第9話 勇者だとバレちゃいけない





 おかしい。

 俺は魔王城に一日だけお世話になるつもりだったのに、気がつけばあれから一ヶ月経っている。


 絶対におかしい。

 俺はお世話になるのも申し訳ないから、何度も出て行こうとした。

 その度に引き止められて、時には泣き落としまでされて、無視して出て行けるほど俺は冷たい人間じゃなかった。



 それなら引き止められない時間に、こっそり出て行けばいいんじゃないかと考えた。

 でもみんなが寝静まったのを確認して、荷物をまとめて部屋を出たら、目の前に魔王がいるという感じで失敗した。


 喉が渇いて水を飲みにいったり、眠れなくて散歩しようと思った時は現れないから、部屋に監視魔法でもかけられているのかと疑った。

 でも探してみてもそんな気配は感じられず、ただの偶然だと判断するしか無かった。



 こうして泣き落としをされたり、邪魔をされたりして、俺の出ていく計画は全部失敗に終わった。

 決して、居心地が良くないから出て行こうとしているわけじゃない。

 どうあがいたとしても、俺は人間だ。

 いくら瞳の色が同じだからといって、ずっと一緒にはいられないのは、俺が一番分かっていた。



 子供になった原因は、瀕死の状態を魔力をほとんど使って回復したからである。

 だから魔力が完全に戻れば、元の姿に戻る可能性が高かった。


 元の姿に戻る時は、俺が勇者だということがバレる。

 敵だと分かったら、みんなどんな反応をするのだろうか。

 嫌な想像しか浮かばなくて、そうなる前に早く出て行きたかった。





「ユウたん、最近元気が無いね。何か嫌なことでもあったの?」


「……魔王」



 部屋で膝を抱えていれば、魔王が中に入ってきて隣に座る。

 ぎしりとソファが沈み、バランスを崩して寄りかかる形になった。



「それとも悩みごとかな?」


「そういうわけじゃないです」



 嘘だ。

 ここ最近そのことばかり悩んでいて、夜も眠れないほどだった。


 いつ勇者だとバレるか分からない恐怖は、俺の心をむしばんでいた。



「嘘だね。我にも言えないこと?」


「……それは」



 魔王にこそ絶対に言えない。

 最近戻ってきている魔力が怖いなんて、その理由を聞かれたら絶対に答えられなかった。



「考えないのもどうかと思うけど、悩んでいたって答えが見つからないことはあるよ。そういう時は、パーッと吐き出しちゃえば、スッキリすると思うよ」



 パーッと吐き出す。

 それは出来ないと言おうとした俺は、唐突に閃いた。



「ま、魔王にお願いがあります!」


「ユウたんが元気になるのなら、何でも叶えてあげるよ。言ってごらん」


「それじゃあ……」



 俺の願いを聞いた魔王は少し驚いた顔をしたが、すぐにオッケーを出してくれた。




 ◇◇◇





 魔王城の敷地と呼べる範囲は、とてつもなく広い。

 魔物達が住んでいるエリアもあるし、それ以外にも食料を調達するための森や川や山があった。


 だから、好き勝手に出来る広い場所というのが、色んな箇所にある。

 そのうちの一つに連れてきてもらい、俺は身長の何十倍もある大きな岩の前に立って、魔法を放とうと構えていた。



「ユウたん頑張れ!」



 少し遠くには魔王が応援係として見守っていて、その周りには四天王もいた。

 手には俺の名前が書かれた旗を、それぞれ持っている。

 俺のために集まってくれたらしいけど、他にやることは絶対にあると思う。

 魔物達のトップにいるとは見えない姿に、本性というのは上手く隠せるものだと感心した。




 俺が何故ここに来たかと言うと、溜まってきた魔力を放出しようと考えたからだ。

 最近魔法を使っていないから、魔力が溜まるのは当然のことである。


 それならば魔法を使えばいい、簡単なことだった。

 そう考えて魔王に頼み込み、魔法を遠慮なく使える場所に連れてきてもらった。


 あの岩に向かって、好きに魔法を放ってもいい。

 魔王に言われてから時間が経っているけど、俺は未だに魔法を使えていない。


 体の中に魔力があるのは感じていても、上手く使えるかは自信が無かった。

 もしかしたら子供になったせいで、変な方向に作用するかもしれない。

 でも魔力が溜まって元の姿に戻るぐらいだったら、どうなるかは分からなくてもやってみるべきだ。



 俺は深呼吸をして、目の前の岩を見すえる。

 とりあえず、全ての力を出してみればいいだろうか。

 きっと全盛期と比べても、力は劣っているはず。

 あの岩を壊せるかどうか、微妙なところかもしれない。



 何度も深呼吸を繰り返し気持ちを落ち着かせると、俺は手を前に出す。

 詠唱無しの魔法は得意中の得意だ。

 手間が省けるし、早いし、相手にガードする隙を与えない。

 これで今まで、たくさんの魔物を倒してきた。


 こういうのは、とにかくイメージが大事だ。

 あの岩を粉々に砕く。

 仮に出来なかったとしても、ヒビを入れることぐらいまではやりたい。

 みんなが見守っているから、あまり恥ずかしいところを見せたくはないという変なプライドがあった。



 心が落ち着くにつれて、全身に力がみなぎる。

 これならいける。

 俺はその力を手のひらに集めて、そして一気に放った。




 衝撃。

 轟音。

 それが一気に襲いかかり、踏ん張りきれなくて後ろに倒れる。


 砂埃が舞い上がり、目を守るために反射的に閉じた。

 パラパラと小石や砂が落ちる音、焦げ臭い匂い、そしてさっきまでとは違う静寂。


 物凄く嫌な予感がして、目を開けるのが怖かった。

 でもすでに魔法を放った後だし、今更取り消せない。

 どうせいつか見ることなるんだから、早めに確認しよう。



 砂埃が落ち着いたぐらいの頃を見計らい、祈るような気持ちで目を開けた俺は、思わず手を顔に当てた。

 大きな岩を壊すことが出来れば上出来とぐらいに、簡単に考えていた。

 でも、その結果がこれとは笑えない。



 俺の前にあった大きな岩は、跡形も無くなっていた。

 それどころか岩の後ろにあった山に、風穴が空いているのが見えてしまった。



 完全にやらかした。

 いくら魔力があっても、こんな子供が山を破壊するほどだとは、いくらなんでも予想していなかったはずだ。

 絶対に不審に思われているし、俺はもう一つ大きなやらかしをしてしまったのに気がつく。



 どうやら無意識のうちに、光魔法を使っていたらしい。

 おどろおどろしい空気に満ち溢れていたはずの場所が、澄んだものに変わっている。



 光魔法を使えるのは限られている。

 そしてその中に、魔族は含まれていない。



 これは完全に人間だとバレた。



「……ユウたん」



 魔王が呆然とした感じで、俺の名前を呼ぶ。

 怖くてそっちの方を見ることが出来なくて、俺は次にどんな言葉を吐き捨てられるのか、覚悟をしながら待った。





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