第15話 魔物からの警告
ほとんどの人が、活動をしている正午前。
眩しいぐらいに澄んだ空が、なんの前触れもなく黒く染まった。
天気の急変とは違う禍々しい雰囲気に、建物の中にいた人も、何事かと外に飛び出す。
これから何が起こるのかと不安げにしていると、雲が渦を巻き雷鳴が轟き始めた。
この世の終わりのような光景に、子供は泣き叫び、親が子供をしっかりと抱きしめた。
大の男でさえもどうすることも出来ずに、その場に立ち尽くす。
形を変えた雲は一つの塊になり、そして映像を映し始めた。
その姿を見た人々は、恐れおののく。
「ま、魔王……」
見違えるはずもない顔に、恐怖と驚きが全員の胸をしめる。
どうして急に、まさか攻撃でもしかけてくるのか。
突然の出来事にパニックになり、動けずにいる人に対し、魔王の声がまるで耳元で話されているかのように響く。
「勇者が死んだと聞いた」
その言葉を聞いて、噂を知っていたものは焦り、知らなかったものはがく然とした。
勇者が死んだ。そしてそのことが魔王にバレた。
今から人間が滅ぼすと言われても、おかしくはない状況だった。
「こっちとしては、今すぐにでも総攻撃を仕掛けてもいいんだがな。まだ勇者の死亡を確認していない。もしかしたら生きている可能性を考えて、様子を見させてもらう」
良かった。
まだ攻撃する気は無いのか。
意外に話が通じるようだ。
魔王の話に安心し気が緩んだところで、釘を刺される。
「ただし、勇者の死を確認した場合、総攻撃を仕掛ける」
勇者が死んでいたら、すぐにでも攻撃するという本気を感じた。
「せいぜい勇者を探すんだな。愚かな人間共よ」
誰も何も言えないまま、魔王は言いたいことだけを言って映像は途切れる。
後に残ったのは、清々しいほどの青い空で。
数分後にようやく理解すると、大なり小なりであれ口から悲鳴が飛び出し、辺りは一気にパニックになった。
◇◇◇
「いい感じに出来たな!」
「はい、成功ですね」
俺はバルデマーとハイタッチをして、喜びを分かち合う。
魔王に聞いた時から上手くいくとは思っていたけど、それでも最後まで不安な気持ちはあった。
でも作戦は成功に終わった。
「いやあ。人間達の顔は傑作だったな。攻撃しないと言って安心した顔から、勇者が死んでいたら総攻撃を仕掛けると言った時の変わりようといったら……しばらくは笑いが止まらなそうだ」
「でも凄いですね。伝達魔法に、あんな応用の仕方があるなんて」
魔王から提案されたのは、伝達魔法を使うというものだった。
通常この魔法は、離れている相手に意思疎通をとるために使われる。
でもこの魔法を使うには媒体となるものが必要で、一般的には紙が使われることが多い。
「まさか雲を媒体とするなんて、全く考えつかなかったです」
「俺もあれほど大規模なのは初めて見た。さすが魔王ってところだな」
伝達魔法自体は、そこまで魔力を使うものでは無い。
でもさすがにあの大きさとなれば、消費する魔力の量もそれなりのものになったはずだ。
悔しそうな顔をしているバルデマーは、まだあそこまでの大きさは出来ないのかもしれない。
「お疲れ様でした」
この作戦が成功したのは、全て魔王のおかげである。
魔力もたくさん使ってもらったので、俺はいたわるためにランハートさん指導の元、紅茶を淹れてあげた。
これまで一緒にいて初めて知ったが、意外にも魔王は紅茶が好きだという。
人間と同じ食事をとるだけでも驚きなのに、そういうのも飲むと聞いてさらに驚いた。
でもよくよく考えてみれば、魔王に紅茶は合っている気がする。
大人で穏やかな雰囲気に、紅茶はよく合う。
紅茶を淹れてあげた魔王はというと、さっきからカップを持って感動している。
「ユウたんが、我のために」
カップを渡してから同じことしか言っていなくて、感動のあまりにおかしくなってしまっているらしい。
喜んでくれるのはいいけど、紅茶が冷めてしまうから早く飲んでほしい。
「ユウたんが、我のために」
「……大丈夫か、あれ?」
バルデマーは魔王の挙動のおかしさに慣れてきたようだが、それでも今までのイメージと違っていて戸惑いを隠せないでいる。
「俺からしたら、いつも通りなんだけど……まあ、ちょっと浮かれている感じはするね」
「あれがいつもか。なんか見ていられないな」
げんなり、という言葉の似合う表情は、それでも嫌悪は含まれていなかった。
なんだかんだといっても、魔王を尊敬していることに変わりはないらしい。
「ユウたんが、我のために。はっ! ユウたんが淹れてくれたということは、これはユウたんと言ってもいいんじゃないか」
「やっぱり気持ち悪いな。色々と気をつけろよ。その……色々とな」
「あ、あはは。大丈夫だよ」
確かに今のは、俺も正直引いた。
このままだとカップまで飲みそうな気配があって、大惨事になる前に止めようとした。
「ちょっといいか」
「はい、なんでしょうか?」
止めようと上げかけた手を、バルデマーに話しかけられたので下げた。
手招きした彼は、俺が近づくとコソッと耳打ちしてくる。
「お前って、本当に子供なのか?」
「!!」
油断していたせいで、俺は大きく反応してしまった。
これでは、そうだと自白しているのと同じだ。
「やっぱりな。どういう事情かは知らないが、魔王は知っているのか」
もうごまかすことは出来ないと察し、俺は首を横に振った。
「そうか。まあ後でバレても怒られたりはしないと思うが、早めに言った方がいいぞ。うるさそうだしな」
「……考えときます」
そうはいっても、俺は言うつもりはなかった。
「ま、これからもちょいちょい顔出すからさ。仲良くしような」
「はい! ……あの、これからはバルデマーって呼んでもいい?」
「おう! よろしくな、ユー!」
頭を雑に撫でてくるバルデマーは、まるで兄のようで、俺は嬉しくて思わず顔が緩んだ。
「ユウたん!」
「は、はい!? なんでしょう?」
二人でほのぼのとしていると、突然魔王が大きな声を出した。
驚いてそっちを見れば、カップが勢いよく差し出される。
「美味しかったから、おかわりが欲しいな」
「分かりました。ちょっと待ってください」
ようやく飲んでくれたようで、美味しかったと言ってもらいテンションが上がる。
カップを持っておかわりを用意しようと部屋から出る間際、バルデマーが呆れた顔をしているのが見えた。
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