第11話 初めての遭遇





 この前、ギリギリまで魔力を使い切ったおかげで、しばらくは大丈夫そうだ。

 それでもまた一ヶ月ぐらいしたら、同じぐらいは溜まってしまうだろう。

 こまめに使っていく必要がある。


 この前の件で身に染みるぐらいにそれを実感したから、俺は一日一回魔法を使うことを自分に課した。


 別にこの前みたいな、大規模なものである必要はない。

 服を着替える時とか、明かりが欲しい時とか、そんな日常のくだらないことでいい。

 今まで自分でやっていた部分を、魔法で簡単にするだけでだいぶ違う。


 普通はみんなそういう風に魔法を使っているから、俺が使わなすぎたのだ。

 でも周りに無駄な魔力を使うなと言われていて、自分でやらなきゃいけないものだと思っていた。

 たぶん魔力しか使い道が無かったのと、俺という存在が魔法を使うのを防ぎたかったからだろう。


 使い捨ての駒にしようとしていたから、そういう便利なことは覚えさせなかった。

 でも今は、止める人は誰もいない。

 それに使った方がいいから、好き放題しても構わないのだ。



 そう気がついて、初めて着替えに魔法を使った時は、あまりも便利さに感動した。

 こんな便利なことをやってこなかったなんて、人生の半分を損している。

 この便利さを知ってしまったからには、もう元には戻れない。


 消費する魔力もささいだから、遠慮なく使える自分の魔力の多さに感謝した。





 こうして日常生活が少し便利になり、精神的にも余裕が出来てきた俺は、城の中を散歩する頻度を増やした。

 ちゃんと魔王には許可をとってあるし、入っちゃ駄目な場所はあらかじめ聞いているから、そこを気をつければあとは自由だ。


 今日も運動がてらに歩き回っていた俺は、ある部屋の扉が開いているのに気がつく。

 確かあそこは宝物をしまっておく部屋で、入っても構わないと言われていたけど、さすがにマズイだろうと行ったことはない場所だ。


 中からは、暴れるような物音が聞こえている。

 もしかして泥棒だろうか。

 そうだとしたら、すぐに魔王か誰かに伝えなきゃ。

 そう考えた俺は走り出そうとした、でもすぐに考え直して足を止める。


 呼びに行っている間に、泥棒が逃げてしまったらどうする。

 俺が入ってもいいぐらいだから、本当に貴重なものは置いてないかもしれないけど、盗まれたら絶対に困るはずだ。


 まだ体の中には、魔力がある。

 ちょっとした攻撃魔法ぐらいなら出せるから、油断しているところを狙えばいい。

 気絶でもしてくれれば、後は誰かに助けを求めて事件は解決する。




 周りに誰もいないのを確認して、そっと中に入った。



 部屋の中には金や銀で作られた細工品や宝石が、どちらかといえば乱雑に置かれていた。

 でも偽物というわけじゃなく、きっと魔王達にとっては取るに足りないものなのだ。

 床に落ちている金貨一枚でも、質素に暮らせば一年は持つぐらいの価値はある。


 この部屋の総額を考えたら……頭が痛くなりそうだから止めておこう。



 とにかくそんな部屋の奥で、四つん這いになりながら袋に色々と詰め込んでいるのは完全に泥棒だ。

 これは攻撃しても文句は言われないだろう。

 俺はそっと狙いを定めて、頭の中で何の魔法を使うか決める。


 さすがに光魔法は、もう出せない。

 見た目からして魔物だと思うから、光魔法の方が効果的なのは分かっている。

 でもまた光魔法を使えば、今度はさすがにバレてしまう。

 そんなリスクを犯してまで、泥棒を撃退するのはよくない。


 ここは簡単に、初心者でも使える風魔法にでもするか。

 火や水は中にあるものを駄目にしてしまいそうだから、候補から除外した。

 俺は風を頭の中でイメージすると、泥棒にだけ当たるように魔法を放った。



「うぎゃ!?」



 ちゃんと明確にイメージしたおかげで、この前みたいな大惨事にはならず、ちゃんと泥棒の体にクリーンヒットした。

 細かい魔法を使っていたから、コントロール能力が知らず知らずのうちに上がっていたらしい。


 自分が楽になるためだったけど、意外にも自分のためになっていたようだ。

 風魔法を受けた泥棒は、飛ばされて壁に激突する。

 でも残念なことに、気絶するまでには至らなかった。



「……ぐ、う」



 うめき声を上げながら、俺のことを睨みつけてくる泥棒。

 額に角が生えていて、瞳が蛇のように鋭い。

 大きさはリーナさんと同じで、一般的な成人した男性ぐらいだった。

 つまりは人型の魔物からすると、大分小さい。



「てめっ、何すんだよっ!」



 バメイさんのように頑丈なタイプだったらしく、勢いよく壁にぶつかっていたのに、もう回復してしまったみたいだ。

 俺はまだ微かだけど魔力が残っているのを、気づかれないように確認して、そして時間稼ぎをするために泥棒に近づく。


 魔法が使われたのを、きっと誰かは気づいてくれただろう。

 そのうち来てくれるだろうから、それまで引き止められていれば俺の勝ちだ。



「……ここで何しているの?」



 とりあえずは、話が通じるのかどうか確認。

 言葉は聞き取れたけど、こっちの言葉が通じないかもしれない。



「あ? 何だ、このガキ」



 言葉は通じるみたいだ。

 でも態度は、完全に子供姿の俺を馬鹿にしている。

 人を見た目で判断するタイプらしい。


 そういうタイプは隙が出やすいと、俺は話を続けることにした。



「俺は少し前から、この城でお世話になっている。でも、あなたの顔を見たことない。もしかして泥棒している?」


「あー? 面倒くせえなあ。お前、そこどけ。俺は帰る」



 やっぱり泥棒だから、早く逃げたいわけだ。

 追い払うようなしぐさで、どくように言われたけど、まさか俺がそんなことをすると本気で思っているのだろうか。

 もしそうだとしたら、馬鹿にしすぎだ。



「どかない。その袋の中に入っているものを、ちゃんと元に戻すまではどかない。泥棒は良くないから、返して」


「は? ったく、何なんだよ。おいガキ、怪我したくねえだろ。さっさとどかねえと痛い目見ることになるぞ」



 さっきからセリフが、完全に小物の言うものだ。

 魔王城で泥棒をするぐらいだから手練だと思っていたら、ただ無鉄砲なだけなのかもしれない。



「俺が言ったことは聞こえなかったの? ちゃんと返すまで、俺はどかないって言った」


「あ゛ー、本当に面倒くせえ。……俺は忠告したからな」



 怒りやすい性格でもあったらしく、こちらに手が向けられた。

 魔法を出すつもりなのか、俺は顔には出さなかったが、防護魔法が使えるかどうか内心では焦っていた。



「刃向かったことを、せいぜい後悔しな」



 怪我をしたとしても、ここのものが守れればいいか。

 俺は痛みを覚悟して、ぎゅっと目をつむった。




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