第14話 俺を憎んでいる恩人
コードさんは、使者であり国の騎士団長だった。
史上最強と呼ばれるぐらいに剣の腕があり、容姿端麗、どんな立場の人間に対しても手を差し伸べる優しさを持っていた。
でもその優しさの対象に、俺は含まれていなかった。
俺が知っているコードさんは、いつも眉間にしわを寄せて冷たい目を向けてきた。
話しかけて無視されることは他の人にもされていたけど、憎々しげな表情を向けてきたのはコードさんだけだった。
これは後から聞いたことだが、コードさんの家族は魔物に殺されてしまったらしい。
しかもそれは、俺が生まれる前日。
だから彼からしたら、もう少し早く勇者が現れていればと、そう思ったのかもしれない。
俺のせいじゃないと頭では分かっていても、やりきれない思いがあったのだろう。
確かに俺が生まれる前から、魔物はいた。
たくさんの人が傷つき、その中には死んだ人もいる。
俺はその全ての人の死に対しても、責任を持たなきゃいけない運命なのだ。
もちろん、コードさんも含まれている。
そんな俺を嫌っているはずのコードさんが、俺の死を否定している。その事実を、どう受け止めればいいのだろう。
「そのコードっていう奴が、仲間を集めて勇者を探しているらしい」
「探して、もし見つかったらどうするつもりなんだ」
「さあ、それは分からない。探ってはみたけど、そこまで知ることは出来なかった」
たぶん俺を探しているのは、俺が裏切ったと思っているからじゃないか。
俺を心配して、探すなんてことはありえない。
「どうするんだ魔王? 勇者という邪魔な存在が消えたのなら、万々歳じゃないか? ゴーサインを出してくれれば、いつでもやれるぜ」
バルデマーは悪い顔で笑う。
確かに勇者が死んでいれば、魔物にとって好都合だ。
勇者が誕生してから、魔物はかなりの辛酸を舐めた。
そして魔王まで倒されようとした。
フラストレーションは溜まっていたはずだし、それを発散しようと考えるのは当たり前である。
これ幸いとばかりに、人間を襲い始めるんじゃないか。
下手をすれば、総攻撃だってありえる。
俺のせいで誰かが傷ついてしまう。
いくら虐げられていたとはいっても、人が傷つくのは嫌だった。
この話を止めるには、俺が勇者だということをバラすしかない。
言った後のことは、その時に考えるようにしよう。
なりふり構わず、勢いのままに俺は自分の正体を明かそうとした。
でも俺が口を開く前に、魔王の凛とした声がその場に響く。
「人間界への介入は、しばらく止める」
それは、魔王が言うにはあまりにもおかしい言葉だった。
普通であれば、何かしらの行動をとるはずなのに、それを止めると言ったのだ。
俺と同じようにバルデマーも驚いて、目を見開いた。
「は、はあ? 何言っているんだよ! どう考えたって、これはチャンスだろ! 今動かないで、いつ動くって言うんだ!」
そしてすぐに怒りをあらわにしながら、魔王に詰め寄る。
「勇者が現れてから、俺達は人間にいいようにされていた! 土地を取られ、仲間をなぶり殺され、それでも従わされた! これは正当な報復だろ!」
人間にも生活はあった。でもそれは、魔物にとっても同じだ。
どうにか傷つけ合わないで、お互いに生きる方法は無かったのか。
産まれるずっと前から、こんな関係性だったせいで、誰も気にすることは無かった。
そのきっかけすら、知らない可能性が高い。
姿かたちが少し違うだけで、それ以外は似ているのに、どうして仲良くなれないのだろう。
この一ヶ月と少しの間、この城にいて色々と気がついた。
他の魔物とは戦ったことしかないから、はっきりは断言出来ないけど、魔王達は優しい。
冷静に話し合える場を設ければ、平和に今の現状を解決出来そうだ。
それでも誰もしないのは、今までに積み重ねてきてしまった憎しみが、あまりにも大きすぎるからだろうか。
人間が傷つくのも嫌だけど、魔王達が傷つくのだって嫌だ。
だから魔王が介入を止めると言ってくれて、俺は嬉しかった。
「あんたが、そんな腑抜けだと思わなかった。俺はあんたが止めたとしても、人間への攻撃をやめない」
でもバルデマーは納得がいかないようで、攻撃をすると宣言してくる。
魔王はそれを悲しげに見つめ、きっとたしなめようとした。
その前に、今度は俺が言葉を遮った。
「俺からも、お願いします。少しだけ、待ってくれませんか?」
「あ? なんでお前に指図されなきゃいけないんだ。お前は関係無いだろ」
「……関係は、あります……」
この中で、魔王と同じぐらい関係がある。
勇者としては、見逃すことの出来ない話だった。
だからバルデマーが諦めるまで、俺はひかない。
「俺は、最近まで人間と一緒にいました。嫌なこともあったし、今思うと酷いこともされました」
「それじゃあ恨んでいるだろ? 人間なんて存在ごと抹消するべきだろ?」
「……それは違います」
「違う? 何が違うって言うんだ」
「確かに悪い人はいます。魔物を傷つける人はいるし、人間だって全員が仲がいいわけじゃない。でもそれは、魔物だって同じことが言えるんじゃないですか?」
魔物同士だって争う。
争わずに平和な種族なんて、この世界にはいなかった。
別に魔物を責めているわけじゃなく、同じだということを分かってほしいのだ。
「勇者が完全に死んだか分からない中で、今攻撃をしかけたら、もしも勇者が復活した時に困るのは魔物です」
「……でも何もしなかったら、それはそれで調子に乗るだろ」
「それじゃあ攻撃をするんじゃなくて、警告するだけにとどめてください」
「警告?」
「はい。いつでも攻撃出来るぞ、という意思表示をしていれば、そうそう人間も手を出せないはずです」
少しは俺の話を聞いてくれる気になったみたいだ。
先程までおざなりな答えだったのに、今は視線を合わせてくれている。
「書状にするだけじゃ、ちゃんと国王まで届くか分かりません。届いたとしても握りつぶされる可能性があります」
国王は、善人じゃなかった。
もしいい王だったら、この世界はもっと素晴らしかったはずだ。
あの人は、警告すらも隠しかねない。
私腹を肥やしたという言葉が似合う外見を思い出して、俺はため息を吐いた。
「全ての人間に同時に見てもらえるような……誰にも邪魔されずに伝えられる方法があれば……」
そんな都合のいい方法なんてない。
自分から言い出したことだけど行き詰まってしまい、肩を落とした。
「それなら、我にいい方法があるよ」
また違う方法を考える必要があるか。
重い空気が場を取り囲んでいると、なんてことのないような軽さで魔王が手をあげた。
「全ての人間が同時に見られて、さらに邪魔をされないようにすればいいんだよね?」
「は、はい。でも、本当に出来るんですか?」
「ユウたんのためなら、それぐらい簡単だよ」
言い方は軽かったけど、任せられる安心感があった。
「それじゃあお願いします」
「オッケー。それじゃあね……」
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