第10話 もしかして馬鹿?





 人間にしか使えない光魔法を使って、山の大半を消し去った。

 文字にすると完全にアウトなことをやらかした俺は、魔王がどんな判断をするのか待っていた。


 裏切り者だと怒るのか、人間は家畜だと殺されるのか、勇者だとバレて拷問されたり洗脳されるのか。

 想像が止まらず、そしてそのどれもがありえることだった。


 勇者だとバレないためにしようとしていた行動で、自分の首を絞めることになるなんて、こんなの本末転倒だ。

 もっと考えて魔法を出すべきだった。

 威力はしょうがなかったかもしれないけど、光魔法を出すのは防げた。


 この一ヶ月の間に、完全に気が緩んでいたのかもしれない。

 あの山、誰かが住んでいたのだとしたら可哀想なことをしてしまった。


 別のことを考えて現実逃避をしていると、魔王が動く気配を感じた。

 さあ、どうする。



「うわっ!」



 諦めて大人しく待っていた俺は、浮遊感に襲われる。

 このまま落とされるのか。

 痛いのは嫌だな、出来ればすぐに死にたい。

 そんな望みを考えていれば、身体が苦しくない力で抱きしめられた。


 抱きしめられた? なんで?

 絞められて殺されるのかと思ったけど、力の加減はちょうどいいぐらいのまま変わらない。


 ただ単に抱っこされている。

 今こうされている状況が理解出来ず、頭にはてなマークが浮かぶ。



「ユウたん!」


「……はい」



 興奮している魔王に、ついに断罪の時が来たと構える。



「ユウたんは、ユウたんは、やっぱり天使だったんだね!」


「……は、はい?」



 耳も頭もおかしくなったのかもしれない。

 人間め、下等生物め、この家畜め、予想していたものとは百八十度違った言葉が聞こえてきたような……。


 前にも天使だと言われたことはあるけど、冗談だと聞き流していた。


 そして今は、そんな冗談を言うような状況じゃない。

 俺か魔王の頭がおかしくなったとしか思えず、助けを求めるために周りを見回した。



「魔王様」



 まっさきに目が合ったランハートさんが、そっと魔王に話しかける。

 ここは冷静な彼が、魔王を諌めてくれるのだろう。

 俺にとってはまずい状況になるけど、そっちの方が混乱せずに済む。



「ユウたんさんは、天使じゃありません」



 いいぞいいぞ。

 天使を否定したところに希望を見いだし、俺は内心で応援しながら次の言葉を待った。



「ユウたんさんは、天使ではなく妖精なんですよ!」



 違う、俺が求めていたのは、そんな言葉じゃない。

 天使から妖精に言葉が変わっただけで、混乱することに変わりはなかった。


 あの冷静なランハートさんでさえ、頭がおかしくなっている。

 もしかして光魔法を近くで見たから、後遺症におかされたのかもしれない。


 ランハートさんは諦めて、俺は次に期待出来るバメイさんに視線を向けた。


 呆れたような顔で俺達のことを見ていたから、これは大丈夫そうだとアイコンタクトをとる。

 もう、人間だと言われる覚悟は出来ていた。


 さあ、断罪の言葉を。

 頭をかきながら口を開いたバメイさんは、大きなため息を吐く。



「おいおい。魔王様もランハートも何言っているんだ。天使?妖精?ありえないだろ」



 その通り。

 俺は天使でも妖精でもない。

 ただの人間で、そして勇者だ。



「どこからどう見ても、ユウはマスコットだ。何かの枠組みに収まるような、そんな存在じゃねえだろ」



 駄目だ。

 バメイさんもおかしくなっている。

 マスコットって、どういう意味なんだ。


 もう助けを期待出来なかったけど、そっとリーナさんを見た。

 目が合うとニッコリと笑った姿に、嫌な予感がする。



「はいはーい。私はユウちゃんのこと、可愛い小人だと思うよー」



 あー、もう。収拾がつかない。

 面倒な気配を察知して、俺はこの場から逃げ出したくなった。


 小人って、人間とは違うのだろうか。

 俺には違いが分からない。



 もう頼みの綱は、クラウスさんしかいなかった。

 あまり期待していなかったけど、そっと様子を伺ってみる。

 こっちを見ていたクラウスさんとは、すぐに目が合った。

 穏やかな表情を浮かべていて、俺は一縷の望みをかけて助けを求めようとした。



「ユウ様、僕の答え聞きたい?」



 絶対にろくな答えじゃない。

 それが分かって、俺は答えを聞くのを首を振って拒否した。

 これ以上、変なことを言われても処理出来るわけがない。



「ユウたんは天使!」


「いえ、妖精です」


「マスコットだろ」


「えー、小人可愛くなーい?」



 こうしている間にも、魔王達は自分の主張を全面に押し出している。

 それこそ今にも戦闘が始まりそうで、俺は魔王の腕の中にいながら止めるべきか迷う。


 人間だと責められる覚悟をしていたのに、どうしてこんなことになっているんだろう。

 危機感が足りないというか、俺に対して盲目すぎるというか、ただの馬鹿なんじゃないかと心配になってくる。



 こんな感じで、よく今まで生き残れたものだ。

 俺の知っている人間の方が、もっと面倒くさくて性格悪くて、蹴落とし合うのが得意だった。


 本当に魔物は倒すべき存在なんだろうか。

 最近そう思うことが多い。

 関わっているのは魔王と四天王だけだけど、他の魔物も、もしかしたら同じような性格かもしれない。



 俺達人間が過敏に反応していただけで、お互いの平和を確保出来る道もあるかもしれない。

 もしも俺が人間代表だったのであれば、今すぐにでも和平交渉をするのに。現実は、俺は人間から見捨てられた存在で、交渉出来るようなものを何も持っていなかった。


 俺じゃ、何の力にもなれない。


 歯がゆい気持ちを押し込み、魔王の胸を軽く叩いた。



「どうしたの? ユウたん」



 そうすれば言い合いをすぐに止めて、視線を合わせてくれる。

 こういう何気ないしぐさが、俺を駄目にする。

 責任転換をしながら、そっと胸にすり寄った。



「……帰ろう」



 人間だとバレなかったのであれば、俺の目的はもう達成した。

 体の中にあった魔力がほとんど無くなっているのを確認し、これでしばらくは持つだろうと安心する。



 魔力が使い切ったせいで、実はさっきから力が入らなくなっていた。

 もう動くことさえも一苦労だから、魔王に連れて帰ってもらうしかない。



 だんだんと眠気も襲ってきている中、何とか帰りたい気持ちを伝えれば、少しの間の後おでこに柔らかいものが触れるのを感じた。



「そうだね。帰ろうか」



 その正体が何かを確かめる体力も無く、俺はそのまままぶたを落とし眠りについた。





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