第13話 魔王の後継者





「……申し訳ありませんでした」


「あ、えっと」


「ユウたんは許さないって。許してもらうために一回死んどく?」


「大丈夫です大丈夫です!」





 目の前で原型が分からないぐらい顔を腫らしている彼は、名前をバルデマーというらしい。

 本当に魔王の後継者らしく、この城に来たのも定期的に顔を見せる目的からだったそうだ。



「それならなんで、泥棒みたいなことを?」



 そもそもあんな風に泥棒みたいなことをしていなければ、俺はバルデマーに関して勘違いしなかった。

 全部が自由に出来るとは言わないけど、後継者ならば堂々と使えたんじゃないか。



「それは、この方が非常に面倒くさい性格をしているせいです」


「うっせーぞ、ランハート。いでっ」


「うるさいのはお前だ。バルデマー」



 俺の問いかけにランハートさんが説明しようとしたが、威嚇するようにバルデマーが噛み付いて、そして魔王に頭を小突かれた。

 一連の流れが慣れているようで、いつもこういう感じなのだと予測する。



「……この城にずっといると息が詰まるんだよ。顔を出せばいいんだから、その後はもらうもんもらって、さっさとここからおさらばしたいわけ。分かった?」



 どうやらバルデマーは、ここがあまり好きじゃないらしい。

 後継者ゆえに、今までに何かあったのかもしれない。



「で、誰もいない隙を見計らって、いつものように荷物をまとめていたら、お前に攻撃された。だから、こっちも反撃した」


「あの時は、何も言わずに攻撃してごめんなさい」



 バルデマーの立場から考えれば、突然攻撃を受けたら反撃するのは当たり前だ。

 しかも彼にとっては、見知らぬ子供。

 魔族は年齢と外見が一致しないこともあるので、俺と同じように侵入者だと思ったのかもしれない。



「……いや、俺もカッとなってやりすぎた。傷は痛まないか?」


「え? あ、はい! ランハートさんのおかげで、すっかり元気です!」


「……そうか」



 今回の件に関しては俺も悪いところがあったと謝罪をすれば、顔をそむけて傷の心配をしてきた。

 実際に攻撃されたことを忘れそうになるぐらい、すっかり傷は無くなっているから心配してもらう必要は無かった。



「ユウたんは優しいねえ。いいんだよ。もっと怒って。たくさん痛かったでしょ?」



 俺とバルデマーのやり取りを隣で聞いていた魔王が、膝の上に乗せて顔を覗き込んでくる。

 ここで痛いなんて言ったら、またバルデマーがお仕置きを受けることになる。

 さすがにこれ以上は可哀想なので、勢いよく顔を横に振った。



「全然痛くないから大丈夫!」


「そうかそうか。ユウたんは強くていい子だねえ」


「……きも」


「なんか言ったか?」


「イイエナンニモイッテナイ」



 対俺の時に出る、デレデレの魔王を見るのは初めてか。

 確かにいつもから考えると、あまりに違いすぎて戸惑う気持ちも分かる。



 四天王はもう慣れている、というか四天王も俺に対して甘々だから、誰も魔王のこの状態にツッコんでなかった。


 バルデマーからすれば、魔王は目指すべき姿だし、尊敬もしているだろう。

 それなのに実際の性格がこうだと分かったら、幻覚魔法でもかけられたんじゃないかと疑いたくなる。


 現に信じられないのか、自分のほっぺをつねっていた。



「ユウたんが許したから、この件は不問にする。が、一つだけおかしなことがあるな」



 デレデレとした顔を引きしめて、魔王はバルデマーに鋭い視線を向けた。

 その視線を受けて、バルデマーの背筋が伸びる。



「定期報告に来る日程は、いつもならもっと先のはずだ。今日は何をしに来たんだ?」


「……言わなきゃ駄目か?」


「そのせいでユウたんに説明出来なくて、こんな事態になったんだからな。説明する義務はあるはずだ」


「分かったよ。でも、あんまり言いたくないんだけどなー」



 頭をかいたバルデマーは、渋々と言った感じで口を開いた。



「最近、勇者について、とある噂を聞いた」


「っ」



 その単語に、一瞬息が詰まった。


 その勇者というのは、もしかしなくても俺のことか。

 俺の噂、一体どういうものだろう。

 なんとか平静を装って、話を聞き漏らさないように耳をすます。



「勇者の噂? 知らないな」


「もしかして、この城から出てないのか?」


「ユウたんを残して出かけるわけにはいかなかったから、最近は全く出ていない」


「えっと、俺のせいで、ごめんなさい?」


「どうしてユウたんが謝るの? 勝手に決めたことなんだから、謝る必要は無いからね」


「それじゃあ、一緒にいてくれてありがとう?」


「いいんだよ。ユウたん。前も言ったように、好きでしているだけだから」


「……二人の世界に入るな。話すの止めるぞ」


「はいはい。ちゃんと聞いているから、話続けて」


「……ムカつく」



 バルデマーの話が途切れてしまったから、魔王が続きを話すように促す。

 俺も話が気になるので、魔王から視線を外した。



「噂っていうのは、どうやら勇者が死んだっていうものなんだ」


「……死んだ……」


「お前、勇者のことを知っているのか?」


「は、話だけ」


「まあ、さすがに有名だからな。知っているのは当たり前か。そう、あの勇者が死んだって人間界ではもっぱらの噂だ」


「それは、どれだけ信ぴょう性のある話なんだ?」



 魔王が話に興味を抱いたらしく、身を乗り出した。

 勇者は敵だから、気になるのも当然のことだ。

 それも死んだという話なら、なおさらだろう。



「勇者一行の報告だったらしいし、かなりの信ぴょう性があるな。勇者が戦闘中に殺されて、命からがら逃げ帰ってきたってな」



 実際は裏切って、俺を殺そうとしてきた。

 戦闘中に死んだなんて、真っ赤な嘘だ。



「死体は?」


「持って帰ってこられなかったらしい」



 ここにいるから、持って帰れるわけが無い。

 全てが嘘にまみれているけど、それを証明してくれるような人が、俺の味方になってくれるような人はいなかったのだろう。

 俺の存在なんて、所詮そのぐらいの価値だったわけだ。



「勇者の死で、今人間界の方は大騒ぎだ。新たな勇者を見つけようとする人間や、魔物に服従しようと言っている人間に別れていてな。……後は勇者が死んでいないと主張している人間もいるらしい」


「それは誰だか分かるか?」


「名前? ちょっと待ってくれ。あーっと、確かコード? って名前だったような」


「……コード」



 その名前は知っていた。

 でも俺は聞き間違いだと思った。



「そいつ、勇者を最初に見出した人間らしい」



 そう。

 コードさんは、国から来て俺を村から連れ出した使者だ。


 そして俺のことを、憎んでいた人でもある。




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