第7話 最強の変態?




 お兄ちゃん。

 そう呼ぶのはいいけど、急に何を言い出してきたんだろう。

 どうしようかと考えて、別に断る理由もないから少し恥ずかしいけど呼んでみることにした。



「……お、お兄ちゃん?」



 本当にこれでいいのかと不安になったが、どうやら正解だったみたいだ。



「っ最高だよ!」



 親指を立てて笑う姿は、外見だけみれば爽やかかもしれない。

 でも状況を考えれば、完全に変態だ。

 この短いやり取りで、俺は気づいていた。


 クラウスさんが、いわゆるショタコンだということを。

 ほっぺを触ってきた時から、どこかおかしいと思っていた。


 魔王の時と違って、手つきや目がおかしかったのだ。

 そしてお兄ちゃんと呼んだ時の顔は、絶対に人に見せられないレベルのものだった。


 いくら魔族で美形とはいえ、あの顔はまずい。

 少しの気持ち悪さに、俺は魔王に助けを求めたくなった。



「ユウ君。それじゃあ次は、お兄ちゃん大好きって言えるかな?賢いユウ君なら言えるよね」



 アウトだ。

 二人きりという状況に危機感を覚えて、俺はそっと後ずさる。


 でも下がった分だけ、いやそれ以上に近づかれてしまった。



「そんなに怯えた顔をしなくてもいいんだよ。怖いことはしないし、痛いこともしないからね」



 いやもう本当に、切実に誰か来て欲しい。

 こんな変態を一人で相手にするには、俺は力不足だ。


 そういった意味での好意を向けられたことがなかったから、対応策が全く思い浮かばない。


 まさかクラウスさんが、こんな人だったなんて。

 俺の中でのイメージが崩れ去っていく。



 はあはあと息を荒くして近づいてくるから、俺は貞操の危機に震えることしか出来ない。

 こんな時でも思い浮かべるのは、魔王の顔だった。


 出会って一緒にいた時間は短かったけど、俺の中での存在が大きくなっている。



「ま、魔王っ!」


「だから魔王様は来ないって」






「ユウたん、どうしたの?」



 助けを求める声は、届かないはずだった。

 でも、のんびりとした雰囲気の魔王が現れて、俺もクラウスさんも驚く。



「ま、魔王様」


「はーい、魔王様だよー」



 やっほーと手を上げて近づくところは緊張感が無かったけど、怒っていると直感的に気づいた。

 ピリついた殺気のようなものは俺に向けられたものじゃないと分かっていても、冷や汗が流れる。



「……クラウス。我はお前になんと言ったか覚えているか?」


「はっ。ユウ様が起きた時にパニックになるだろうから、面倒を見ておくようにと……」


「それじゃあ、今のこの状況はどう説明する?」


「無礼かとは思いましたが、害をなすような洗脳でもされていないかと確認しようと」


「確認するのに、そこまで近づく必要は無いよね。完全に自分の欲に忠実になっていたよね」



 言い訳をしようとしたクラウスさんは、グッと口を閉じた。



「確かにユウたんは可愛いよ。それにお前の性癖を否定するつもりは無い。でも、怖がらせるのは良くないだろう?」


「……はい、申し訳ありませんでした……」



 優しく言っているけど、その雰囲気は恐ろしいままだ。

 クラウスさんの目が、ものすごく泳いでいる。



「ま、魔王……」


「どうしたの? ユウたん?」



 でも俺が話しかければ、こちらを優しい目で見てきた。

 そして手を伸ばして、頭を撫でてくれる。



「あまり怒らないでください。クラウスさんは悪いことしてません」


「でも、怖がってなかった? 別にかばわなくてもいいんだよ?」


「かばってないです。急に現れた俺を警戒するのは当たり前です。でも痛いことをしてきませんでした。だからいい人なんです」


「……ユウ様」



 ちょっと変なところはあったけど、でも嫌なことはされなかった。

 魔王が怒るところは見たくないから、裾を握って目を合わせる。



「魔王がいなくて寂しかったです」



 別に、深く考えてこうしたわけじゃなかった。

 でも結果的に、体の大きさから自然と上目遣いになっていたらしい。



「ゆ、ユウたん!」



 気がつけば抱き上げられて、頬ずりされていた。



「ユウ様! 一生ついていきます……!」



 そしてクラウスさんが、俺を見上げて感極まっていた。

 俺の対応が二人の何かに触れたようだ。



「魔王様! 僕が間違っていました! ユウ様は、この世界に舞い降りた天使だったんですね!」


「分かってくれたか」


「はい! ユウ様は聖域なので、欲を向けるべきではありません!」


「そうだよ。ユウたんは天使なんだから、変な欲望で汚すんじゃない」


「はい!」



 二人が分かりあっているところの水を差したくはないけど、俺は天使じゃない。

 クラウスさんからは、もう敵意は感じられず、むしろ大きすぎる好意が向けられている。



「よし、それじゃあ他の三人を呼んで、ユウたんの歓迎パーティーを開くぞ!」


「はい、ただいま!」


「え、いや。パーティーはしなくても……というか、俺迷惑になるから出て行きますって……」



 クラウスさんと話している時に、俺は出て行こうと考えていた。

 ちょうど魔王もいるから、出て行くことを伝えたのだけど、一気に寒気を感じる。



「ユウたん? 今、なんて言った?」


「だからえっと出て行こうと」


「ユウ様、僕もよく聞こえなかったけど……おかしいね。出て行くという言葉が聞こえたような……耳がおかしくなったのかな」


「だから、そう言って……」


「もしもユウたんが出て行くって言ったのなら、我は見境なく人間の村を襲ってしまうかも……そうすればユウたんが行くところは、ここしかなくなるからね。……それで、もう一度聞くけど、なんて言おうとしたのかな?」



「ぱ、パーティー楽しみです!」



「そうだよね。いっぱいご馳走を用意するから、楽しみにしていて」


「僕はコックに伝えてきますので、魔王様はユウ様とゆっくりお待ちください」


「よろしく頼む」



 ハイライトの消えた目に、本気を感じて俺は言葉につまりながらも出て行くというのを撤回した。

 そうすれば空気が元に戻ったから、ほっと胸を撫で下ろす。


 いくら今まで冷たくされていたとはいっても、滅ぼされるのは目覚めが悪い。

 向こうが乗り気なのだから、されるがままに俺は待っていればいい。


 楽しそうに計画を進めている二人を見ながら、俺の選択次第では簡単に村を滅ぼそうとするところに、やはり魔物は魔物なんだと実感してしまった。


 今は俺に優しいけど、それもいつまでかは分からない。

 いつかの裏切りの日を覚悟して、俺は完全に心を許さないように期待はしないことにした。




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