第17話

「えーと、確かアパートがあるのは……」


 クロウは王都アルバの中でもとりわけ高級な家や建物が軒を連ねる区画で一人、迷子のようにウロウロしていた。

 住民がクロウに目を向けてくるが、すぐに顔をしかめると他人のフリをして立ち去ってしまう。

 クロウはそんな周囲の様子など気にしてはいなかったが、この区画に住んでいる住人のほとんどは王都の中でも裕福で育ちの良い人間、または教団関係の人間である。

 そんな場所をクロウのようなみすぼらしい格好をした人間がウロウロしているとなれば、端から見れば何か良からぬ事を企んでいる怪しい人間としか思われていないのが現実なのであった。


「……あー……あった。ここかぁ」


 視線を向けたその建物は、光沢感のある高級な石で作られた外壁の所々に金色の装飾が施されており、アパートというよりはむしろ豪奢なホテルのような佇まいをした建物であった。


「……ほぇー。教団って、凄いんだなぁ……」


 クロウがアパートと呼ぶには到底不可能なその絢爛さに圧倒されていると、その横を金髪の少女が通り過ぎていく。

 その少女は豪奢な装飾に彩られた玄関まで歩んでいくと、何かに気づいたようにふとクロウの方を振り返った。


「あ……貴方……!なんでこんなところにいるのよ!?」


 少女の顔が恐怖に包まれる。クロウははて、と首を傾げる。見たこともない容姿の少女に突然意味の分からない事を言われ、反応に困ってしまう。

 クロウは普通の人間のことを記憶する気が全く無いため覚えていないのだが、とりあえず思い出そうと記憶を探ってみるが意味は無かった。


「んー……誰……?僕、人の顔とか覚える気がないから分からないんだ。もし過去に僕が君に何かしたならその内容を教えてくれると思い出せるかもしれないけど?」


 無邪気な笑顔で聞き返すクロウの様子など意に介さず、少女は逃げるように建物の中へと走り去って行った。その後ろ姿を見ながらクロウはもう一度首を傾げた。


「……変なの」


 クロウは先程の少女の事などすぐに忘れ、豪奢な扉へと歩いていった。


◆◆◆◆◆


(――何でよ……何でここにいるのよ……)


 金髪の少女は自室の部屋へ入ると部屋の扉に鍵を掛けた。

 鍵を掛けた事で少し気が静まったのか、軽く溜め息をつくと、自身の脚にそっと手を這わせる。指先が脚に巻かれた包帯に触れる。それと共に、記憶がフラッシュバックする。


『さようなら』


 少女の脳裏には人間とは思えない程の殺気を放ち、黒い槍を携えて自身を殺そうとした先程の少年の姿が浮かぶ。

 もしあのまま誰も助けに来てくれていなかったら今頃――


(私、あいつに手も足も出なかった……)


 金髪の少女、エレノアは扉に背中を預けながら、滑り落ちるようにゆっくりとその場に座り込んだ。

 エレノアはセレニティ術士学園で誰よりも努力した自信があった。

 普通の人では出来ないような五つのレリフを扱う方法を身に付け、様々な戦況に対応出来るよう色々な術式を学習した。

 だからこそあの場で自分は助けが来るまでの時間稼ぎが出来ると思っていた。

 しかし、それは思い上がりだった。

 病院のベッドで医者からの手当てを受け包帯が巻かれた脚を見た瞬間、エレノアは今までの自身の知識も努力も全て打ち砕かれた気持ちになった。

 自分の無力さに涙が溢れた。

 自分の弱さに怒りがこみ上げた。

 ミラ学園長からは

『お前はよく頑張ってくれたよ。気にしなくて良い。ゆっくり怪我を治しておくれ』

 と言われたが、エレノアは自分の驕りのせいで迷惑を掛けてしまったという責任感の方が上回っていた。


(私、もっと……もっと強くなりたい……)


「――キヒヒ、何なら……手ェ、貸してやろうか?」


 エレノアの頭上から心の内を見透かしたような声が掛けられた。

 この部屋には鍵を掛けたはずなのに、その声は自身の目の前から聞こえてくる。おそるおそる頭上を見上げるとそこには見たこともない男が立っていた。

 右目にピエロのようなペイントをしており、ボロボロのローブを身に付けた不気味な風貌の男だった。


「貴方、誰!?すぐに警備を――」


「シー!シー…!待て待て。オレはただのお節介なお助けヒーローってトコだ。なーんかちょっと面白い奴が居るな、って思って不法侵入したってカンジ」


 男は軽口を叩きながらエレノアの部屋にある机の椅子にドカッ、と座った。

 そして机の上に肘をついた男はおもむろにエレノアに向けて何かを放り投げる。

 目の前に落ちた何かをよく見ると、それはエレノアが性能試験の時に使用していたレリフを付けたグローブによく似ていた。


「お節介な不法侵入ヒーローからのプレゼントだ。お前が求めるモノ、全部叶えられる魔法の道具だ」


「私が貴方みたいな得体の知れない男からの物を素直に受け取るとでも思っているの?」


 エレノアが男に強い口調で言い放つと、男は何も言わずに椅子から立ち上がる。


「キヒ、お前が使いたくなけりゃ使わなくて良いゼ。オレはただお節介を焼きに来たヒーローだからナ。じゃ、サヨナラってことで」


 エレノアが瞬きをした瞬間、それまで目の前にいた不気味な男は忽然と姿を消していた。

 幻覚でも見たのだろうかとエレノアは思ったが、目の前にはあの不気味な男が投げ寄越したレリフ付きのグローブが残されていた。

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