第6話 四天王の最強は腹黒?





 リーナさんの攻撃を受けて、二度目の気絶。

 そこから目覚めると、また違った状況になっていた。



「……どこ?」



 豪華な部屋。

 でも今までに来た場所じゃない。


 周りには魔王の姿は無く、他の気配も感じられない。

 きっと気絶した俺を魔王が運んで、ここに寝かせてくれたのだ。



 ふかふかのベッドの感触を全身で感じながら、俺は起き上がる。

 ここにリーナさんがいなくて良かった。

 もしまた膝枕でもされていたら、今度は魔王みたいに鼻血を出していたかもしれない。


 あれは、子供だから気を抜いていたのだろうか。

 それとも俺の反応を楽しんでいたのだろうか。

 どちらの可能性もありえるから、もう勘弁してほしい。



「……魔王?」



 部屋を動き回るよりも、魔王がいないことに俺の意識は向く。

 今までずっと一緒にいたせいで、寂しさと心細さを感じていた。

 呼んでも返事は無い。


 あんなにうるさかったのが夢かのように、この部屋はとても静かだ。

 これまでは、周りに誰もいないことが当たり前だった。

 それなのに今は、一人でいることに違和感があった。



「魔王」


「魔王様は、しばらく来ないよ」


「っ誰!?」



 一人だと思ってこぼした呟きに、返事があれば驚くに決まっている。

 敵の可能性が高いから警戒すれば、楽しげに笑われた。


 今まで魔王に紹介された人達の声じゃない。

 ということは、俺がなんでここにいるのか知らないかもしれない。


 攻撃されてもおかしくない状況に、俺は構えを崩さないまま相手を見た。



 背はランハートさんと同じぐらいで、髪が地面につきそうなほど長い。

 白金色のそれは、とても手触りが良さそうだ。

 肌の色の耳の形も人間と変わりなくて、魔物だと分かる要因を上げるとするならば、全身から放たれる禍々しい魔力と赤いひとみだけ。


 一瞬、俺と同じ人間かもと期待しかけたけど、すぐに違うと考え直した。

 そげぐらい、目の前の存在は何か恐ろしいものを内に秘めている。



「あ、あなたは?」


「ああ、自己紹介がまだだったね。僕の名前はクラウス。四天王最強と呼ばれている男さ。以後お見知り置きを」



 四天王クラウス。

 どうして姿を見て、すぐに気づかなかったのか。

 それは、顔を初めて見たという他に理由はない。


 俺の知る限りクラウスさんは、いつも顔を覆うぐらいの仮面をつけていた。

 髪もまとめて収めていたから、白金色だということを今知った。


 自分で言っているように、魔王の右腕で最強、その姿を見たら戦わずに逃げろと言われているぐらい強い。



 でも今は、全くそんな風には見えない。

 好青年という雰囲気のせいか、話が通じるんじゃないかと期待してしまう。



「君の名前はユウ、らしいね。魔王様から聞いたよ。城の前にいたんだって?」


「は、はい。そうです」


「ふうん……」



 質問をしてきたかと思えば、今度は顔を近づけてきて、まじまじと観察される。

 好奇心とはまた違った種類の視線に、いたたまれなくなってくる。



「確かに、目は魔王様と同じぐらい鮮やかな赤だね。魔力の量も多い」


「……そうですか?」



「でも、凄く人間臭いね」


「!?」



 敵意が全く感じられなかったせいで、反応が遅れてしまった。



「図星かな?」


「ち、違っ」



 確かに図星だ。

 人間なのだから、人間の臭いがするのは当たり前のことである。

 でもそれを感じ取られるとは、全く予想していなかった。


 魔王でさえも何も言ってこなかったから、そういうのは出ていないとばかり思っていた。

 クラウスさんの言っていることが確かなら、それは間違っていたわけである。


 気づいていたのか見逃していたのか分からないけど、どちらにしてもクラウスさんにバレた時点で状況はまずい。

 ごまかしや嘘は通じないとばかりに、俺に正直に話せと言葉にしなくても視線で伝えてくる。


 でも正直に言ったところで、俺を待ち構えているのは死だ。

 これは何をしてでも、ごまかすしかない。



「じ、実はっ!」


「実は?」



 時間が経てば経つほど、俺への疑いは強まっていく。

 とにかく何かを言わなきゃ。

 その一心で口を開く。



「俺、人間に捕らえられていたから、だからだと……」


「捕らえられていたっていうのは、どういう目的で?」


「えっと、えっと、たくさん仕事しました」


「仕事? どんな?」


「魔力を使って魔物を……ごめんなさい」



 嘘は言っていない。

 俺は本当に働いていて、魔物をたくさん倒した。

 そこに俺の意思があったのかどうか、それを伝えるつもりはない。



「無理やりさせられたのなら、謝る必要はないんじゃない? 本当に無理やりさせられたのならね」



 俺の答えを信じていない。

 それでも、俺はこの話を突き通すしか無かった。



「それじゃあ、何で城の前にいたの?」


「……俺は用済みになったんです……」



 自分で言うのは胸が痛むけど、これも本当のことだ。

 あの時の冷たい表情を思い出して、思わず涙がにじむ。


 あんなに尽くしていたのに、最後はゴミのように捨てられた。

 死んでもいいと思われるぐらいのことを、俺はしていない。



「俺はいらない存在だったみたいで。そんな俺がここにいるのは良くないですよね。ごめんなさい。ちゃんと出て行きます」



 話しているうちに、ここにいるべきじゃないと思った。

 ここにいることで、もしかしたら迷惑をかけてしまうかもしれない。

 俺が生きていることが知られれば、向こうがどんな対応をしてくるか分からないし、こっちの人達もこれまでのような優しさは見せてくれなくなるはずだ。


 それなら絶望するために出て行って、どこか人のいない所で暮らす方が、ずっとずっといい。



 魔王がいると面倒くさそうだから、今のうちに行くべきか。

 そうと決まれば、即行動。

 人は簡単に死ぬから、後悔する前に動きたい。


 俺はクラウスさんに頭を下げて、ここから出て行こうと脇をすり抜けようとした。

 でも腕を掴まれて、それは出来なかった。



「ちょっと待った」



 どことなく焦ったように引き止められ、首を傾げる。

 不穏分子である俺がいなくなれば、クラウスさんにとってもいいことなんじゃないか。

 口にはしなかったけど、表情に出てしまったらしい。


 微妙な顔をしたクラウスさんは、腕を掴んでいた手を、ほっぺに移動させる。



「……どうしましたか?」


「……ユウ君」



 するすると撫でられる感覚が心地よくて目を閉じると、息を飲む音が聞こえた。





「ユウ君、お願いがあるんだけど……ちょっと、僕のことをお兄ちゃんって呼んでくれないかな?」




「………………はい?」




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