第16話
「アニー……」
クロウが魔術師と交戦していた頃、オリビアではエドワードの部屋にアニーが戻ってきていた。その顔は恐怖、混乱、様々な感情が入り乱れたような複雑な表情に包まれている。
その様子で全てを察したエドワードは座っていた椅子から立ち上がる。
「それがクロウの真実だ。俺達人間とは根本から違う、戦う為だけに人工的に造られた『兵器』、それがあいつだ」
アニーは何も答えなかった。その耳にはエドワードの言っている内容など届いてはいなかった。
「エドワード……私、少し外の風にあたってくる」
そう言って部屋を出ていくアニーの足取りは重かった。エドワードはそんなアニーの様子に何と声を掛けて良いか分からなかった。エドワードは部屋を後にするアニーの背中を心配そうな顔で見送ることしか出来なかった。
◆◆◆◆◆
アニーは一人、王都アルバの町を歩いていた。頭の中を整理しようと外に出てみたものの、その効果はあまりなかった。
(クロウは人間じゃない……そんなの信じられない……でも)
頭の中ではいつもヘラヘラと何を考えているか分からない笑みを浮かべながらアニーやエドワードと会話をしているクロウの姿が浮かんでくる。
少し変わっている程度の自分と同じ年頃の男の子。それがアニーがクロウに抱いていたイメージだった。
しかし、真実を知ったことでそれは過去の事となった。今アニーが抱いているクロウのイメージはエドワードの言っていた通り大きく変わってしまっていた。
(――人工的に造られた魔術師を殺す為の『人造魔術師』、それがクロウの本当の姿……)
アニーは自嘲する。自分はクロウの過去を受け入れると決めていたはずなのに。
しかしその過去はアニーの想像を越えていたのだ。
クロウは幼い頃に教団の手によって無理やり兵器として改造され、自分の意思とは関係なく『魔導戦争』に繰り出された。
そして数多の魔術師達を殺しながら生きるという血塗られた人生を送ることを余儀なくされてきたのだ。
ただの人間として生きてきたアニーにこの事実を受け入れる事が出来るとすれば、それはクロウと同じように体を改造されるより他にない。
アニーはエドワードから受け取った資料から真実を知った瞬間、自分が大きな過ちを犯していた事に気づかされた。
(私は、勝手にクロウの理解者になってるつもりになってただけ……クロウの事、何も知らないくせに。クロウが変わってるのは全部この過去が影響してたからなんだ……戦いしか知らないから常識が分からない……信頼や愛情を知らないから人の気持ちが分からない……そんなのって……あんまりだよ……)
そう考えるだけで途方もない無力感がアニーを襲う。今の自分はクロウを受け入れるどころか、理解をすることが出来ないでいるのだ。少し前までは信頼していた筈だったというのに。
アニーは考えがまとまらない複雑な心境に疲れ、足を止めた。その場所は王都の中心を流れる川に掛かった橋の上であった。アニーは橋の手すりに肘をついて水に映る自分の顔を眺め、溜め息をついた。
「――考え事かな?」
まるでアニーの心境を見透したような言葉が突然アニーの隣から掛けられた。
驚いたアニーは反射的に距離を取った。そこにはいつの間にか黒いローブを纏った初老の男が立っていた。
「『黒の教団』……!」
アニーは半ば怒りのこもった視線を初老の男に向ける。授業では王都アルバに貢献した英雄であると聞かされていた『黒の教団』。しかし今のアニーは教団の事を信用できなかった。クロウを兵器に改造し、『魔導戦争』に投入した張本人であるからだ。
「その反応を見るに『鴉』、いや今はクロウというべきか……彼の正体について記された資料に目を通したようだな」
初老の男は表情一つ変える事なくアニーを見据えた。その視線はアニーの心の内など全て見透かしているかのように感じた。
「……あれは、事実なんですか?」
「紛れもない事実だ。なにせ我々の祖先が厳重に保管していたほどだ。それほどまでに道を外れた所業だったということだよ」
感情の込もっていない声で淡々と語る初老の男。それはまるでクロウなどただの道具でしかないといわんばかりであった。
「黒の教団はどうしても『魔導戦争』に勝たなければならなかったのだよ。魔術師の理不尽な圧政から力無きアルバの民を自由にする。その強い意思の元に黒の教団は結成された。そしてその意思により我々は魔術師に対抗する力を持つ道具であるレリフを開発した。しかしそれだけでは駄目だった」
初老の男は黒いローブを翻して、アニーに背を向ける。アニーはその背中に向かって問いを投げ掛けた。
「――駄目だった?」
「レリフを用いる事で戦況は確かに我々に有利になっていった。しかし魔術師とて馬鹿ではない。こちらが力を手にしたと知り、知略を用いて反撃してきたのだ」
初老の男は背中越しにアニーへと視線を向ける。
「魔術師に対抗できる道具であるレリフには弱点がある。一つのレリフにつき数種類程度の魔術しか使用できないことだ。それに対して魔術師は常に自身の脳内で大量の魔術を構築する事が出来る。これがどういう意味か、君なら分かるだろう?」
「……対応能力の差、ということですか?」
「その通りだ。一対多であれば勝機はあるが、一対一では圧倒的にこちらに勝ち目が無い。故に魔術師達は単独ではなく集団で、単独であれば一対一の状況に持ち込むように作戦を立ててきた」
そこまで言うと、初老の男は背中をアニーに向けたまま、歩き出した。
「――少し場所を変えよう。アルバの街中では人が多い。ここから先の話は一般人にはあまり聞かれては困る内容になる」
男の提案にアニーは悩んだ。相手は黒の教団の人間であり、人を改造することを当たり前のように行う集団だ。付いていけば口封じという名目で殺されるかもしれない。
アニーは万が一の事を考え、腕に付けたブレスレット型のレリフに触れて起動させる。
そして用心しながら男の後を追うように歩き出した。
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