 そういえば今回はみんなドレスを持っているけど、何か打ち合わせでもしたのだろうか。


 あれを着せられることに内心でうんざりしていれば、魔王がなんてことないように軽い口調で爆弾を落としてきた。



「ユウたんは、それを着てパーティーに出るからね。めいいっぱい、おめかししようね」


「へっ?」



 なにそれ聞いていない。

 パーティーに出ることさえも嫌なのに、どうしてドレスを着なきゃいけないのか。

 というか、パーティーって何のパーティーなのか。


 聞きたいことはたくさんあったけど、たぶん拒否することは出来ないと分かり、口から魂が出かけた。





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