第8話 歓迎パーティー
目の前のごちそうは、急ごしらえで用意したにしては、量が桁違いに多かった。
前々から用意していたんじゃないかというぐらいで、俺はシェフの人に申し訳なくなった。
「あの、俺こんなに食べれません。せっかく用意してもらったのに、ごめんなさい」
「いいのいいのー。どうせ全部バメイが食べるだろうしー」
「おいおい。俺は残飯処理か? まあ、いいけどよ」
軽く二十人分はありそうだけど、本当に大丈夫なんだろうか。
でも安心しろと言っているのだから、これ以上何か言う方が良くないはずだ。
だから、目の前のごちそうを楽しむことにする。
「これ、食べていいんですか?」
「いいんですよ。ユウたんさんのために用意したんですから、遠慮なく食べてください」
「そうだよ。いーっぱい食べな。いっぱいね」
「クラウス、気持ち悪いですよ。ユウたんさんが怯えてしまいますから」
「ユウ様が天使なのは分かっているから、そんな欲は抱かないから安心してって」
俺の周りを囲んでいる四天王の人達が忙しなく声をかけてくるけど、その騒がしさが心地良かった。
「お前達、うるさいぞ。ユウたんが落ち着いて食べられないだろう。ほらユウたん、ゆっくり食べるんだよ」
「はい。ありがとうございます」
ごちそうと言われて、実は少しだけ不安な気持ちがあった。
魔物がどういったものを食べるのか俺は知らない。
もしも食べられないものが並んでいたら、食べられなかったことで、人間だとバレてしまうかもしれなかった。
クラウスさんが今どう思っているのか知らないけど、こうしてのんびりと話しているから今は大丈夫だと信じたい。
それよりもせっかく用意してくれたごちそうなのだから、冷める前に食べた方がいい。
俺は置かれているフォークを手に取る。
「い、いただきます」
「「「「「めしあがれ」」」」」
挨拶をすれば返ってくる。
初めてのことに戸惑いながらも、俺は目の前にある一口サイズに切られた肉に手を伸ばした。
四歳でも食べられるように、シェフが気を遣ってくれたのだろう。
柔らかいそれは噛まなくてもいいぐらいに、口の中に入れた途端に溶けた。
「! 美味しい!」
「そっか。ユウたんの口にあったのなら良かった。たくさんあるから、どんどん食べていいんだよ」
「はい!」
こんなに美味しい食べ物は、生まれて初めて食べた。
これまでは石みたいに固いパンと、薄くて野菜の皮しか入っていないスープが俺の食事だった。
魔物に襲われている大変な状況の中で、食事に金をかけられないからだと説明されていたけど、今思うと俺に食べ物を与えたくなかっただけだ。
そうじゃなければ、国王達が毎食豪華な食事をしていた説明が出来ない。
見ないふりをしていただけで、俺の待遇は酷いものだった。
しみじみとしながら、美味しい料理に手を伸ばしていると視線を感じた。
パンを口いっぱいに頬張りながら、視線の方向の顔を向ければ、全員と目が合う。
その優しい、慈愛に満ちた眼差しに、俺は胸がきゅっと締められたような気分になる。
そんな顔をされたら、まるで大事にされているんじゃないかと勘違いしてしまいそうだ。
恥ずかしくなって下を向いたが、あることに気がついて顔を上げた。
「……みんなは食べないんですか?」
パンを飲み込み気になったことを尋ねれば、優しい表情のまま魔王が頭を撫でてくる。
「ユウたんが、お腹いっぱい食べてくれるのが目的だから。後でいいんだよ」
「!そうです。あなたは小さいんですから、たくさん食べなさい」
「ガキは遠慮せずに、食べられるだけ好きなものを食べろ」
「そうそうー。小さいユウちゃんも可愛いけど、大きくなったユウちゃんも可愛いと思うしー」
「僕も同意見。今のユウ様も良いけど、たくさん食べて大きくなって」
どうして、ここまで俺に優しくしてくれるんだ。
その理由が分からなくて、俺はフォークを強く握った。
まだ完全には信じられないけど、優しさを突っぱねられるほど、俺は孤独を好む人間じゃなかった。
ここまで優しくしてくれるのなら、俺からも何かを返したい。
そんな一心で、目に入った美味しそうな果物を手に取る。
「ユウたん、どうしたの?」
「……一緒に食べた方が美味しいです。あーんしてください」
「あ、あーん……!?」
このまま俺が食べている様子を見守られているだけなのは、物凄く寂しい。
でも言ったところで聞いてくれなさそうだから、強硬手段をとることにした。
果物を差し出して、食べるようにプレッシャーをかける。
差し出された魔王は石のように固まったかと思えば、顔を上下左右に忙しなく動かす。
完全に動揺している姿に、俺は少しだけしてやったと思った。
俺ばかりが心を動かされるのはフェアじゃない。
もっと困ってしまえばいい。
未だに食べようとしない魔王は、きっと頭の中ではどう逃げようか考えているんだろう。
でも逃がす気は無いから、俺は追い打ちをかける。
「……そうですよね。食べてくれないですよね……」
しゅんとした悲しい表情をして、そして顔を下に向ければ、見ようによっては泣いているように感じるだろう。
ここまでやって駄目なら諦めるしかない。
果物を上げる腕は下げないまま待っていると、大きな唸り声が聞こえてきた。
「うぬわぁああああ! ありがたく食べます! あーん!!」
どうやら作戦は成功したらしい。
持っていた果物は、無事に魔王の口の中に収まった。
もぐもぐと口を動かしている魔王は、顔に手を当てて何かを呟いている。
可愛い、天使、小悪魔、国宝級、ところどころの単語は拾えたけど、何を言っているのかまではさっぱりだった。
とにかく目的は達成出来たから食事に戻ろうとしたら、強い視線を感じた。
魔王は顔を隠したままだから、他には四人しかいない。
「……?」
どうしてみんな口を開けて、期待したような目を向けてきているのか。
「ユウたんさん。私にも食べさせてくれますよね?」
「俺もちょうど腹が減っているんだよな。そこの肉でいいから、食べさせてくれねえか?」
「私もユウちゃんにあーんしてもらいたいなー」
「ぜひ、僕にもあーんしてくれる?」
どちらかといえば変な顔に、首を傾げているとおねだりをしてこられた。
まさかあのバメイさんまでもが、こんなことをするとは。
驚きつつも断る理由が無いから、順番に食べ物を差し出せば、いい笑顔でサムズアップされた。
自分達のフォークやナイフは用意されているのに、わざわざこんな面倒くさい食べ方をすえうなんて、やっぱり人間とはどこか違うのかもしれない。
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