第12話 激怒する魔王、他





 魔法を受けたことは、今まで何度もあった。

 魔物と戦っている時に攻撃されるのは当たり前だったし、下手をすれば仲間であるはずの魔法使いの攻撃が当たったことも何度かあった。

 あの時は手元がそれただけだと言われたが、どう考えてもおかしい。絶対にわざとだったんだろう。



 そういうわけで魔法攻撃には慣れているつもりだったんだけど、やっぱり子供の体では勝手が違う。


 仕返しということで、向こうは風魔法を使ってきたようだ。

 全身が切り刻まれるような痛みと衝撃に、防護魔法をかけていたはずの俺の体は吹っ飛んだ。

 そのまま背中から壁に激突して、呼吸が一瞬止まった。



 これは骨が何本か折れたかもしれない。

 冷静に頭では分析したけど、あまりのんきにはしていられない状況だった。

 防護魔法を使ったせいで、回復魔法を使えるほどの力がもう残っていない。

 かすり傷だったら平気だった。

 でもこの感じだと、すぐにでも傷を治さなければ死ぬ予感がした。



 咳と共に、口から血を吐き出す。

 呼吸も上手く出来ず、地面に倒れたまま俺は泥棒の顔を見た。



「はっ。ガキがいきがっているから、こんなことになるんだよ」



 そんな俺の頭を足で踏みつけてくる。

 回復魔法を使ってくれるはずはなく、俺は命の火が消えそうになるのを感じた。



 まさか、こんな形で死ぬなんて。

 死ぬ時は魔王に殺されると、どこかでそう勝手に決めつけていた。


 あの時、仲間に裏切られて死にかけた時でさえ恐怖を感じなかったのに、今はとても怖かった。

 死にたくない。魔王に会いたい。

 俺が死んだら、魔王は悲しんでくれるのだろうか。



「……ま、お……」



 血と一緒に出した名前は、誰にも聞こえないぐらい途切れて小さかった。

 泥棒も聞こえなかったらしく、足をグリグリと動かして手を向けてくる。



「これで終わりだ。俺に刃向かったことを、地獄で後悔しな」



 何の魔法を出すつもりかは知らないけど、たぶんどんな魔法でも俺の命を奪うのは簡単だ。

 最後に一目でもいいから、魔王の顔を見ておきたかった。

 でも、それももう叶わない願いである。





「消えろ」



 泥棒の魔法は放たれた。

 でも、その攻撃が俺に当たることは無かった。


 ずっとずっと大きな体が、俺と泥棒の間に入り、魔法を消し去ってくれたおかげだ。



「……は? ま、魔王?」



 まさか急に魔王が現れるとは思ってもみなかったのか、泥棒が戸惑い驚いた声を上げる。

 俺もこんなタイミングで現れるとは思わなくて、意識がぼんやりとしている中で、驚きとそれ以上に嬉しさを感じた。



「ま、お……」


「ユウたん」



 名前を呼べば、優しい声が返ってくる。

 その優しさが染み込んでいって、少し体が楽になった。



「ゆ、ユウたん? もしかして、そいつが?」


「もしかしても何も、お前がやったことは許されるものじゃない。馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、まさかここまで救いようのない馬鹿だったとは。少し甘やかしすぎたか」


「い、いや、まさか、魔王のお気に入りだとは思わなくて。わ、悪かったよ。全然知らなかったんだ」


「知らなかったら、こうして傷つけていいと?」


「だ、だから悪かったって、謝っているだろ」


「そんな雑な謝罪しか出来なくて、反省もしていない。教育を完全に間違った。お前が我の後継者だという事実を、抹消してしまいたい気分だ」



 泥棒が魔王の後継者?


 駄目だ。怪我のせいで頭が上手く回らない。

 もう起きているのだって、やっとだ。


 気絶しそうになっていたところで、急速に傷口が癒されていく。



「大丈夫ですかっ? ユウたんさん!!」


「……ら、んはーと……さ?」


「無理に話さないでください。まだ全部治しきっていませんから」



 険しい表情をして回復魔法をかけてくれていたのは、ランハートさんだった。

 その周りには他に、バメイさんやリーナさん、クラウスさんの姿もいる。

 みんな同じような表情をしていて、でも俺を見る瞳には優しさが含まれていた。


 ランハートさんの回復魔法のおかげで、どんどん痛みがなくなってきて、視界もクリアになっていく。

 死の気配も感じなくなり、もう少しすればいつも通りに動けそうだ。



 さすが四天王。

 瀕死の状態からここまで回復させるには、それ相応の魔力を消費するし、高等魔法じゃないと出来ない。


 それを俺のためなんかに、何のためらいもなく簡単に使ってくれている。

 命の恩人といっても過言じゃないぐらい、俺は助けられた。



「ユウちゃん大丈夫? 痛かったよね。よく我慢したね」



 リーナさんが俺の頭を撫でて、おまじないをかけてくれる。

 痛いの痛いのとんでいけ、そんな聞きなれない言葉を耳にしながら、俺はみんなを安心させるように笑った。



「大丈夫ですよ。みんなのおかげで痛くなくなりました」


「まだ寝ていろ。傷が治ったっていっても、病み上がりみたいなものなんだからな」



 体が楽になったので起き上がろうとすれば、バメイさんに止められる。

 確かにまだ体はだるいけど、俺は起き上がらなきゃいけない理由があった。



「ひぃ、や、やめっ」


「どんなに許しをこおうと、お前を許す気はさらさらない。ユウたんが受けた分には及ばないが、少しは痛みを知るんだ」


「いたいいたいいたいいいいい!!」



 みんなの体に隠されて見えないが、泥棒もとい魔王の後継者だという魔物の断末魔の悲鳴が、さっきからずっと聞こえている。

 さすがに殺すことはないと信じてはいるけど、止めた方が良さそうだ。



「あの、俺は大丈夫ですから。多分誤解があったと思いますし、攻撃をそろそろ止めてあげてください」



 死ぬかと思ったのは確かだし、とても怖かった。

 でも何かお互いに誤解していたから、こんな事態が巻き起こってしまったのだ。

 落ち着いた今は話をしてみたい。


 そう考えて、誰かに止めて欲しいと頼んだのだけど、笑顔のみんなは目が笑っていなかった。



「いいんだよ、ユウ様。あれはバメイ以上に頑丈だから。少しぐらい殺したって大丈夫」


「そうです。魔王様に任せておきましょう」


「あいつには、少しお灸を据える必要がある」


「あんまり好きじゃなかったから、いい気味ー」



 少しぐらい殺すのは、完全に駄目じゃないか。

 誰も止める気がないのは分かって、俺は諦めることにした。

 魔王もさすがに、そこまで酷いことはしない……たぶん。



 その後も悲鳴を聞き続けながら、俺は遠い目をして現実逃避をすることにした。





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