第19話

「はー、疲れたぁ……」


 クロウは豪奢で無駄に広いアパート内をさ迷い歩き、ようやく目的の部屋へとたどり着いた。

 そしてディーナから貰った部屋の鍵を使って室内に入ると、そのままベッドへと倒れ込むように横になった。

 ベッドから仄かに甘い香りが漂ってくるが、クロウにはそんなことはどうでもよかった。


「……寝よう」


 それだけ呟くとクロウは寝息を立て始めた。

 クロウが眠り始めた直後、キィ、という音と共に扉が静かに開かれる。扉の外から人影がゆっくりと室内へと侵入してくる。

 人影はベッドで横たわるクロウへと近づいてくる。そして――


「――どけ人形、それは私のベッドだ」


 人影は片手で強引にクロウの体を持ち上げると、そのままソファーへと勢いよく投げ飛ばした。

 盛大な音を立ててソファーが破壊され、クロウは床に叩きつけられた。


「いてて……」


「私はこの部屋を寝床として好きに使って良いとは言ったが、『私の部屋の物を勝手に使って良い』とは一言も言ってない」


「それかなり理不尽すぎない?鍵を貰った以上は大丈夫だと思うんだけど、ダメなの?」


「当たり前だ。仮にとはいえここは私の家と同じようなものだ。少しは弁えろ」


 ディーナはクロウが先程まで横になっていたベッドに腰かけると、右手に付けた漆黒のレリフを左手で軽くなぞった。ガシャ、という音と共に右手からレリフが外れ、ディーナの華奢な腕が露わになる。

 次に纏っているローブを脱ぐ。普段はローブに包まれて見えていなかったが、ディーナの体つきは普通の少女と大差ないほどに華奢であり、肌はきめ細かく透き通る程に綺麗な色をしていた。

 物言いは粗暴だが、顔も目鼻立ちもとても整っておりローブさえ纏っていなければディーナという少女は王都の男達であれば見惚れる程の外見であった。


「――どうした?まだ言いたいことでもあるのか?」


 ディーナという少女の全身を初めて見たクロウは瞬間的に目を奪われてしまっていた。しかしそれは性的な意味合いではない。ただの純粋な驚きであった。


「これが俗にいう豚に真珠、っていうやつなのかな?」


「……それはもう一度私に投げ飛ばされたい、ということでいいのか?」


 明らかに殺気のこもったディーナの視線がクロウに向けられる。


「違う違う。えっと、馬子にも衣装……?違うなぁ……あれ?うーん、こういうときの言葉が何かあったんだけど……」


 クロウは焦った様子で考え込む。そして、思い出したようにぽん、と手のひらに拳を当てる動作をした。


「そうだ!鬼瓦にもけしょ――」


 瞬間、鈍い音と共にディーナの鋭い右拳がクロウの顎に叩き込まれた。


◆◆◆◆◆


「……馬鹿人形が」


 床で意識を失っているクロウを侮蔑するような目で一瞥すると、ディーナはシャワーを浴びる為に浴室へと向かう。

 脱衣所へと入ったディーナは身に付けている衣服を脱ぎながらクロウから手に入れた情報を整理していた。

 まずは魔術師達が王都を奪還しようと企んでいる、という事。これに関しては教団及びディーナも感づいてはいたことであった為、そこまでの驚きは無かった。

 しかし問題はもう一つの情報の方であった。


(――『鴉』の第98番体……教団からはあの人形以外に『鴉』が存在しているなど聞いてはいない)


 黒の教団に入団後、ディーナは教団の歴史を綴った書物には大体目を通していた。『鴉』に関してはある程度の記述がなされていたものの、クロウのような存在が複数も存在していたという事は全く書かれてはいなかった。


 (教団は『鴉』について、まだ何か隠したい事があるという事なのか?)


 ディーナは魔術師の動向も気にはなっていたが、セレニティ術士学園の一件以来『黒の教団』という組織にも疑問を抱きはじめていた。ディーナが幹部達とは違う実動部隊の立場であるとはいえ『鴉』については知らされていない事が多すぎる。


(『鴉』が単に魔導戦争を終わらせる為の存在であったとするなら、なぜ人形の存在を必要以上に隠す必要性がある?子供の人体を改造した、という事を世間に公表出来ない理由は分かるが教団内部の人間にまで隠す必要はないはずだ。まだ何か裏があるのか?)


 ディーナはシャワーの蛇口をひねる。心地よい熱が疲労していた肉体を癒していく。

 しかし、肉体は癒されてもディーナの心は晴れなかった。

 

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鴉の亡霊 五本角 @thousand_ceo

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