第3話 敵の本拠地にご招待
仲間に殺されかけたかと思ったら、いつの間にか小さくなっていて、魔王に会ったかと思ったら鼻血まみれになって魔王城に行くことになった。
たった数時間の間で、状況が目まぐるしく変わりすぎである。
転移魔法酔いに一瞬ふらついた俺は、変わった景色を冷静に分析する。
外見はおどろおどろしい感じの城だったけど、内装は城という言葉が似合いそうなぐらいに豪華だ。
国の城の中と同じぐらい、豪華なもので溢れている。
でもモノクロを基調としているせいか、決して下品には見えない。
たぶん、連れてこられたのは浴室だろう。
魔族に合わせて作られている大きなガラスや洗面台、ふかふかそうなタオル、湯気が出ている部屋の先にきっと浴槽があるはずだ。
「はい、バンザーイ」
「ば、ばんざーい?」
鏡を見て、自分が今四歳ぐらいだろうと予測してみたけど、中身は完全に大人のままだ。
それなのに、どうやら魔王は一緒にお風呂に入ろうとしているらしい。
血がこびりついた服を悪戦苦闘しながら脱がせてもらい、すっぽんぽんにされると、浴槽のある部屋に抱っこをして連れて行こうとしてくる。
「じ、じぶんでっ」
さすがにそこまで面倒を見てもらうつもりはなく、抵抗しようとしてみたが優しくたしなめられた。
「ユウたんはまだ小さいから、怪我をしたり溺れたりするかもしれないよ。もしそうなったら大変。だから一緒に入らなきゃね」
これは何を言っても無理だ。
俺は諦めるしかなく、意識を遠くに飛ばして、この時間を乗り切ることにした。
人はこれを現実逃避と言う。
◇◇◇
もう、婿に行けない。
行く予定も無かったけど、そのぐらい俺は恥ずかしさで死にそうだった。
全身が血まみれだったせいで、隅々まで洗われた。
何度も自分で出来ると言ったのに、魔王は有無を言わさない強引さで譲ってくれなかった。
結局、最後には諦めるしかなくて、たぶん死んだ目をしながらお世話されていたと思う。
「すっかり綺麗だねえ。ピッカピカの洋服を着ようか」
「……はあい」
「うん、やっぱりサスペンダー似合うね! 半ズボン最高!」
「あ、あはは……」
頭の上から靴の先まで整えられると、魔王は満足気に頷く。
乾いた笑いをこぼして、俺は全身の力を抜いた。
「疲れちゃったのかな? 今日はここに泊まった方が良いかも」
「それは……」
「もしかして帰るの?」
「……そういうわけじゃ」
帰るところなんて、もうどこにもない。
国に帰ったところで、すでに死んだことになっているだろうから、帰る場所なんて無かった。
魔王を倒さないままだけど、国ではどういう話になっているのか。
もう関係ないけど、少しだけ気になった。
「……帰るところ……」
自然と俯いてしまい何も言えなくなる。
そんな俺の様子に何を思ったのか、魔王はまた抱き上げてきて、そしてたぶん笑った。
「よし、お泊まりパーティーしようか」
その言葉を理解する前に、また転移魔法。
反射的に目を閉じると、空気が変わる。
誰かの驚く声。
どこに連れて行かれたのだろう。
絶対に、俺にとっていい場所じゃない。
恐る恐る目を開いてみて、そしてすぐに閉じる。
あれは駄目なやつだ。
俺の目がおかしくなってないなら、今この場には俺と魔王以外に一人いた。
もちろん俺の仲間じゃない。
四天王。
魔王ほど強くはないけど、普通の魔族に比べると何百倍もの力がある、四人の側近。
一人でも村を滅ぼすぐらい簡単で、老若男女関わらず容赦ない。
何度か戦ったことはあったけど、いつも引き分けで終わった。
今思うと手加減されていたし、遊ばれていた気がする。
瀕死に近い状態になる前に、ここまでにしておくかといつも帰っていた。
他の人達は怖気付いたとか言っていたけど、たぶん本気で戦っていたら負けていたはずだ。
子どもの姿で良かった。
もし元の姿だったら、勇者だってすぐにバレていたはずだ。
「……魔王様、その子供は?」
突然子供を抱っこして現れた魔王に、さすがの四天王も戸惑いを隠せないらしい。
訝しげに質問してきたのは、いつも冷静な片眼鏡をかけていた人だ。
緊張が含まれている様子に、魔王の答え次第で処遇が決まる気がした。
「この子はユウたん。城の前にいたから連れてきたんだ。今日は一緒にお泊まりパーティーをする予定」
この緊迫感を察していない魔王が、俺に頬ずりをしながらテンション高く堂々と言った。
絶対の今、その答えは違う。
俺でも分かったのに、あえて空気を読んでないのだろうか。
「お泊まり、パーティー……ですか」
案の定、さらに困惑したようで思わず同情してしまう。
「そう、ユウたん。帰る場所が無いらしいから、いいでしょ」
俺だったら、いくら子供でも得体の知れない存在を受け入れない。
魔王は完全に乗り気だけど、四天王の立場から考えれば絶対に反対するはずだ。
「えっと、ユウたんさん?」
「は、はい……?」
ユウたんは魔王が勝手に呼んでいる名前だけど、今は俺の名前として返事をする。
そっと目を開ければ、ドアップの顔が視界に入る。
思っていた通り片眼鏡の人で、こんなに間近で見たことがないから知らなかったけど、格好いい顔をしている。
肌が灰色でも、その耳が尖っていても、全く気にならなかった。
「あなたはどこから来て、何をしようとしているんですか?」
優しい声色に、そこまで警戒されていないと感じる。
だから少し怖かったけど、手を握りしめて答える。
「どこから来たのか分からなくて、気づいたらあそこにいたんです」
大きな嘘はついてない。
ずるい言い方だけど、本当のことを言わなかっただけだ。
「……なるほど。記憶喪失ということですか。この瞳の色は、親とはぐれた子供という可能性が高いですね」
冷静に分析しているが、全く違う。
人間だけど赤い瞳が、この時ばかりは役に立つとは。俺のことを魔物だと勘違いしたようだ。
嘘をついていることに申し訳なくなって、視線をそらした。
「……あの、迷惑だったら、俺出て行きます」
魔王は何故か優しい。
でも、この優しさに甘えすぎるのは良くない。
もしも反対されれば、どうなるかは分からないけど、ここから出て行くつもりだ。
「……そんなことは言っていませんよ。怖がらせてしまったのなら、申し訳ありません」
覚悟はしていたつもりでも、それでも怖かった。
次の言葉を待っていれば、かけられたのは優しい言葉と頭を撫でる温かい手。
「魔王様が連れて来たのですから、歓迎いたします。私の名前はランハートです。どうぞ、ゆっくりしてくださいね。小さな客人さん」
どうして、こんなにも優しくしてくれるのだろう。
俺はそんなことをしてもらう価値は無いのに、本当は敵なのに。
未だに優しさになれず、なんだか涙が出てきて、魔王とランハートさんを慌てさせてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます